08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 夕食を取るはずだった飲食店に到着すると、その店は臨時休業してしまっていた。
 完璧だと思っていたヒロトのデートプランが崩れる。
 予約を受け付けない店だったのか、それともヒロトが予約していなかったのか。
 夕食を何処で取るのか決められないまま、ふたりはライトアップされた時計塔の見える公園に来た。

 寄り添う恋人たちで溢れた夜の公園は、屋台カーが多くちょっとした食事処になっている。
 ヒロトが悩んだ末にユイとここに戻って来たのは、ユイがそう提案したからだ。
 
「お洒落な店で食事も良いけど、もっと肩の力を抜けるところがいい」

 ホットワインを片手に、ロブスターの肉を丸ごと挟んだサンドイッチを、ふたり座って食べる。
 ふたりともロブスターを口にするのは初めてだ。
 未知の食材にふたりで触れ、美味しいと言いながら食べる。
 ただそれだけなのに、どの高級料理にも負けないほどの幸福感を感じた。

 楽しい時間はあっという間で、もう一日が終わる。
 初めての……。これが、デート……。皆が経験するというデート。
 ヒロトと本当の意味で共有できた、初めての時間。

 ヒロトと噴水そばのベンチで座っている時だった。
 ライトアップされた噴水の水面がキラキラと輝いて美しい。

 気が付くとユイは独り言をヒロトに話していた。
 舞台に立つヒロトを見たとき、手が届かない人だと思ったこと。
 万華鏡のように少しずつ変わるのが羨ましいと思っていること。
 
 ヒロトはただ黙ってその独り言を聞いていた。
 否定も肯定もせず、ユイが自然に答えを出すのを待った。

 幸せを感じることが怖いと、ユイが口にした時。
 ヒロトは初めて言葉を紡いだ。

「俺がそばにいるよ。もし……ユイさんが望んでくれたらだけど」

 控えめな言葉だった。
 以前のヒロトならこんなふうには言わなかっただろう。
 
「こういってみて。……ずっと傍にいる、って」
「うん?」
「そう言ってもらえたら、安心できる気がするの」

 嘘でもいいと思いながら、ユイはヒロトからその言葉を聞きたかった。
 どんなに望んでも“彼”は言わない言葉を、“彼”ではない存在から聞きたかった。
 そんな自分を嫌悪しながら、責め続けながら。

「……後悔しない?」

 しかしヒロトがユイに告げたのは“確認”だった。

「それをユイさんに言ってしまったら、俺はもう何も我慢できない」

 ユイに選択肢を用意しながら、同時に選んで欲しいと目が伝えて来る。

「……お願い」

 ユイの視線がヒロトの視線と重なる。
 その言葉の意味がどれほど重いかをユイは感じながら、応えた。

「ずっと君の傍にいるよ。これから先何が起こるか分からないけどね」

 雲が流れて欠けた月が姿を現す。
 緑色のチャームがとれたユイの携帯端末が、月光を浴びて午後8時31分を示す。

 その日、ユイは自宅には戻らなかった。