08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 空中艇はリージョンRの空港のはずれにあるエアポートに降り立つ。
 そこではカイドウ家の紋章をつけた、黒いビジネススーツの男性がユイたちを待っていた。
 黒い革の手袋を履いているため見えない部分もあるが、露出した部分に機械構造は見られない。

(この人はAIドールなの?)

 彼はユイに深々と礼をし、自己紹介する。

「私は、セキジと申します。ミオンと同じ部隊に所属しています」

 セキジは一礼し、少し離れた場所に停めた白い車へとユイ達を案内する。
 車の運転はセキジが行うようだ。
 彼はユイとマシューを後部座席に乗せ、トオルは助手席に座った。 

 リージョンRの中心地からハイウェイを北上し、J市へと走り出す。
 ユイは車窓から空を眺める。
 隣のマシューをチラリとみると、その目は黒ではなくスカイブルー。

(また何かアップデートしてるのかな……)

 いまアップデートが必要ということは、やっぱり誰かに狙われている?
 ユイが不安に駆られて表情を曇らせたとき、助手席のトオルが伸びをする。
 
「ふー。やっぱ地面は安心すんな……」

 そんな一言がユイの不安を和らげる。
 気遣いの天才と言えるだろう。

「空はお嫌いですか?」
 
 そんなトオルをみてセキジがにやりと笑う。

「撃墜されたら逃げられないじゃん」
「カイドウ家の空中艇を攻撃するほうがリスクですよ」

 ミラー越しに見えたセキジの笑顔にユイはビクリとする。
 が、トオルは。

「あーー……。まぁ、そうね」

 と妙に納得気味だ。

「我々を本気で襲うなら、いまが一番の狙い時でしょうね」
「え……?」
 
 ユイはハッとして後ろを振り返る。
 背後には車はおらず、対向車すらも見当たらない。

(ここ、ハイウェイだよね? どうして周りに車が居ないの!?)

 ユイの視線とセキジの視線が、バックミラー越しにぶつかる。

「そうだな」

 マシューのカメラアイが黒に戻る。
 
「ふぁ~。で、何の話?」
 
 トオルは大きなあくびをしながら、さり気なく話を振る。

「後方に熱烈なファンがいたのですよ」

 セキジの言葉にユイは瞳孔を大きく開かせる。

「ファンねえ……」
「ふふ」

 セキジはハンドルを握りながら、満足そうに微笑んだ。 

「お見事でしたよ、マシュー様」
「ふむ……。斬新ではあるな。その知計、賞賛に値する」

 トオルはマシューの言葉で何かを察したようだ。

「やべぇな。熱すぎんだろ……」

(マシューが誰かを褒めてる……?)

 ユイには話の全貌は全く見えてこない。
 マシューの落ち着いた声音は、何かを終わらせた後のもの、ということだけ理解に至る。

(いつか、このマシューに……)

 移ろう車窓からの風景を視界に入れながら、ユイはそう考えた。
 そしてすぐにその思考を止める。それは今ではない、今であってはならないと。
 料金所が見える。もうすぐここを出るというのにやっぱり車はおろか人が見当たらない。


(……やっぱり異常だよね、これ)

 そう思っても、現状安全であるという認識はある。
 深く考えてはいけないと、ユイはやはり考えるのをやめた。

 それから――。 
 狭い車内で、トオル、マシュー。セキジも加わり論戦が繰り広げられた。
 おのおの饒舌に、機械とは、護衛とは、戦術とは、を語りだす。
 その熱量と会話のマニアックさは、ユイにとっては宇宙人の言語を聞くのと同じだった。

「偏光迷彩粉を使用する辺り、薬剤の扱いに精通している可能性がある」
「どうやらマシュー様の索敵範囲は、そこそこ広いようですね」
「マシュー……どんだけオプションついてるんだ?」
「さあな」

 マシューが楽しそうにしているのを、ユイは初めて見た気がした。
 それが嬉しいやら悲しいやら、ユイには複雑だった。

 ―*―
 男たちの会話を聞きながら景色を眺めること約1時間。
 リージョンNから目的地までの長距離を、まさかの約2時間程度で到着してしまった。
 産婦人科医が許可した片道2時間程度の距離といった時間を、ちゃんと守っている。
 さすがはカイドウ家……と言わざるを得ない。

 そしてユイたちが到着したJ市。
 車は規模の大きな孤児院の門の前で停まる。
 この孤児院は、ぱっと見た感じ、周囲に溶け込んでいる。
 しかしユイは違和感を覚えた。
 この孤児院は妙に新しい。
 おそらく最近立て直し、もしくは改築されたのかもしれない。

(この孤児院がヒロトの育った場所……?)

 トオルの話によるとヒロトとトオルが出会ったのは、リージョンCの進学有名校だったという。
 お互いにリージョンRの出身だったこともあって、意気投合したという。
 それまでは恐らくこの孤児院に身を寄せていたのだろう。
 ヒロトが語ろうとしなかった過去を、こんな形で勝手に暴いていいのか。
 このまま孤児院の玄関口へ進むことが、ユイは何となく怖くなった。
  
「事前に連絡はしている。と言っても、オレも初めて来たんだけどな」

 トオルの声で、ユイは正面を向きなおす。
 彼の指は少しだけ震えていたが、いつも通りの流暢なトークと明るい笑顔だ。

「タケシバ様、イサキ様。ようこそお越しくださいました」

 落ちついた年代の女性職員に案内され、トオルの後ろからユイは廊下を進む。
 隣にいるマシューの機械音が廊下に少しだけ響いた。