目を開くと、過去の自分が居た部屋だった。
リージョンN、H市の、カイドウ家の病院だ。
病院の名前は覚えていない。ただ、祖母リエがずっと働いていた大きな病院だった。
最初ユイが入った部屋はやたら白い部屋だった。
あの日の悪夢を繰り返し夢見て、食事も喉を通らなくなった頃、別の部屋に移された。
それがこの部屋だ。
まるで深海の様な部屋。
濃紺のカーテン、コポコポと音を立てる水槽。
誰の趣味か分からないけど、タテゴトアザラシの大きなぬいぐるみが、デンとベットで寝ていた。
誰が置いたのか、四葉のクローバーのイラストが壁に飾られていた。
ユイはこの部屋が嫌いではなかった。
水の音がゆっくり体に染み入る、落ち着く部屋だったから。
気がつけば――目の前で少女がうつむき佇んでいる。
首のとれた白いクマのぬいぐるみを抱え、声なくすすり泣いていた。
(これ……過去の私だ……)
ユイは泣いている12歳の自分に触れようとする。
しかし、自分の手は透き通っていて、触れられない。
『泣かないで、大丈夫だから……』
この言葉はかつての自分には届かない。
そしてリエを呼んで泣く姿を見ていられなくなったとき――。
ロレン医師がやって来た。
彼が最初に見たのは、ユイの左手の甲だ。
気が付いたら浮かび上がってきた奇妙な印を、当時のユイは怖がった。
「ユイちゃん……そのぬいぐるみを少しの間、預かっても良いかな?」
「どうして? マロンはもう......」
「僕の知っている人なら、キレイに直してくれるかもしれないんだ」
「……本当に?」
そうしてユイはぬいぐるみをそっと手渡す。
彼はアルバ・ジョイ・ロレン医師。有名な精神科医の先生だった。
ロレン医師は12歳のユイの、左手の甲に突如として浮き上がったアザをみつめる。
それは幾何学模様の印、とでもいえるものだ。
そして顔を歪めて、涙をポタリと落とした。
ロレン医師の様な大人がこんなふうに涙を流す姿を、ユイは見たことがなかった。
だからこそ、きっと知らないうちに自分が傷つけてしまったのだろうと、子供のユイは自分を責めた。
「ごめんなさい」
ロレン医師は首を横に振り、眼鏡を少し上にずらして涙を拭いた。
「君のせいじゃないんだ。……温かい飲み物を飲もうか。フィリア・オレンジの、ね」
「フィリア・オレンジ……」
それが何かも昔のユイにはもう思い出せなかった。
それでも嬉しそうな顔をして見せたのは、目線を落としたロレン医師の手が優しかったからだ。
少しだけ過去のユイの目が光りを灯す。
この先生なら、きっと大丈夫……そう信じることができた。
大人になったユイは左手の甲を見つめる。
あの不気味な印は今はない。
今となってはあれが何だったのかさえ分からなかった。
リージョンN、H市の、カイドウ家の病院だ。
病院の名前は覚えていない。ただ、祖母リエがずっと働いていた大きな病院だった。
最初ユイが入った部屋はやたら白い部屋だった。
あの日の悪夢を繰り返し夢見て、食事も喉を通らなくなった頃、別の部屋に移された。
それがこの部屋だ。
まるで深海の様な部屋。
濃紺のカーテン、コポコポと音を立てる水槽。
誰の趣味か分からないけど、タテゴトアザラシの大きなぬいぐるみが、デンとベットで寝ていた。
誰が置いたのか、四葉のクローバーのイラストが壁に飾られていた。
ユイはこの部屋が嫌いではなかった。
水の音がゆっくり体に染み入る、落ち着く部屋だったから。
気がつけば――目の前で少女がうつむき佇んでいる。
首のとれた白いクマのぬいぐるみを抱え、声なくすすり泣いていた。
(これ……過去の私だ……)
ユイは泣いている12歳の自分に触れようとする。
しかし、自分の手は透き通っていて、触れられない。
『泣かないで、大丈夫だから……』
この言葉はかつての自分には届かない。
そしてリエを呼んで泣く姿を見ていられなくなったとき――。
ロレン医師がやって来た。
彼が最初に見たのは、ユイの左手の甲だ。
気が付いたら浮かび上がってきた奇妙な印を、当時のユイは怖がった。
「ユイちゃん……そのぬいぐるみを少しの間、預かっても良いかな?」
「どうして? マロンはもう......」
「僕の知っている人なら、キレイに直してくれるかもしれないんだ」
「……本当に?」
そうしてユイはぬいぐるみをそっと手渡す。
彼はアルバ・ジョイ・ロレン医師。有名な精神科医の先生だった。
ロレン医師は12歳のユイの、左手の甲に突如として浮き上がったアザをみつめる。
それは幾何学模様の印、とでもいえるものだ。
そして顔を歪めて、涙をポタリと落とした。
ロレン医師の様な大人がこんなふうに涙を流す姿を、ユイは見たことがなかった。
だからこそ、きっと知らないうちに自分が傷つけてしまったのだろうと、子供のユイは自分を責めた。
「ごめんなさい」
ロレン医師は首を横に振り、眼鏡を少し上にずらして涙を拭いた。
「君のせいじゃないんだ。……温かい飲み物を飲もうか。フィリア・オレンジの、ね」
「フィリア・オレンジ……」
それが何かも昔のユイにはもう思い出せなかった。
それでも嬉しそうな顔をして見せたのは、目線を落としたロレン医師の手が優しかったからだ。
少しだけ過去のユイの目が光りを灯す。
この先生なら、きっと大丈夫……そう信じることができた。
大人になったユイは左手の甲を見つめる。
あの不気味な印は今はない。
今となってはあれが何だったのかさえ分からなかった。
