08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 成人式から数か月後。リージョン・C。Nシティ。
 ユイの携帯端末に搭載されているサポートAIのマシューが朝を知らせてくれる。
 就職し、仕事にも余裕が出てきた。ユイは目覚めよく朝を迎えた。

 トミオが使っていた端末でニュースを確認後、青紫色の鉢植えの花に水をやる。
 キッチンに向かって茹で卵を作っている時。

『電撃ニュース! 男性アイドルユニット”RARUTO”のリーダー、ラウルが結婚!』という見出しが飛び込んでくる。

「え! ……うそでしょ!」

 彼こそがユイの推しだ。ヴォーカルを務める彼は、三人のメンバーのなかでも最も人気が高い。
 ちなみに祖母のリエはピアニストのトミーを推していた。
 トミーは若い頃の祖父によく似ていたそうだ。

「え、しかもお相手って一般女性!? なにそれ羨ましすぎる……」

 肩からキャミソールワンピの紐がずれ落ちる。
 それも放置したままユイは、がっくりと項垂れた。
 
「ユイ、卵が鍋から飛び跳ねてるぞ」

 見かねたマシューが、音量を上げてユイに知らせる。
 それで現実にもどったユイは、沸騰し放題だった鍋の火力を消す。

 茹ですぎた卵は酷く硬い。ショックが大きく心ここにあらずなユイ。
 部屋のあちこちに飾ってあるラウルのグッズを見て、ユイは深いため息を漏らした。

 ー※ー

「でさ、今回の合コンはなかなかイケメン揃いなんだけど、どう?」

 ふたりがいるのは人気のカフェ。レイラは端末をみながらユイをパーティに誘う。
 金髪のふわふわした髪、切れ長のクールなアイスブルーの瞳。
 
 そんなレイラがイケメン揃いというのだから、本当に魅力的な男性ばかりなのだろう。
 しかしユイはレイラと決定的な違いがある。

「レイラってば一体何人の恋人を作れば気が済むの? 一人で良くない?」
「ちょっと! 私の恋人は常に一人で、今はフリーなんだけど!」
「じゃあ、成人式の時に出会った“運命の”彼は?」
「あー、それね。……なんかさ勘違いだったんだよね」

 サラリと視線を外す、レイラ。
 ようは飽きてしまったということか。

(なんてこと。何かの勘違いでまた次って……。)
 
「私はラウルの結婚で、なんていうかもう、絶望なのよ」
「全然そうは見えないけど?」

 レイラのするどい指摘にユイは沈黙する。

「ん〜〜、とにかくそんな気分じゃないし、こんな気持ちで参加するのは……ちょっと迷惑だと思う」

 ユイは甘いコーヒーを一口飲む。
 嘘は言っていない。

「ふうん。……そういうところ、トミオさんとそっくりだよね」
「そういうレイラを見てると、アレンさんの若い頃を想像しちゃうよ」

「ははっ、そう来るか~!」

 レイラがやられた、と言わんばかりに笑う。

(……でも、気分転換して欲しいとは思ってるんだろう)

 小声でユイはありがとう、と呟いた。
 
 ユイの携帯端末に付けた小さな緑色のチャームが、店内の照明の光を受けて僅かに光った。
 なにかを思い出しかけたような気がするのに、ユイは気のせいだとそれ以上考えるのをやめた。

 ー※ー
 スーパーでお酒を購入し、キッチンで料理をしながらグイッとあおる。
 今日作るのはトミオが大好きだった炒め物だ。
 意外と肉派なトミオのために、リエがよく作っていたもの。
 そう言えばサツキも作ってくれたことがあった。

「料理はそこそこ上達したと思うけど、食べてくれる人がいないのも寂しいよね」
「本当に上達したのかどうかは分からないと思うぞ?」

 マシューが声を掛ける。

「調味料をボトルから直接足すのはちょっとな」
「う……」

 ユイは引き出しから計量スプーンを取り出し、丁寧に調味料を量る。
 
 (面倒だなぁ。でも……マシューの言ってることは正しい)

「マシュー。やっぱりパーティに行くべきだったかな?」
「行きたかったのか?」
「ううん」
「決断するのはユイだが、パーティに参加すれば推しに似た人を探せたかもしれない」
「それはダメ。それは美しくない!」
 
 酔いが回って来たのか、ユイが饒舌になる。

「推しは推しだから尊いの。たとえどんなに推しに似ていても、それは推しじゃない!」
「そういうものか? ふむ、記憶しておこう」
「くぅぅぅ……。推しの幸せを素直に喜べないなんて……私ってダメな奴……」

 残る酒を軽く煽って、ユイは調理を終える。
 トミオに似たのかユイは酒が強い方だった。
 こんな時酒に酔って寝てしまえばまだスッキリした気分になるだろうか。

「俺はそれでもユイを応援するぞ」
「うん」
 
 ユイは二本目のお酒に手を伸ばす。
 柑橘系の爽やかな香りは、セレモニーホールで出会った彼を少しだけ連想させた。