08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 ユイとレイラとミオンが第4倉庫の奥へと進んだ後、
 第3倉庫の外れで、原因不明の火災が起こる。 
 直ぐに消防チームが駆けつけ火は鎮火。
 ボヤ騒ぎも落ち着くはずだった。
 後に、この火災が単なる事故ではなかったと知る者は少ない。
 そして、この日ここに現れた“ある人物”の存在が、すべての均衡を崩したことも。

 第4倉庫前に何者かによって手榴弾が投げ込まれたのは、ユイが電動車椅子まで戻った直後だった。
 入口付近から煙が押し寄せて来る。
 どこに逃げれば……と三人が考えを巡らせたとき――。
 側面の壁に穴が開いた。そこから何人かの人間が中へ入ってくる。
 その中に灯りを手にした若い男性が、注意深く何かを探しながら近づいて来る。

「やっぱりここにいたのか。急いでここから出るよ」 
 
 それは以前アザリウムで聞いた若い男性の声によく似ていた。

「あなたは……?」
「話は後だ」

 彼は灯りを下に置き、背後から来た者から毛布を受け取ると、ユイの肩に素早く掛ける。
 ユイが毛布の温かさに安心していると、男性は突然、軽々とユイの身体を持ち上げる。

「何をするの!?」
「お腹の子に煙を吸わせるつもり? 少し黙っててよ」

 言われてユイは黙る。口元に毛布をあて、煙を吸い込まないようにする。

「ふうん。意外と素直なのは良いね。んじゃ、二人とも立てる? 崩壊するから走るよ!」

 さらに壁の側面が壊された音がする。
 
「レイラ様、お辛いようでしたらわたしの背中に。煙をあまり吸わないように」
「うん、大丈夫。こういうのは意外と慣れてる」

 ユイは男性に抱き上げられたまま、開けられた大穴から外へ出る。
 現場から離れたことを確認し、清浄な空気を体内に送り込む。

 第4倉庫からは煙が立ち上っている。
 安心したのは、レイラとミオンも直ぐ近くにいたことだ。

「レイラ、ミオン……大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
「わたしも平気です!」

 二人の無事を確認してユイはホッとする。
 マシューとセキジが気がかりだけれど、ミオンがセキジと連絡を取っている様子をみて、
 ユイはその心配をとりあえず引っ込める。

「どこのどなたか分かりませんが、助かりました。……ありがとうございます」
「いや……この程度大したことじゃない」
「そんな……」

 言葉を続けようとしたとき、ユイは男性の視線の先に驚く。ユイの右手の甲だ。
 その赤紫色の目が僅かに鋭く細められるが、すぐにもとの表情に戻る。
 男性はユイたちを救急車のもとまで連れて行き、
 救助隊と一緒に静かにユイを降ろした。

 直後。爆発音と共に、第4倉庫に火の手があがる。

「――っ!?」
「僕の部下が回収した。あとで洗えば、きれいになるから」

 ユイは改めて男性の黒髪と赤紫色の目を見た。
 あの時と同じ組み合わせ。アザリウムで見かけたアバターは彼そのものだった。
 それでも警戒心は解いてはならないと思う。 
 が、男性の方が一枚上手だった。
 
「これは薬を溶かした水。お腹の子供を助けるものだよ。飲むかの飲まないかは君の自由だけど」

 そう言われたら断る理由がなくなる。
 実際、喉の渇きも感じている。

「……ありがとう」

 ミオンもレイラも男性から水を受け取る。
 
「マシューとセキジは無事?」
「はい、無事です。今は怪我をした人を運んでいるそうで」

 ミオンの言葉に、ユイはようやく安心した表情を見せる。
 しかし一方でレイラは苦しそうにこめかみを押さえ、荒い息を吐いていた。

「レイラ、大丈夫?」
「ごめんね、煙吸ったかな……? 少し眩暈がする」

 それを聞いた男性が手を叩いた。
 すると男性の部下らしいスーツ姿の女性たちが数人駆け寄ってきた。

「彼女が安静に出来る場所へ連れて行ってあげて」

 男性の言葉で女性たちは状況を把握し、苦しそうなレイラを支えながらテントへ向かう。

「君は大丈夫かい?」
「わたしは全然平気です。ちょいハードな訓練て感じですね!」

 ミオンはこんな時も明るい。
 
「カイドウ家の訓練もなかなかヘビーだね。じゃあさ、ちょっと外してくれる?」
「……あなたは誰? ミオンは私の護衛です。勝手に指図しないで」

 ユイは赤紫色の目を冷やかな視線で見つめる。
 男性はその視線を全く気にせず受け止めた。

「あれ、自己紹介まだだった? 僕はミカゲ。以前、君の要請で君のAIドールを回収したよ?」

 男性の言葉に、ユイは何となくそんな人が居たと理解する。
 ミオンが名前を聞いて、僅かに上ずった声を上げた。

「ミカゲって……もしかしてマガミ家当主の、あのミカゲ様、ですか!?」
「そうだよ」

 彼はニヤリと笑って見せる。

(このヒトがマガミ家当主……? うそ、私よりも若く見えるけど?) 

「声が全然違う……」
「ああ、そうだったかもね」

 ユイの疑問もミカゲにあっさりと流される。
  
「じゃあ行こうか、ここじゃない何処か」 
 
 その台詞をどこかで聞いたことがあると思いながら、一瞬だけ、躊躇が生まれた。
 それでもユイは、ミカゲの手を取った。