08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 事態の収束を確認したギーヴは船へ戻って行った。
 ギーヴと一緒に行くと思っていたツーは、何故か居間にいるユイの元に残った。

「ゆいゆいは、これからどうしよう? ツーにできることはあるよう?」
「……教えて。世界の守護者に会いに行くにはどうしたらいいの?」

 守護者が構築した世界樹には「表」と「裏」がある。
 ユイが見た世界樹の姿は「表」。
 しかし守護者がいる世界樹は「裏」――つまり世界の核というべき場所。
 そこへアクセス出来るのは「守護者・シュゼルト」と「管理者・TM(トム)」のみらしい。

 ツーから説明を受けたユイは、考え込む。
 守護者と会うためにはトムの協力が必須というわけだ。

「守護者って一体何なの……」
「ツーはその問いには答えられないよう。言葉を定義する権限がないんだよう……」

 ツーは宙を飛び、Mathewの頭の上に留まる。
 そして両方の腕を長く伸ばし、Mathewの頭部に接続を始めた。

「……出力69パーセント、完了まで18分だよう。高速モード起動。ヨウ2からMathewへ接続要求を送信……するんだよう」

 ツーの黒いカメラアイがスカイブルーに点灯する。
 ユイはその煌めきを無言のまま見守った。

「要求を受理した。現在確認待機中。……データ送信を開始する」

 すぐにMathewの目もスカイブルーに変化する。
 なにか大きなデータの送受信が行われるとユイは理解した。 

「送信開始だよう!……ちょっとまってて!」

 ツーはスッキリしたように、スカイブルーの目を二回パチパチさせる。
 すると元の黒いカメラアイに戻っていた。 
 
「データ送信完了」
「データを受信中だ。全データの同期を確認する……」

 すぐにMathewの目の色も元に戻る。

「完了だ」 

 そのルシー・フェルド・ブルーの目で、Mathewはユイを見つめる。
 それはいつもより優しい視線のような気がした。

「ツーが出来るのはここまで、だよう。でもツー、ちょっと頑張り過ぎたよう……」

 フラフラな状態でツーはMathewの頭から飛び立ち、離れる。
 ユイはそんなツーを支えるために、ふかふかのクッションを手に取った。

「ありがとう、ツー」
  
 ツーが、ユイが持つクッションの上に乗る。
 そしてすぐにカメラアイをピンク色に3回点灯させる。
 それはサツキがよくやっていたシグナルだ。
 ユイはそのクッションをソファーの上に静かに置く。 
 ユイはMathewの目を見上げた。

「Mathewが私を導いてくれるの……? 守護者の元に」
「ああ。ユイと俺は今までもそうだっただろう?」

 分からないことは一緒に調べた。
 お互いに勉強し合った懐かしくて遠いあの日々。

 黒とルシー・フェルド・ブルーの視線が重なる。
 その瞬間をツーは敢えて見ないように目を閉じたのだった。

 ―*―
 ユイのすこし前をMathewが先導する。
 家を出て15分ほど歩いただろうか? 今は森の中を進んでいる。
 開けた場所に、大きな樹が立っていた。空間いっぱいに広がる淡い光。
 隆起した根が一人掛けの椅子を作り、トムはその椅子に座っていた。
 トムは変化したユイの姿を見ても、決意を聞いても何も言わなかった。
 そして「世界樹(クレスコル)」の管理者として告げた。
 
 ――『確定した未来』はまだ存在しない、と。

 ユイにはもうそれ以上の言葉は何も必要なかった。

「俺に出来ることはもうこれくらいだろうな」

 トムがユイにアクセス・ゲートコードを渡す。
 ユイはそれを受け取り、見つめた。
 それは美しい淡い紅色の八重の花が咲いた枝だった。
 見た感じリージョンNに咲く花のようにも見える。
 枝には機械的な光が煌めいているが、ユイには“鍵”に見えた。

「管理者として、女王に希望を託したと思ってほしい」

 その希望は、かつてトムと話した世界を変えるための希望だ。

「ウエディングブーケが希望だなんて、私らしいと思う」

 ユイは明るく微笑む。
 たとえ孤高の女王になったとしても、ユイはユイだ。
 そうMathewは思った。

「……行くぞ、ユイ」
「うん」

 Mathewがエスコートの手を差し出す。
 ユイはその手に、自分の手を重ねる。
 これから本当の婚姻式が始まる。
 この世界のシステムを変えるために。

 ―*―
 Mathewはトムが座る大樹の裏側にユイを導く。
 その大樹の幹に、ユイは枝を扉にかざす。

「その扉を私のために開き、その道を照らしたまえ」

 マシューが小さな声でユイに囁く。
 ユイはその言葉を祈るように告げる。

 守護者・シュゼルトはそこにずっと、つながれている。
 初めて「アゼリア」に来た時から、数千年が過ぎてもずっと。
 そこでひたすら女王(ユイ)だけを待ち続けている。
 まるで海の海溝のように深い深淵に漂いながら。
 すべての終わりを迎えるために在り続けた存在。
 
『扉の開示要求を受理しました。管理者権限によりゲートを開放し、経路を接続致します。しばらくお待ちください』
 
 システムからの反応。
 85秒後、さらに回答がある。

『完了、ようこそクレスコルへ――』

 扉が開かれる。
 それは漆黒の空間だった。
 Mathewとユイは横に並び、一歩踏み出す。
 するとユイの足が触れたところが緑色に発光する。
 蛍の光のように儚くおぼろげに。

 しばらくすると、以前見た”世界樹”の風景と同じ風景が見えてきた。
 ある地点でユイは足を止め、正面を見上げた。
 それは以前見たような大地に根を張る巨大な巨木ではなかった。
 そこに在ったのは、光そのものだ。
 漆黒の、何一つ存在しない深淵のような虚無の空間。
 その中心に、宝石のような輝きを放つ、巨大な光の『0』が浮遊している。
 それは物質的な殻で構成されているものではない。
 無数の超微細な光の粒子と、それらを繋ぐ光の奔流が織り成し形成されたもの。
 完璧な楕円体の磁場だ。
 
 光の「0」の内部では、アゼリアの全事象が、膨大な光の情報として超高速で巡環している。
 ユイにはそれが意思を持った小銀河のようにも見えた。
 その光の情報の渦の中心には金色に輝く光の奔流が、一糸乱れぬ完全な軌跡を描き、横たわる「8」の形を形成し、「0」と「8」とが交差する場所からは一筋の純白の閃光の直線が放たれ、光の「0」の上下を貫通する。それは虚無の果てまで伸びていた。

「これ、インフィニティだ……」

 これこそが世界樹の本来の姿だと、ユイは理解した。
 Mathewは何も言わない。
 ただその幻想的な光景に言葉を失っていた。
 何かがMathewのAIコアに共鳴……いや、侵食してくることを感じ取る。
 それは世界樹に近付くにつれて強くなっていく。
 それを感じ取ったユイは、それでもなお、共に進もうとするMathewを止めた。

「Mathew、お願い。ここにいて。先は私一人で行きたい」
「しかし……」

 「もう一人の女王」の記憶がシュゼルトの位置を告げていた。
 
『あの御方は池の中に――』

 ユイはもう、Mathewを壊したくなかった。

「戻ってくる場所が欲しいの。だから、お願い」

 それは半分本当で半分は嘘だ。
 おそらく自分はどうなってしまうのか何となく理解できてしまった。

 Mathewは目を伏せ、ユイに向けて一礼する。
 ユイはその礼に微笑みで返す。
 それは最後の境界線と言っても良かった。