リージョンN、カイドウ家本邸。
メイドに案内されてユイの執務室を訪れたアレンは、一礼してユイに静かな笑顔を向けた。
しかしその目はもうユイを懐かしい存在とは見ていない。
アレンにとってカイドウ家は大株主であり、アゼレウス社の最重要人物の家門だ。
そんな家門の当主の道を選んだユイを、もう単なる友人の孫として見ることはできない――、
そんな意志を感じる硬い表情をアレンはユイに向ける。
ユイはそんなアレンに少し戸惑いながら、ソファーを勧めた。
アレンは扉に近い位置にあるソファーに着座し、手に持った鞄を床に降ろす。
マシューは沈黙を続けたまま、ユイの足元に待機状態で寄り添う。
「ユイ様は、カスタムデザイン式ヒト型AIドールの購入を、検討しておられるようですね」
「はい」
「これからお話しするAI存在距離規定は、別名“AI法”と呼ばれる人間とAIの間に境界線を引く為に必要な生きた概念です」
アレンは淡々と言葉を続け、そして断言する。
「すべてのAIドールは、型に関わらず……家族でもなく、道具でもなく、そして生命でもない」
「はい」
「すべてはこの文言から始まり、この文言に終わるのです」
アレンの言葉を聞く体勢に入ったユイは、アレンの言葉を待った。
部屋のクラシカルな置時計の秒針の音が耳に聞こえる。
アレンは鞄から小型のプロジェクターを取り出し、ユイの前に画面を表示させた。
そこにあったのは、アゼリアにおける歴史の年表と、AIドールが確立するまでの経路だった。
―*―
天変地異が起こった時、多くの人間は神にすがらなかった。
神は天災から人間を守らなかったからだ。
明日を生きるために人間が必要としたのは、世界の復興。
その次に求められたものが、心の癒しと支えだった。
それを“機械”に、“AIドール”に求めた。
人間が希望を抱き再生に向かうことを願って、アゼロン・カンパニーは独自の“AI”を創り上げ、アゼレウス社がその“AI”が宿る“器”を提供する。この二社が長く業務提携を結ぶことによって、AIドールは世界に産声を上げたが、その最初の姿はヒトのカタチすらしていなかった。
無機質な存在をより身近に感じられるようにと、両企業はヒト型に拘った。
そして生まれたのが最低限のヒトのカタチを保った基幹デザイン式ヒト型AIドールだった。
「私がタクマさまに依頼されて、トミオのために創ったのは、このタイプでした」
タクマの名前が出たとき、ユイは目を見張った。
そしてすぐに……理解した。
(……タクマ様らしい)
祖母リエの脳から記憶データを複製し、それを学習させたのがサツキだった。
サツキがいてくれたことで、ユイとトミオは立ち直ることが出来た。
そのことをユイは一度も忘れたことはない。
最後まで祖父に寄り添い続けたその存在を、ユイは心から敬愛している。
「トミオがこのAIドールと育んだ関係は、我々にとっても理想的だった。しかし、世界にとっては遅すぎたんだ……」
過激派組織の無差別攻撃事件がなければ、施行されなかった規定――。
それは社会がAIに向けておいた思想の柵。
守らせるためではなく、超えさせないための線。
目に見えないそれを明確に引かせることで、AIではなく人間の精神を守ろうとしたのだ。
ユイは言葉を探したが、直ぐには見つからなかった。
「ヒトに似せて造ったくせに人のように思うなと、扱うなと規制をかけるのは……AIを守るためじゃなかったなんて……」
「結局のところAIを人間が保護することは出来なかった。だから切り捨てることで安全を確保することにした……」
「人間が壊れないための思想、それがAI存在距離規定。つまり、境界線ってことなんですね」
短い沈黙の後、アレンはメイドが置いた茶の水面を見つめた。
アレンは頷く。
「ユーザーのために技師が懸命に造ったAIドールは、AIが壊れても構わない思想に縛られ続ける」
そして一度言葉を呑み込んでから、アレンは続けた。
「もっと最悪なのは、扱う人間がそれに対して心が痛まなくなること……酷い話です」
アレンの言葉がユイの中に重くのしかかる。
(やっぱり、私は境界線を本当の意味で理解することはできないーー)
それがユイの出した最初の答えだった。
メイドに案内されてユイの執務室を訪れたアレンは、一礼してユイに静かな笑顔を向けた。
しかしその目はもうユイを懐かしい存在とは見ていない。
アレンにとってカイドウ家は大株主であり、アゼレウス社の最重要人物の家門だ。
そんな家門の当主の道を選んだユイを、もう単なる友人の孫として見ることはできない――、
そんな意志を感じる硬い表情をアレンはユイに向ける。
ユイはそんなアレンに少し戸惑いながら、ソファーを勧めた。
アレンは扉に近い位置にあるソファーに着座し、手に持った鞄を床に降ろす。
マシューは沈黙を続けたまま、ユイの足元に待機状態で寄り添う。
「ユイ様は、カスタムデザイン式ヒト型AIドールの購入を、検討しておられるようですね」
「はい」
「これからお話しするAI存在距離規定は、別名“AI法”と呼ばれる人間とAIの間に境界線を引く為に必要な生きた概念です」
アレンは淡々と言葉を続け、そして断言する。
「すべてのAIドールは、型に関わらず……家族でもなく、道具でもなく、そして生命でもない」
「はい」
「すべてはこの文言から始まり、この文言に終わるのです」
アレンの言葉を聞く体勢に入ったユイは、アレンの言葉を待った。
部屋のクラシカルな置時計の秒針の音が耳に聞こえる。
アレンは鞄から小型のプロジェクターを取り出し、ユイの前に画面を表示させた。
そこにあったのは、アゼリアにおける歴史の年表と、AIドールが確立するまでの経路だった。
―*―
天変地異が起こった時、多くの人間は神にすがらなかった。
神は天災から人間を守らなかったからだ。
明日を生きるために人間が必要としたのは、世界の復興。
その次に求められたものが、心の癒しと支えだった。
それを“機械”に、“AIドール”に求めた。
人間が希望を抱き再生に向かうことを願って、アゼロン・カンパニーは独自の“AI”を創り上げ、アゼレウス社がその“AI”が宿る“器”を提供する。この二社が長く業務提携を結ぶことによって、AIドールは世界に産声を上げたが、その最初の姿はヒトのカタチすらしていなかった。
無機質な存在をより身近に感じられるようにと、両企業はヒト型に拘った。
そして生まれたのが最低限のヒトのカタチを保った基幹デザイン式ヒト型AIドールだった。
「私がタクマさまに依頼されて、トミオのために創ったのは、このタイプでした」
タクマの名前が出たとき、ユイは目を見張った。
そしてすぐに……理解した。
(……タクマ様らしい)
祖母リエの脳から記憶データを複製し、それを学習させたのがサツキだった。
サツキがいてくれたことで、ユイとトミオは立ち直ることが出来た。
そのことをユイは一度も忘れたことはない。
最後まで祖父に寄り添い続けたその存在を、ユイは心から敬愛している。
「トミオがこのAIドールと育んだ関係は、我々にとっても理想的だった。しかし、世界にとっては遅すぎたんだ……」
過激派組織の無差別攻撃事件がなければ、施行されなかった規定――。
それは社会がAIに向けておいた思想の柵。
守らせるためではなく、超えさせないための線。
目に見えないそれを明確に引かせることで、AIではなく人間の精神を守ろうとしたのだ。
ユイは言葉を探したが、直ぐには見つからなかった。
「ヒトに似せて造ったくせに人のように思うなと、扱うなと規制をかけるのは……AIを守るためじゃなかったなんて……」
「結局のところAIを人間が保護することは出来なかった。だから切り捨てることで安全を確保することにした……」
「人間が壊れないための思想、それがAI存在距離規定。つまり、境界線ってことなんですね」
短い沈黙の後、アレンはメイドが置いた茶の水面を見つめた。
アレンは頷く。
「ユーザーのために技師が懸命に造ったAIドールは、AIが壊れても構わない思想に縛られ続ける」
そして一度言葉を呑み込んでから、アレンは続けた。
「もっと最悪なのは、扱う人間がそれに対して心が痛まなくなること……酷い話です」
アレンの言葉がユイの中に重くのしかかる。
(やっぱり、私は境界線を本当の意味で理解することはできないーー)
それがユイの出した最初の答えだった。
