08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 リージョンN、H市。アゼレウス支社、修理工場敷地内の第4倉庫奥。
 ここに現社長の孫娘であり修理部門の責任者、レイラ・リード・レゼルが身重のカイドウ家次期当主と共に訪れたとあって、アゼレウス支社はすでに混乱した状態になっていた。

 しかもその目的が“死神”と呼ばれたドールの保護というから、支部長も工場長もどう対応していいか分からずオロオロするばかりだった。

 とりあえず広い敷地内を移動するためにレイラは電動車椅子を彼らに用意させる。
 現在ユイはその電動車椅子に乗ることで何とか移動の負担を減らすに至っている。

 そして向かうのは第4倉庫奥――。直接この目でルシー・フェルドと対面を希望するユイはセキジ、ミオン、レイラ、マシューと共に向かう。

 レイラが案内役を務め、セキジ、ユイ、その横にマシュー、ユイの後ろにミオンとの隊列で奥へと進んでいった。第2倉庫までは新しいのに、その奥の第3、第4倉庫は古びている。かつての希望の象徴が、“死神”の役割を押し付けられたまま、暗く寂れた場所に放置されているなんて……どれほど残酷な扱いだろうかとユイは心を痛める。


 そして第4倉庫前。
 その奥は土砂崩れの影響で土にまみれてさえいた。
 扉の前でマシューがユイに声を掛ける。

「ユイ。俺はこの場にセキジと共に残るが、いいか?」
「……うん」

 マシューがこういう提案をする時は、側にいないほうが最善の時だと思う。
 その根底にあるのが何か、もうユイは分かっていた。
 この短い返事の中に様々な想いを込めて、ユイはこたえる。

「ふうむ、護衛の要はわたしってことですね。お任せください、マシュー様!」

 ミオンが張り切っているのがわかる。
 腰元に何か武器を用意したのかもしれない。
 レイラは何も言わず、話し合いが済むのを待っていた。

「ミオン、ユイ様とレイラ様を頼んだぞ」
「了解っ!」

 ミオンの明るい声が開いたばかりの第4倉庫の奥に響いた。

 ―*―
 薄暗い倉庫内。明かりはあるが、チカチカと点滅しており、全体を見わたすことはできない。
 それでも無いよりは道が何となくでも分かる分マシなのかもしれない。

 レイラが先導し、ユイ、ミオンが続く。
 物が置かれた合間を縫うようにして進む細い道。電動車椅子では途中までしか行けず、
 ユイはギリギリまで電動車椅子を使い、その後は歩いて進むことにした。
 倉庫内はとても冷えていた。
 まるで大型冷蔵庫の中にいるみたいだ。

「ユイ、ここよ」

 天井から水がしたたり落ちる。
 電灯が点いては消えていくのを繰り返すほの暗い空間に、彼は半分だけ虚ろな目を開いて座っていた。足元に散らばる無数のコード。ユイにはこれが拘束の鎖のように見えた。

「あなたが、ルシー・フェルド……」

 レイラもミオンも言葉を発さない。
 後方でドーンと鈍い音が聞こえたことに意識が向く。

「ユイ、嫌な音が聞こえたわ。入口の方で何かあったのかも……」
「うん……」

 ユイはここに長居は出来ないと理解する。
 
「ユイ様、電動車椅子の場所まで戻りましょう。ここは冷却風が強すぎます」

 ユイはルシーフェルドを見つめた。
 銀髪の長い髪、今はマリンブルーのように深い青になってしまったその目。

「……私、あなたを覚えてる」

 ルシー・フェルドは沈黙したままだ。
 ユイの右手がルシーフェルドに差し出された時、ユイの右手の甲に、見慣れたあの印が見える。
 それはうっすらと浮かび上がったもの。
 
 ルシー・フェルドの視線が、右手の甲に注がれた気がした。
 しかしそれは気のせいだったと思うほど僅かな揺れ。
 そもそも空っぽのAIドールは動かない。
 
「もう少し待っていて。必ず迎えに来るから」

 入口からまた鈍い音が聞こえる。
 
「ユイ様、レイラ様行きましょう!」
「まずは車椅子の地点まで戻ろう。歩ける?ユイ?」
「うん」

 左にミオン、右にレイラ。
 体を支えて貰いながら、ユイはルシー・フェルドに背を向け、歩き出す。
 コードの一本が、かすかに鳴った。
 それが風のせいなのか、誰かのせいなのか——ユイには判断できなかった。