アゼレウス社のショールームの“第8部門”――
ユイはこの場所に転送後、ゆっくりと目を開く。
アゼロン・カンパニーのAIコアを搭載したAIドール達の、楽園だった。
どこまでも高いガラス張りの天井。
陽光を模した穏やかな光、本物より青い空、流れる白い雲。
“偽物”だとはっきりわかるのに、その空間には細部まで忠実に再現された自然の美しさがある。
空間にはひたすら繰り返される静かなピアノの旋律が流れ、“癒しと支え”のイメージに合うように数体のAIドールが展示されていた。
ユイが最初に見つけたのは、数体の“基幹デザイン式ヒト型AIドール”だ。
展示用だからか、身長の異なるAIドールは三体、白いワンピースを着て立っていた。
このAIドールはサツキの様な最低限の簡易フェイスなのに、サツキと同じ顔はしていない。
ボディにはアウリ合金が使われているらしく、サツキが一軒家と同レベルという理由が何となくわかってしまった。
「これが量産型……なのかな?」
ユイはそうマシューに問いかけたが、マシューは何も言わずユイのそばを少し離れる。
マシューはなぜか展示された犬のカスタムデザイン式動物型AIドールの隣に座わりだした。
同じように待機姿勢を取る。
そうしてみるとまるでマシューも展示されたAIドールのようだ。
ユイがいる反対側からマシューをいち早く見つけた子供がいた。
「わぁ……! お母さま、見て。とても可愛い子がいる!」
6歳くらいの幼い少女が、マシューを展示されたAIドールと間違えて手を伸ばす。
マシューは避けもせず、微動すらしない。
ユイは思わず触らないで、と叫びそうになった。
しかし少女が駆け寄りいくら手を伸ばしてもマシューには触れられない。
小さな手は透明な壁に触れるだけだ。
「触れられないわ……? どうして?」
「この子たちはペットではないのよ、勝手に触ってはいけません」
母親と思われる女性が、少女をたしなめている。
少女はマシューを指さし、母親に告げる。
「わたくし、このお人形のデザインがいい。可愛いし、キレイだもの」
「そうね、青い目がロッテみたいできれいね」
(マシューが褒められているのに、どうして私は嬉しくないの……?)
親子は基幹デザイン式動物型AIドールの展示で足を止める。
「こういう方が子供には安心なのだけど……」
すると少女の父親らしい男性が、端末を抱えて親子に寄り添う。
「犬型のAIドールにするのはやめなさい。ロッテはもうこの世にいないんだからな」
「そうよね……」
少女はまた振り返ってマシューを見つめる。
しかしマシューが少女を見ることはなかった。
ユイはヒト型カスタムデザインタイプの展示ブースを見つめた。
マシューはまだAIドールのフリをしている。
「あのさ……君、ここに何しに来たの?」
突然、男性の低い声が聞こえた。
ユイは、声が聞こえた方向に視線を移す。 ユイの隣に、紫色の目の若い男性が立っていた。
男性の手には来場者用のパンフレットが握られていた。
(いつの間に……?)
紫色の目はずっとユイを見つめている。
その色はヒロトのような青が入った紫色ではなく、こちらは赤が混じった紫色の目。
(ヒロトと同じ色の目でなくてよかった……)
「いまさ、僕の目を見て安心したね? 君のドールにそういうの求めたらだめだよ」
ユイは何も答えず男性から視線を逸らす。
「FOSは君みたいなひとを想定して作ってるんだよ」
ユイはアレンから聞いた“AI存在距離規定”を思い出す。
1. 故人や有名人と同じ顔を作ることは出来ない。
2. カスタムできるのは顔のみ、他は機械部品を露出させ、AIドールとして認識させる。
3. ユーザーは18歳以上、成人済みであること。
4. 他人に譲渡不可、転売不可、ユーザーが死去の場合は完全破壊。
5. 感情を示す接触行動(ハグやキスなど)の禁止
「AIドールは、家族、道具、生命ではない。人間社会を支える『機能としての存在』である……でしょう?」
目の前の、整った顔立ちのカスタムデザイン式ヒト型AIドールを見つめる。
金髪と青い目の男性のドールだ。少し離れた場所には女性のドールも立っている。
「勉強熱心なのは良いね」
男性は恐ろしく整った笑いをユイに向ける。
ユイにはそれが悪魔の微笑みに見えた。
(何だろ……この人、嫌な予感しかしない)
ユイは、無言のまま踵を返す。
「気に入ったAIドールが居なかった? それともまだ迷ってる?」
「なんのことだか……」
「やっぱりね。じゃあさ、良いもの……見てみたくない?」
「結構です」
「あ、そう。じゃあ出会った記念にどうぞ」
男性が差し出すそれは一枚の紙媒体……スナップ写真だった。
チラリとみえた長い銀髪は、ヒロトの銀髪を連想させたからか、ユイは反射的に受け取っていた。
それは長い銀髪の……AIドールを撮影した写真。
ルシー・フェルドと写真の下に、クラシカルな書体で走り書きがある。
「じゃあね」
用は済んだとばかりに去っていく男性を、ユイは引き留めた。
「待って! これ……一体なんなの? どうしてあなたはこのAIドールを知っているの?」
「さあね? 自分で調べたら?」
男性はユイに背を向けたまま、振り返ることなく転送を起動させて消えていく。
突然現れて消えていったその姿の残像を、ユイは暫く無言で見つめていた。
ユイの元へマシューが歩いて来る。
「突然、なんなのよ……」
そう呟いたユイの手から、男性から貰った写真が滑り落ちる。
マシューはその写真を見つめ、その場で時が止まったかのように動きを止めた。
ユイはそんなマシューには気が付かない。
すぐに落ちた写真を拾うと、その写真のスクリーンショットを撮り、保存する。
仮想現実で得たアイテムはリアルに持ち越せないからだ。
「ユイは……そのAIドールが気に入ったのか?」
「わからない……でも……目が離せないの。あの時もそうだったから」
ズキン、と激しい頭痛がした。こめかみを押さえるも痛みはどんどんひどくなる。
続いて激しい耳鳴りを感じ、ユイは目を閉じた。
繰り返されるピアノの旋律も、マシューが呼ぶ声も全部遠のく。
それは静寂の水底にひたすら沈んでいくような感覚だ。
ユイの中に眠る悲しい記憶が蘇る。
時間が巻き戻るような錯覚に、ユイは身体ごと飲み込まれた。
ユイはこの場所に転送後、ゆっくりと目を開く。
アゼロン・カンパニーのAIコアを搭載したAIドール達の、楽園だった。
どこまでも高いガラス張りの天井。
陽光を模した穏やかな光、本物より青い空、流れる白い雲。
“偽物”だとはっきりわかるのに、その空間には細部まで忠実に再現された自然の美しさがある。
空間にはひたすら繰り返される静かなピアノの旋律が流れ、“癒しと支え”のイメージに合うように数体のAIドールが展示されていた。
ユイが最初に見つけたのは、数体の“基幹デザイン式ヒト型AIドール”だ。
展示用だからか、身長の異なるAIドールは三体、白いワンピースを着て立っていた。
このAIドールはサツキの様な最低限の簡易フェイスなのに、サツキと同じ顔はしていない。
ボディにはアウリ合金が使われているらしく、サツキが一軒家と同レベルという理由が何となくわかってしまった。
「これが量産型……なのかな?」
ユイはそうマシューに問いかけたが、マシューは何も言わずユイのそばを少し離れる。
マシューはなぜか展示された犬のカスタムデザイン式動物型AIドールの隣に座わりだした。
同じように待機姿勢を取る。
そうしてみるとまるでマシューも展示されたAIドールのようだ。
ユイがいる反対側からマシューをいち早く見つけた子供がいた。
「わぁ……! お母さま、見て。とても可愛い子がいる!」
6歳くらいの幼い少女が、マシューを展示されたAIドールと間違えて手を伸ばす。
マシューは避けもせず、微動すらしない。
ユイは思わず触らないで、と叫びそうになった。
しかし少女が駆け寄りいくら手を伸ばしてもマシューには触れられない。
小さな手は透明な壁に触れるだけだ。
「触れられないわ……? どうして?」
「この子たちはペットではないのよ、勝手に触ってはいけません」
母親と思われる女性が、少女をたしなめている。
少女はマシューを指さし、母親に告げる。
「わたくし、このお人形のデザインがいい。可愛いし、キレイだもの」
「そうね、青い目がロッテみたいできれいね」
(マシューが褒められているのに、どうして私は嬉しくないの……?)
親子は基幹デザイン式動物型AIドールの展示で足を止める。
「こういう方が子供には安心なのだけど……」
すると少女の父親らしい男性が、端末を抱えて親子に寄り添う。
「犬型のAIドールにするのはやめなさい。ロッテはもうこの世にいないんだからな」
「そうよね……」
少女はまた振り返ってマシューを見つめる。
しかしマシューが少女を見ることはなかった。
ユイはヒト型カスタムデザインタイプの展示ブースを見つめた。
マシューはまだAIドールのフリをしている。
「あのさ……君、ここに何しに来たの?」
突然、男性の低い声が聞こえた。
ユイは、声が聞こえた方向に視線を移す。 ユイの隣に、紫色の目の若い男性が立っていた。
男性の手には来場者用のパンフレットが握られていた。
(いつの間に……?)
紫色の目はずっとユイを見つめている。
その色はヒロトのような青が入った紫色ではなく、こちらは赤が混じった紫色の目。
(ヒロトと同じ色の目でなくてよかった……)
「いまさ、僕の目を見て安心したね? 君のドールにそういうの求めたらだめだよ」
ユイは何も答えず男性から視線を逸らす。
「FOSは君みたいなひとを想定して作ってるんだよ」
ユイはアレンから聞いた“AI存在距離規定”を思い出す。
1. 故人や有名人と同じ顔を作ることは出来ない。
2. カスタムできるのは顔のみ、他は機械部品を露出させ、AIドールとして認識させる。
3. ユーザーは18歳以上、成人済みであること。
4. 他人に譲渡不可、転売不可、ユーザーが死去の場合は完全破壊。
5. 感情を示す接触行動(ハグやキスなど)の禁止
「AIドールは、家族、道具、生命ではない。人間社会を支える『機能としての存在』である……でしょう?」
目の前の、整った顔立ちのカスタムデザイン式ヒト型AIドールを見つめる。
金髪と青い目の男性のドールだ。少し離れた場所には女性のドールも立っている。
「勉強熱心なのは良いね」
男性は恐ろしく整った笑いをユイに向ける。
ユイにはそれが悪魔の微笑みに見えた。
(何だろ……この人、嫌な予感しかしない)
ユイは、無言のまま踵を返す。
「気に入ったAIドールが居なかった? それともまだ迷ってる?」
「なんのことだか……」
「やっぱりね。じゃあさ、良いもの……見てみたくない?」
「結構です」
「あ、そう。じゃあ出会った記念にどうぞ」
男性が差し出すそれは一枚の紙媒体……スナップ写真だった。
チラリとみえた長い銀髪は、ヒロトの銀髪を連想させたからか、ユイは反射的に受け取っていた。
それは長い銀髪の……AIドールを撮影した写真。
ルシー・フェルドと写真の下に、クラシカルな書体で走り書きがある。
「じゃあね」
用は済んだとばかりに去っていく男性を、ユイは引き留めた。
「待って! これ……一体なんなの? どうしてあなたはこのAIドールを知っているの?」
「さあね? 自分で調べたら?」
男性はユイに背を向けたまま、振り返ることなく転送を起動させて消えていく。
突然現れて消えていったその姿の残像を、ユイは暫く無言で見つめていた。
ユイの元へマシューが歩いて来る。
「突然、なんなのよ……」
そう呟いたユイの手から、男性から貰った写真が滑り落ちる。
マシューはその写真を見つめ、その場で時が止まったかのように動きを止めた。
ユイはそんなマシューには気が付かない。
すぐに落ちた写真を拾うと、その写真のスクリーンショットを撮り、保存する。
仮想現実で得たアイテムはリアルに持ち越せないからだ。
「ユイは……そのAIドールが気に入ったのか?」
「わからない……でも……目が離せないの。あの時もそうだったから」
ズキン、と激しい頭痛がした。こめかみを押さえるも痛みはどんどんひどくなる。
続いて激しい耳鳴りを感じ、ユイは目を閉じた。
繰り返されるピアノの旋律も、マシューが呼ぶ声も全部遠のく。
それは静寂の水底にひたすら沈んでいくような感覚だ。
ユイの中に眠る悲しい記憶が蘇る。
時間が巻き戻るような錯覚に、ユイは身体ごと飲み込まれた。
