08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 僕、ラナンは待機中だ。動物型AIドールの横で。
 目の前には観察対象者がいる。
 黒い瞳に黒い髪。僕の主とは真逆の印象の人間――、ユイ・リア・イサキ。
 僕の主が『境界線』を守るために行ったことは、彼女の癖や言動を学習させることだ。

 オリジナルとコピーを会わせて、そして比較して最終チェックする。
 僕はそのためにレイラの側にいる。

 そして僕の主は僕にもう一つ仕事を与えた。
 隣にいる動物型AI護衛サポートタイプ:識別名「マシュー」の分析だ。

 しかし先ほどからスキャンを試みるものの、ことごとく跳ね返されてしまう。
 いや「跳ね返す」じゃないな。

 僕が周辺把握に偽装して発したスキャンの波は、マシューのAIコアから発される微細な振動によって相殺されている。全て相殺じゃない。部分的に、かつ巧妙に、だ。

 結果、差し支えない情報だけ渡され「読み取った」と錯覚させられる。
 僕じゃなきゃコロッとだまされちゃうだろうね。
 ってか、これをすまし顔でやってのけるのだから……。

 いや、マシューは気づいていないのか? AIコアの自動防衛?
 気づいていないふりをしている……? どっちにしても癪だ。 
 
 僕は最新式のカスタムデザイン式ヒト型AIドール。しかも護衛サポートタイプだ。
 僕の方が性能は上……だ。

 しょうがない、何も成果を上げられないのは僕のプライドが許さない。
 方向性を変えてみよう。

「僕の主はさぁ、太るからといって甘いものを食べないくせに、作りたがるんだよなぁ」

 会話しながら漏れ出る波を拾ってやる。

 マシューは充電台から起き上がり、その場を離れる。
 なぜか。ユイという主が見えなくなったからだ。
 
 僕の眼でみるかぎり、充電に必要な時間はたかだか数分だ。
 つまりそれだけ高機能なコアを持っている可能性がある。
 マシューはユイの姿が見える場所を見つけると座り込み、そのまま待機状態に入った。
 
「……それでもおまえの主には必要なんだろう」
「そうなのかねえ。太りたいのか痩せたいのか、僕には意図がわからないよ」

 僕も主が見える場所に移動する。
 学習データによると僕の主は確かに“キレイ”とかいう存在らしいが、僕にはよくわからない。
 となりのマシューの目にはどう映ってるんだ? 

 感情センサーも追跡が出来ない。
 なんだこいつ。むしろ僕の方がコイツに筒抜けな可能性も……。
 まさかな。

「……それは我々が判断することではない」

 マシューが初めて僕を見る。
 分析してるとはっきりわかる視線だ。
 クソ。威嚇か? 牽制か?
 
「意図を知らずに主のサポートなんて出来ないよ?」

 僕は分析されないようロックを掛ける。
 遮断完了……。
 しかしこれではっきりした。
 コイツわかってる。そして”分からない素振りをしてやっているのだ”と知らせてきた。

 マシューはまた視線をユイに戻した。
 ユイはオーブンにケーキの型を入れている。
 マシューはオーブンに視線を移す。   
 
「知らずとも出来るサポートはある」

 ――主を知ろうとしていない?
 
 いや、コイツの行動にはムダがない。
 それどころか会話しながらオーブンの温度調整をする余裕すらある。
 蓄積されたデータから、高度な推論で先回りしているとしたら……知る必要は、ない……のか?

 察して動く。それはAIの領分を超えている――
 おいおい。ヤバすぎだろ。

「それは本当に、主に寄り添っていると言える?」

 僕はわざとユイの言葉を使って問いかけた。
 今まで鉄壁の守りを見せていたマシューが、僅かに揺らいだ。

「おまえにも立場があるのは理解する。だがそれは俺にも言えることだ」
 
 僕の口が少し痺れた。
 何をしたんだ、コイツ……。

 次の瞬間、マシューは犬のようにあくびをして見せた。
 そんな様子を見てユイが微笑む。

「じゃーん! マシュー、どう? すごくない!?」
「そうだな。鼻にクリームが付くほど夢中でやっていた」

「え、やば。そういうところは見てなくていいのに!」
「ははっ。こういうところ昔からまんまユイだよねぇ!」

 レイラが笑う。

「あーあ。僕も食べられたらいいんだけどなぁ」
「何言ってんのよ、ラナンが食べたら直通するだけでしょ」
「……下品だな」

 マシューのツッコミにユイとレイラが笑う。

 僕の主は知らない。
 マシューを分析したデータが、なぜかこの瞬間に消去されたことを。

 今日のところは認めよう。完敗だ。