08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 日頃の頑張りの成果か、定時で帰れた今日。
 ユイからついにデートの返事が返ってきた。

『デート、行きます』

 今時珍しい文字通信だ。
 彼女のAIドール(マシュー)も一緒に来るだろうが……。
 それでもユイとデートが出来るのは嬉しい。

 トオルは「こういう時くらいAIドールに休暇をあげてもいいのにな」と言う。

(それは無理だろう)

 ――“彼女”と“彼”はどちらが欠けても存在できない。
 
 その関係に横から割り込もうとしているというのに。

 マシューはユイの護衛騎士のような存在だ。
 護衛サポートAIの役目に忠実に行動している。
 
(ボクシングは軽くやったことがあるけど、俺に護衛なんて出来るわけない)

 だからこそ、マシューにはユイを守るための“盾”でいて貰う必要がある。
 そんな風に感情を持って行かないと、どす黒い嫉妬で狂いそうだ。

「マシューも連れてきていいよ」

 そう返信を返す。
 すると直ぐに返信が返ってきた。
 私的な返信は忘れた頃にやって来るくらい遅いというのに。

(なぜだ? 何かあったのか?)

『マシューは定期検査に出そうと思うの、メンテナンスは必要だし』
 
 彼女の返信でヒロトは理解する。
 そうだよな、という諦めを含んだ納得。

(いや、そうじゃない。マシューがいない時こそ俺の出番じゃないか!)


「そうなんだ。何も異常が無いといいな」
『うん。ありがとう』

 通信はそこで終了した。

 ー※ー
 ヒロトはつい最近、トオルと一緒にトレーニングジムに通い始めた。
 トオルがここに通うのは、重たいAIドールを扱うため健康維持が主な目的だ。
 便宜上、ヒロトも同じ理由ということにしている。だが本音は違う。

 動機が不純であることは理解している。
 ただ体を鍛えたら、小さな護衛騎士に抱く負の感情を抑えられるような気がしていた。

「へぇ……頑張るねぇ」

 隣で走り込むトオルも全身汗だくだ。

「……変わりたいんだ、もっと」

 努力しなければ越えられない、そんな壁がある。
 昔はそんなもの、無理やり壊せば良いと思っていた。
 
(だけどそれじゃだめなんだ)

 相手を自分に引き寄せるより、自分から寄り添っていく方がずっとずっと深い。
 
 ユイ・リア・イサキ。
 彼女は新世界を見せてくれた、唯一無二のひと。
 だからこそ、そう簡単に諦められるわけがない。
 
「応援するよ。今オレも同じ気持ちだから、さ」
「おう」
 
 ジムからの帰り道。シャワーを浴びて火照る体を冷ましながら空を見上げる。月はない。
 自宅まであと数メートルという時。ヒロトは背筋が凍るような視線を感じた。
 それは鋭さと冷たさを含んでいるようで、悪寒を感じる。
 しかし振り返っても誰もおらず、車が通った形跡もない。

 そのどす黒い何かはもうずっとヒロトに向けられたまま。
 護身術もある程度は使える程度には鍛錬しているつもりだ。

(監視されているのか……?)
 
 そんな気配も感じる。
 気のせいだと思いたいが、このところずっとこうだ。
 その時、視界の隅に黒い車が横切ったような気がした。