ユイが目を覚ますと、そこはほの暗い冷たい牢の中だった。
身体は温かい毛布に包まれてはいたが。
視界にはぼんやりと霧がかかって見える。
毛布がズレて、着ているものが露になる。
それは薄手の夜着――。
「……女王。お召し換えを行います」
そう告げて入って来たのは黒装束の女性たちだ。
三人が牢の中に入り、もう三人が牢の外を見張っている。
逃げられなかった。
「貴女のAIドールを捕まえています。……大人しくなさってください」
「Mathewを?」
女性たちは答えない。
本当かどうかもわからない。けれど確かめる術はなかった。
銃口を突きつけられたまま、
ランタンの僅かな明かりの中で靴を履かされ、頭にベールを付けられる。
ずっしりと重いネックレス。
ジャストサイズのドレスを着せられ、身支度が終わると。
ユイは牢から連れ出された。まるで囚人のように。
どこへ向かっているのか、何も知らされないまま。
靴の音が響く。暗い固い石の長い通路は何処に続いているのか、ランタンの光だけが頼りだ。
女性たちに取り囲まれて歩かされ、進む。
その時だった。
左から腕を誰かに強く引っ張られ、そのまま抱きとめられる。ーー女性だ。
と同時に響く銃声。
絶え間なく続く激しい音だ。
飛び交う悲鳴と、人の倒れる音。
カツンカツンと連続して金属の何かが落ち、転がる音が聞こえる。
再び静寂が流れる。
「ランタンは……1つあればいいわね」
聞き覚えのある女性の声。
レイラだ。
ーーどうしてここに?
「レイラ? ……レイラなの? どうしてこんな……」
「ユイ。ごめん、説明する時間がない。さっさと行くよ」
「どういうこと――?」
レイラは手にしていたライフル銃を投げ捨てた。
そして、倒れた女性の手から拳銃を奪い取り、素早く中の弾数を確認する。
その様子が事態の異常さを告げていた。
直後、混乱するユイの背後から、別の女性の声。
「さあ参りましょう、ユイ。此処から逃げますわ」
特徴的な口調。
微かな記憶ではあるが、ユイの知る限りこの話し方の女性といえば――。
「あなたは……レイ?」
その問いかけに女性は答えない。いや答えている暇がないまま走り出す。
しっかりとユイの手を引いたのは彼女の冷たい手だった。
それでも確かに生きた人の手だった。
レイラと女性は暗闇に慣れているのか、ランタンの灯りに頼らなくても通路を進めるようだった。
ユイは途中で靴を脱ぎ捨てる。
どうやら来た通路を戻っているのか、途中床に倒れている何人もの人に遭遇する。
何があったのかは大体察しがついたものの……
ユイの頭の中はまだ混乱していた。
「もうすぐ外に出るよ!」
レイラが後ろを振り返ってユイを見つめる。
暗い建物の向こうに、月明かりが見えている。
ユイたちは外へ出る。
振り返ると、月灯りが照らしたのは崩れかけた神殿。
その神殿にはカザム教のグライゼルの紋章が掘られていた。
(ここはグライゼルの神殿だったの?)
ユイは正面を振り返る。
神殿の外はそのまま海岸になっていた。
両サイドには岩場が並び、海面を月が照らしている。
そしてレイラの姿をあらわにするも、目の前のレイラはいつもの見知った姿ではなかった。
黒装束を纏い、顔には血や汚れが付着している。
しかし、もっとも大きな違いは、アイスブルーの瞳に、銀髪であることだった。
「レイラ……どういうこと……?」
信じたくはなかった。
レイラが過激派組織グライゼルの一員だったなんて。
親友が何人もの命を奪ってきたという事実をどうして想像できるだろう。
「レイラ……どうして……?」
「私が……グライゼルの『表』の首謀者だから、よ」
レイラの目に涙が滲む。その右手には拳銃がある。
ユイの眉間を狙ったその拳銃が小さく震える。
「どうしてカイドウの女王になんかなったの……。私だけのユイでいてって言ったのに」
「女王になるのが私の生きる道だったから、だよ」
ユイの後ろから、白い婚礼衣装を身に纏った銀髪の女性が、レイラに向かって歩き進む。
女性もレイラも何も言わない。
しかし女性は、ユイに向けられた銃口をそっと手で塞ぐ。
「……レイラ、もう演技は要りませんわ」
それは哀しい声だった。
月が露にしたその容貌は、レイラと瓜二つの顔。
銀色の長いストレートヘア、ヒロトと同じ紫色の目。
「そうですね……」
レイラは右手を降ろす。
力の抜けた右手からずれ落ちた拳銃が砂浜の上に落ちる。
「演技って……? それにあなたは、レイ……?」
混乱するユイに、レイハは静かにカーテシーを行う。優雅な仕草だった。
それだけで彼女がどこかの名家に所縁があるのが分かった。
「わたくしは、レイハ・セト・グラゼル……あの日、病院の中庭であなたと出会ったレイですわ」
「そんな……」
グラゼル家は、守護者より“力”を与えられた名家だ。
「レイハ様はグラゼル家の正当なる当主なの。……私はその影武者のようなものよ」
冷酷な事実だった。
――考えたくなかった。もう何も。
レイラが、レイが。グライゼルの首謀者だったなんて。
ユイは涙を流しながら首を左右に振った。
「わたくしは、世界の悪として、過激派組織グライゼルを率いる者……」
レイハが着ている純白の花嫁装束は、“死”を意味する左前だ。
「そんな……」
「ごめんなさい、ユイ。わたくしもレイラも……こんな形でしかあなたに真実を伝えられない」
―*―
レイラが岩と岩の間に隠した小舟を引っ張り出し、砂浜に寄せる。
これから三人でこの場所から逃げ出すという。
「中にはMathewがいるかもしれない……私だけ逃げるわけには……」
「Mathew? ……この遺跡に?」
初耳だとも言わんばかりの反応に、ユイは少しだけホッとする。
その様子をみたレイハが告げる。
「いま確かめる余裕はありませんわ。一刻も早くここからユイを連れていかなければ」
「ユイのネックレスにはセンサーが付いてるのよ。Mathewならそれを辿れるんじゃないかな」
レイラはそう告げると小舟に乗り込み、ユイを見つめた。
ユイはレイハに手を引かれ、舟に乗る。
振り返れば次第に小さくなっていく神殿の遺跡。
二人によると、この場所がグライゼルの拠点の一つだったという。
グライゼルはユイを生贄として捧げ、レイハを完全な”女王”にするための計画を練っていた。
「わたくしとユイは2人で1人の“女王”なのですわ。でも、“覚醒”するためにはどちらかが逝かねばならない……」
暗い空からぽつぽつと雨が降り注ぐ。
守護者シュゼルトは今、海門を開きアゼリアに流れ込むものを選別しているのだという。
その作業を最後に、シュゼルトは神として完成された女王を娶る。
「でもわたくしたちはユイに生きて欲しい……」
グライゼルは守護者の指令を拒否することは出来ない。
最後まで世界の悪を演じ続けなければならなかった。
「だからユイが女王になって、世界の守護者を導いて……」
涙が流れた。
本来一人であるはずの“女王”。
それが何故か二つに分かれて生まれてしまった。
世界の守護者がアゼリアにいる目的は、最初から“女王”と出会うこと。
そのために気が遠くなるほどの年月をかけて世界を守護しているという。
「どうして一緒に生きようって、言ってくれないの?」
その言葉にレイラも顔を伏せる。
そっと自身のお腹に手を添えるも、すぐにその手を離す。
ユイはトオルが見たという産院の予約を思い出し、レイラに声を掛けようした時。
レイハは沈黙の後、何かを決意したように告げた。
「わたくしは、もう生きられないのですわ」
「……どうして?」
たった一度だけレイハは太陽の光を長時間浴び続けたそうだ。
その時から心臓は徐々に弱り、いつ止まってもおかしくないという。
「まさかその時って……」
ユイの唇を、レイハが人差し指で止める。
優しく微笑みながら、その目は深い哀しみに溢れていた。
「言っては駄目よ。わたくしが笑えなくなるから」
ユイはもう何も言えなかった。
でもレイラだけは救えるとどこかで思っていた。
降り注ぐ雨の中、三人を乗せた小舟は港の端にある海岸に着いた。
「探しましたよ、女王……そしてレイハ様。いや裏切り者どもめ」
それは以前調査書で見た、グレン・ハン・グラゼルという男だった。
過激派組織グライゼルを動かしてきたもうひとりの首謀者だ。
激しい怒りと憎しみを込めて、グレンはレイハに銃口を突き付けた。
身体は温かい毛布に包まれてはいたが。
視界にはぼんやりと霧がかかって見える。
毛布がズレて、着ているものが露になる。
それは薄手の夜着――。
「……女王。お召し換えを行います」
そう告げて入って来たのは黒装束の女性たちだ。
三人が牢の中に入り、もう三人が牢の外を見張っている。
逃げられなかった。
「貴女のAIドールを捕まえています。……大人しくなさってください」
「Mathewを?」
女性たちは答えない。
本当かどうかもわからない。けれど確かめる術はなかった。
銃口を突きつけられたまま、
ランタンの僅かな明かりの中で靴を履かされ、頭にベールを付けられる。
ずっしりと重いネックレス。
ジャストサイズのドレスを着せられ、身支度が終わると。
ユイは牢から連れ出された。まるで囚人のように。
どこへ向かっているのか、何も知らされないまま。
靴の音が響く。暗い固い石の長い通路は何処に続いているのか、ランタンの光だけが頼りだ。
女性たちに取り囲まれて歩かされ、進む。
その時だった。
左から腕を誰かに強く引っ張られ、そのまま抱きとめられる。ーー女性だ。
と同時に響く銃声。
絶え間なく続く激しい音だ。
飛び交う悲鳴と、人の倒れる音。
カツンカツンと連続して金属の何かが落ち、転がる音が聞こえる。
再び静寂が流れる。
「ランタンは……1つあればいいわね」
聞き覚えのある女性の声。
レイラだ。
ーーどうしてここに?
「レイラ? ……レイラなの? どうしてこんな……」
「ユイ。ごめん、説明する時間がない。さっさと行くよ」
「どういうこと――?」
レイラは手にしていたライフル銃を投げ捨てた。
そして、倒れた女性の手から拳銃を奪い取り、素早く中の弾数を確認する。
その様子が事態の異常さを告げていた。
直後、混乱するユイの背後から、別の女性の声。
「さあ参りましょう、ユイ。此処から逃げますわ」
特徴的な口調。
微かな記憶ではあるが、ユイの知る限りこの話し方の女性といえば――。
「あなたは……レイ?」
その問いかけに女性は答えない。いや答えている暇がないまま走り出す。
しっかりとユイの手を引いたのは彼女の冷たい手だった。
それでも確かに生きた人の手だった。
レイラと女性は暗闇に慣れているのか、ランタンの灯りに頼らなくても通路を進めるようだった。
ユイは途中で靴を脱ぎ捨てる。
どうやら来た通路を戻っているのか、途中床に倒れている何人もの人に遭遇する。
何があったのかは大体察しがついたものの……
ユイの頭の中はまだ混乱していた。
「もうすぐ外に出るよ!」
レイラが後ろを振り返ってユイを見つめる。
暗い建物の向こうに、月明かりが見えている。
ユイたちは外へ出る。
振り返ると、月灯りが照らしたのは崩れかけた神殿。
その神殿にはカザム教のグライゼルの紋章が掘られていた。
(ここはグライゼルの神殿だったの?)
ユイは正面を振り返る。
神殿の外はそのまま海岸になっていた。
両サイドには岩場が並び、海面を月が照らしている。
そしてレイラの姿をあらわにするも、目の前のレイラはいつもの見知った姿ではなかった。
黒装束を纏い、顔には血や汚れが付着している。
しかし、もっとも大きな違いは、アイスブルーの瞳に、銀髪であることだった。
「レイラ……どういうこと……?」
信じたくはなかった。
レイラが過激派組織グライゼルの一員だったなんて。
親友が何人もの命を奪ってきたという事実をどうして想像できるだろう。
「レイラ……どうして……?」
「私が……グライゼルの『表』の首謀者だから、よ」
レイラの目に涙が滲む。その右手には拳銃がある。
ユイの眉間を狙ったその拳銃が小さく震える。
「どうしてカイドウの女王になんかなったの……。私だけのユイでいてって言ったのに」
「女王になるのが私の生きる道だったから、だよ」
ユイの後ろから、白い婚礼衣装を身に纏った銀髪の女性が、レイラに向かって歩き進む。
女性もレイラも何も言わない。
しかし女性は、ユイに向けられた銃口をそっと手で塞ぐ。
「……レイラ、もう演技は要りませんわ」
それは哀しい声だった。
月が露にしたその容貌は、レイラと瓜二つの顔。
銀色の長いストレートヘア、ヒロトと同じ紫色の目。
「そうですね……」
レイラは右手を降ろす。
力の抜けた右手からずれ落ちた拳銃が砂浜の上に落ちる。
「演技って……? それにあなたは、レイ……?」
混乱するユイに、レイハは静かにカーテシーを行う。優雅な仕草だった。
それだけで彼女がどこかの名家に所縁があるのが分かった。
「わたくしは、レイハ・セト・グラゼル……あの日、病院の中庭であなたと出会ったレイですわ」
「そんな……」
グラゼル家は、守護者より“力”を与えられた名家だ。
「レイハ様はグラゼル家の正当なる当主なの。……私はその影武者のようなものよ」
冷酷な事実だった。
――考えたくなかった。もう何も。
レイラが、レイが。グライゼルの首謀者だったなんて。
ユイは涙を流しながら首を左右に振った。
「わたくしは、世界の悪として、過激派組織グライゼルを率いる者……」
レイハが着ている純白の花嫁装束は、“死”を意味する左前だ。
「そんな……」
「ごめんなさい、ユイ。わたくしもレイラも……こんな形でしかあなたに真実を伝えられない」
―*―
レイラが岩と岩の間に隠した小舟を引っ張り出し、砂浜に寄せる。
これから三人でこの場所から逃げ出すという。
「中にはMathewがいるかもしれない……私だけ逃げるわけには……」
「Mathew? ……この遺跡に?」
初耳だとも言わんばかりの反応に、ユイは少しだけホッとする。
その様子をみたレイハが告げる。
「いま確かめる余裕はありませんわ。一刻も早くここからユイを連れていかなければ」
「ユイのネックレスにはセンサーが付いてるのよ。Mathewならそれを辿れるんじゃないかな」
レイラはそう告げると小舟に乗り込み、ユイを見つめた。
ユイはレイハに手を引かれ、舟に乗る。
振り返れば次第に小さくなっていく神殿の遺跡。
二人によると、この場所がグライゼルの拠点の一つだったという。
グライゼルはユイを生贄として捧げ、レイハを完全な”女王”にするための計画を練っていた。
「わたくしとユイは2人で1人の“女王”なのですわ。でも、“覚醒”するためにはどちらかが逝かねばならない……」
暗い空からぽつぽつと雨が降り注ぐ。
守護者シュゼルトは今、海門を開きアゼリアに流れ込むものを選別しているのだという。
その作業を最後に、シュゼルトは神として完成された女王を娶る。
「でもわたくしたちはユイに生きて欲しい……」
グライゼルは守護者の指令を拒否することは出来ない。
最後まで世界の悪を演じ続けなければならなかった。
「だからユイが女王になって、世界の守護者を導いて……」
涙が流れた。
本来一人であるはずの“女王”。
それが何故か二つに分かれて生まれてしまった。
世界の守護者がアゼリアにいる目的は、最初から“女王”と出会うこと。
そのために気が遠くなるほどの年月をかけて世界を守護しているという。
「どうして一緒に生きようって、言ってくれないの?」
その言葉にレイラも顔を伏せる。
そっと自身のお腹に手を添えるも、すぐにその手を離す。
ユイはトオルが見たという産院の予約を思い出し、レイラに声を掛けようした時。
レイハは沈黙の後、何かを決意したように告げた。
「わたくしは、もう生きられないのですわ」
「……どうして?」
たった一度だけレイハは太陽の光を長時間浴び続けたそうだ。
その時から心臓は徐々に弱り、いつ止まってもおかしくないという。
「まさかその時って……」
ユイの唇を、レイハが人差し指で止める。
優しく微笑みながら、その目は深い哀しみに溢れていた。
「言っては駄目よ。わたくしが笑えなくなるから」
ユイはもう何も言えなかった。
でもレイラだけは救えるとどこかで思っていた。
降り注ぐ雨の中、三人を乗せた小舟は港の端にある海岸に着いた。
「探しましたよ、女王……そしてレイハ様。いや裏切り者どもめ」
それは以前調査書で見た、グレン・ハン・グラゼルという男だった。
過激派組織グライゼルを動かしてきたもうひとりの首謀者だ。
激しい怒りと憎しみを込めて、グレンはレイハに銃口を突き付けた。
