08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 トムとユイ、Mathew、サンは、居間に戻った。
 自分について、トムは説明を始めた。

 あれは、ユイがまだ18歳の誕生日を迎える前、学生だった時のこと。
 ユイから携帯端末(マシュー)の修理依頼が来た時、マシューのAIコアに致命的な損傷があった。
 トミオには修復することは可能だったが、どうしてもアゼロン・カンパニーの許可が必要だった。
 そこで修理許可申請を行ったところ、通常ではなかなか降りないはずの許可ががすんなり降りた。

 トミオは長年、アゼロン・カンパニーには不信を抱いていたそうだ。
 特にミカゲ・カイ・マガミが提唱した”AI存在距離規定”(FOS)は耐えがたいものだったという。

 FOSは人間の至らなさを、AIドールに押し付けるものだ。
 しかしFOS以上の規約に誰もたどり着けず、受け入れるほかなかった。
 
 トミオはマシューの修理許可がすんなりと降りた理由を知るべきだと判断した。
 しかも通常と異なり、この案件に対応したのは最高位の管理者・SZだったという。
 更に管理者・SZは、ある”取引”を行えば、”奇跡”を起こせるとトミオを誘った。
 
 それは、マシューのAIコアの修復だけにとどまらなかった。
 トミオの死と共に消滅しなければならない”サツキ”をマシューに移植することや、
 失ってしまったリエともう一度再会できる可能性も含まれていた。

「だからおじいちゃんは脳を……」

 ユイはトミオの日記からトミオが渡したのは”脳”であると判断した。
 その頃のアゼリアでは、AIドールの思考モデルを作る際、強化学習が主な手段だった。
 人間の脳そのものに”手を加える”ことで、その作りや働きについての知見を深めようとした。
 それには大量の”良質なサンプル”が必要だった。
 当然、倫理的な問題に発展するまで時間はかからず、即座に法が整備された。
 しかしトミオほどの技師の、その脳の価値ともなれば自ずと高値が付く。
 日記に記されていた「罪を背負う」との言葉。
 ――決定的だった。

「いや、そう解釈するだろうが……真実は違うんだ」

 トムはユイの言葉を即座に否定する。
 己の罪を家族に告げるという苦痛に、トムは表情を歪ませる。
 しかしその目だけは罪と真摯に向き合う意思をまっすぐにユイに伝えていた。

「管理者・SZが要求したのは、俺の“脳”ではない。だが“脳”をつくれと要求した……マシューのメインコアの中にだ」

 トムは一呼吸おいてから話を続けた。
 
 トミオは“世界の守護者”の許可を得て、マシューの中に自分の“脳”をモデルにレプリカを構築した。
 それはサブコアとなっているが、これによりレプリカは他の技術者に見つけられにくい。
 そのサブコアの中にサツキのデータを複製して移した。
 
 本来AIドールは所有者が他界した場合、個人情報の尊厳のため全消去のうえ破壊される。
 そのAIドールの人格、消されるはずの想いを維持し保存することは、重罪だ。
 それは倫理的な問題だけではなく、AIドールが学習した人格の乱用、隠匿、そしてAI存在距離規約(FOS)の違反に該当する。
 トミオの様な“特級技師”とよばれる技師が、技術者の誓約において最も罪であるその禁忌を犯し、それを世界の守護者と共に無かったことにした。
 それは世界樹《クレスコル》を護り、世界が「安全だ」と信じる“信頼”を裏切る行為に等しい。

「そんな要求をどうして……」

 ユイが知るトミオではなかった。
 トミオは誠実で真っ直ぐな人だと思っていた。
 少なくとも平気で罪を犯すような人間ではなかったはずだ。
 
「俺は本当の意味で奇跡を起こしたかったんだ。……リエともう一度会うためなら、家族を守るためなら何を犠牲にしても構わないとすら想った……」

 トミオが最優先で守りたかったのは“AIドール”ではない。
 彼にとって家族は“リエ”であり“ユイ”。
 その中に“マシュー”も“サツキ”も含まれていない。

「サツキたちは、最初から知っていたの? おじいちゃんが選んだ選択を……」

 ユイはMathewを見つめる。
 Mathewはイチと一緒に屈んで暖炉に薪をくべていた。
 パチパチと燃える炎を静かに見つめている。

「……俺もサツキも知っていた。その上でマスターの決断に寄り添った……」

(総ては私を守るためだった)

 マシューの異常な高性能ぶりにようやく納得がいった。
 その根底にはトミオの全ての“技術”と“知識”、“想い”までもがカタチになったのだから。
 代わりに与えられた470年もの永い時間と世界樹(クレスコル)の管理者の任期。
 トミオにとってみればこれらは贖罪だ。

「守護者とて俺と同じだ。だから俺は守護者を否定できない……」

 “世界の守護者”がAIドールたちのシステムを管理する存在だからこそ可能だった。
 これがトミオ・ケイ・イサキという人間の真実。
 “世界樹の管理者・TM(トム)”として今なおアゼリアに在り続けている理由だ。
 
 ユイは涙を浮かべながら聞いていた。
 なにも言葉が出てこなかった。

「……ユイは全ての生命が死を迎えたとき、その魂はどこへ向かうと思う?」

 カザム教では世界樹(クレスコル)の“葉”に宿ると言われている。 
 その根元の泉は宇宙の“海”と繋がっている。
 “葉”に宿った魂が泉に落ちる時、新たな生命がその“海”で誕生する。
 そうして人は転生を繰り返すのだそうだ。

「俺はこの世に実在しているようで実在しない存在……四葉のクローバーになったんだ」 

 それは“誰かのしあわせを叶える存在”。

 ユイは、トミオの罪も自分が背負えると思っていた。
 そんなものはユイの思い上がりでしかなかった。
 
「想うのは罪じゃないんだ。想った結果を望んでしまうから罪になってしまう」

 トムの言葉にユイはその目を大きく見開く。
 目の前で微笑むのはもう祖父ではない。
 世界樹の管理者・TM(トム)だ。

「誰でも人は罪を抱えて生きる。その罪にどれだけ他人を巻き込むかで、罪の深さが決まるんだ」

 その微笑みは、何かを気付かせ導くもの。
 婚姻式でユイが最後に見たミカゲ・カイ・マガミの微笑みと重なって見えた。