ロレン医師は、じゃらじゃらとしたおはじきのような石を袋から取り出しテーブルの上に広げた。
この石一つ一つにルディア記号と呼ばれる象形文字が一文字ずつ刻まれている。
過去のユイが不思議そうに、その石を見つめる。
「これは何?」
ロレン医師は、ちょっとした占いさ、と微笑む。
「今日のラッキーカラーについて、ヒントをもらうんだ」
「ヒント? おまじないでヒントをもらうの?」
ユイはフィリア・オレンジのお茶の入ったマグカップを両手で持ちながら、ソレを見つめた。
「うん。今日には今日の色がある。そして昨日の色に支えられて今日があって、明日の色に繋がる」
ユイはフィリア・オレンジティーを口に含んだ。
子供の頃は少し甘めが好きだった。この甘さに触れると心が穏やかになった。
「それならどんな色でも、大事なんだね」
「でも、赤は怖い……。白はもっと……。だって……」
リエの身体を染めた赤――。
血だらけのリエは、最後まで自分を庇って、倒れた。
そのあとの白は、ユイに向かって伸びた手袋の白。
そう、その直後――。
涙がぽたぽたと落ちた。
「ユイちゃん、良いんだ。今は何も思い出さなくていい」
静かな声だった。ずっと誰かにそう言ってほしいとユイは思っていた。
大人たちはユイが見たものを、あの手この手で聞き出そうとしていたから――。
ルディア記号が刻まれた石を、ロレン医師は、文字が見えるように一つ一つ表に揃える。
後になってわかったことは、ルディア記号が刻まれた石は、物事の吉凶、できごと、心情、色などの事柄を直感的に伝えてくれるツールだということだ。
ユイの指は自然と、何も刻まれていない石の上で止まり、その石を手に取る。
「うん……。でも、誰かに忘れないで……、あなただけは私を忘れないでって」
そう、あの時……誰かに確かにそう言われた。
ずっと忘れていたけど……そう言っていた気がする。
12歳のユイの言葉をロレン医師はどう受け取ったのか、スッと右手を上げた。
すると看護師たちが部屋を出ていった。
残ったのは過去のユイとロレン医師、そして空気みたいな大人のユイだけ。
ロレン医師はテーブルの近くにある濃紺のカーテンを少しだけ開く。
外は雨降り。しかもスコールの様な強い雨だ。
(世界が泣いている……?)
「酷い雨だね。まるで世界が泣いているみたいだ」
12歳のユイにはロレン医師の言葉は聞こえていない。
その呟きを……受け止めるだけの力は過去のユイにはどこにもなかった。
ただ目の前の珍しいルディア記号を見つめていた。
ところが最後の一つだけは、裏も表も何も刻まれていない。
それがどうしてなのか、当時のユイには知る由もない。
ただ気になった“何もない石”をもう一度手に取り、直ぐに戻す。
窓を眺めていたロレン医師が、再びユイを見たとき、軽く目を見開く。
(ロレン医師は驚いていた? 私がこの“文字が刻まれていない空白のような石”を選んだから?)
「……今日のラッキーカラーは何だと思う?」
過去のユイは、さっき手に取った“何もない石”を指さした。
「白……? それとも何もないの……かも?」
「それは、可能性の色なんだ。ユイちゃんが信じたい色を信じていい日なんだよ」
「……水色」
この時、かつてのユイはどうしてそう思ったんだろう。
同じ質問を、ロレン医師もユイに告げた。
「どうしてそう思うか聞いてもいいかい?」
「あの人の目……水色だったの。とてもキレイだった」
ユイが他のルディア記号を見つめながら答えた。
ロレン医師が袋の中に石を片付けていく。
最後の一つになったそれを中に入れようとしたとき――
「まって。もう一度、それを見せて」
「これかい?」
最後の一つのルディア文字を、ロレン医師はユイに見せる。
子供のユイはそのルディア文字が“バツ”だと分かると、慌てて手を引っ込めた。
ロレン医師は、しっかりとユイのその手を包み、ユイに不器用に微笑んだ。
(ロレン医師は詳しくは語らなかった。知らなくてもよいものだったのだろう)
「それは忘れなくていい。でも今は何も見なかったことにしていい」
「どうして?」
「ユイちゃんはユイちゃんとして生きていいから。それを水色が教えてくれるよ」
「……そうなんだ。明るい空の色だもんね、ほら……みて」
ユイは窓の外を指さした。
雨は止んで、雲の隙間からは明るい空が見えていた。
「本当だね。キレイなルシー・フェルドの青だね」
ルシー・フェルド。
ロレン医師からその言葉が出たとき、ユイの中で何かのピースが完全に合わさった気がした。
ユイがハッとして俯いた顔を上げたとき。
12歳のユイは、大人になったユイを見ていた。
「……私もいつかそうなれるよね?」
クマのぬいぐるみをしっかりと抱えて、何もないはずの空間に問いかけていた。
『うん。……あなたも諦めないで』
その声がかつての自分に届いたかは分からない。
ただその時。
左手にあった奇妙な印がスッと消えていくのを、大人になったユイは確かに目にしていた。
この石一つ一つにルディア記号と呼ばれる象形文字が一文字ずつ刻まれている。
過去のユイが不思議そうに、その石を見つめる。
「これは何?」
ロレン医師は、ちょっとした占いさ、と微笑む。
「今日のラッキーカラーについて、ヒントをもらうんだ」
「ヒント? おまじないでヒントをもらうの?」
ユイはフィリア・オレンジのお茶の入ったマグカップを両手で持ちながら、ソレを見つめた。
「うん。今日には今日の色がある。そして昨日の色に支えられて今日があって、明日の色に繋がる」
ユイはフィリア・オレンジティーを口に含んだ。
子供の頃は少し甘めが好きだった。この甘さに触れると心が穏やかになった。
「それならどんな色でも、大事なんだね」
「でも、赤は怖い……。白はもっと……。だって……」
リエの身体を染めた赤――。
血だらけのリエは、最後まで自分を庇って、倒れた。
そのあとの白は、ユイに向かって伸びた手袋の白。
そう、その直後――。
涙がぽたぽたと落ちた。
「ユイちゃん、良いんだ。今は何も思い出さなくていい」
静かな声だった。ずっと誰かにそう言ってほしいとユイは思っていた。
大人たちはユイが見たものを、あの手この手で聞き出そうとしていたから――。
ルディア記号が刻まれた石を、ロレン医師は、文字が見えるように一つ一つ表に揃える。
後になってわかったことは、ルディア記号が刻まれた石は、物事の吉凶、できごと、心情、色などの事柄を直感的に伝えてくれるツールだということだ。
ユイの指は自然と、何も刻まれていない石の上で止まり、その石を手に取る。
「うん……。でも、誰かに忘れないで……、あなただけは私を忘れないでって」
そう、あの時……誰かに確かにそう言われた。
ずっと忘れていたけど……そう言っていた気がする。
12歳のユイの言葉をロレン医師はどう受け取ったのか、スッと右手を上げた。
すると看護師たちが部屋を出ていった。
残ったのは過去のユイとロレン医師、そして空気みたいな大人のユイだけ。
ロレン医師はテーブルの近くにある濃紺のカーテンを少しだけ開く。
外は雨降り。しかもスコールの様な強い雨だ。
(世界が泣いている……?)
「酷い雨だね。まるで世界が泣いているみたいだ」
12歳のユイにはロレン医師の言葉は聞こえていない。
その呟きを……受け止めるだけの力は過去のユイにはどこにもなかった。
ただ目の前の珍しいルディア記号を見つめていた。
ところが最後の一つだけは、裏も表も何も刻まれていない。
それがどうしてなのか、当時のユイには知る由もない。
ただ気になった“何もない石”をもう一度手に取り、直ぐに戻す。
窓を眺めていたロレン医師が、再びユイを見たとき、軽く目を見開く。
(ロレン医師は驚いていた? 私がこの“文字が刻まれていない空白のような石”を選んだから?)
「……今日のラッキーカラーは何だと思う?」
過去のユイは、さっき手に取った“何もない石”を指さした。
「白……? それとも何もないの……かも?」
「それは、可能性の色なんだ。ユイちゃんが信じたい色を信じていい日なんだよ」
「……水色」
この時、かつてのユイはどうしてそう思ったんだろう。
同じ質問を、ロレン医師もユイに告げた。
「どうしてそう思うか聞いてもいいかい?」
「あの人の目……水色だったの。とてもキレイだった」
ユイが他のルディア記号を見つめながら答えた。
ロレン医師が袋の中に石を片付けていく。
最後の一つになったそれを中に入れようとしたとき――
「まって。もう一度、それを見せて」
「これかい?」
最後の一つのルディア文字を、ロレン医師はユイに見せる。
子供のユイはそのルディア文字が“バツ”だと分かると、慌てて手を引っ込めた。
ロレン医師は、しっかりとユイのその手を包み、ユイに不器用に微笑んだ。
(ロレン医師は詳しくは語らなかった。知らなくてもよいものだったのだろう)
「それは忘れなくていい。でも今は何も見なかったことにしていい」
「どうして?」
「ユイちゃんはユイちゃんとして生きていいから。それを水色が教えてくれるよ」
「……そうなんだ。明るい空の色だもんね、ほら……みて」
ユイは窓の外を指さした。
雨は止んで、雲の隙間からは明るい空が見えていた。
「本当だね。キレイなルシー・フェルドの青だね」
ルシー・フェルド。
ロレン医師からその言葉が出たとき、ユイの中で何かのピースが完全に合わさった気がした。
ユイがハッとして俯いた顔を上げたとき。
12歳のユイは、大人になったユイを見ていた。
「……私もいつかそうなれるよね?」
クマのぬいぐるみをしっかりと抱えて、何もないはずの空間に問いかけていた。
『うん。……あなたも諦めないで』
その声がかつての自分に届いたかは分からない。
ただその時。
左手にあった奇妙な印がスッと消えていくのを、大人になったユイは確かに目にしていた。
