08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 ユイはゆっくりとその目を開く。
 意識が途切れたかと思ったけど、それは一瞬。
 同じだけれど別の自分が再構成されたかのような感覚。
 扉は“境界”なのかもしれない。

 ただ、ユイにはその場所には確かな既視感があった。
 仮想空間アザリウムの、アゼレウス社のショールームでみた光景に近い。
 ルシー・フェルド・ブルーの美しい青空。
 自然な明るさの陽光。偽物に近い気がするけど、あたたかい。
 本物とみまごうまかりの光。
 その光を受けてゆらめき輝く清流は宝石そのものの美しさだ。

 見渡す限りにシロツメクサが揺れる聖域の中央、
 世界樹(クレスコル)は純白の枝葉を広げ、穏やかな天光を吸い込む。
 枝垂れる枝に咲く白い花は生命の祝福そのもの。
 その荘厳な佇まいは、アゼリアの守護者・シュゼルトの姿を現しているような気がした。
 さらにその根元を抱く鏡の様な池の水面が、何かとの境界線の様にもみえた。

 これは、Mathewと皆既月食を見た時にユイが見たヴィジョンに近かった。
 しかし……目の前に広がる光景は、言葉を失うほど圧倒的な存在感に溢れていた。

「これは……?」
「ここが世界樹(クレスコル)……だヨウ」

 サンが教えてくれる世界樹は。
 この世界――アゼリアの核、“すべての情報が集う場所”と言われている。
 カザム教においては、世界の守護者の“御元”とも言われていた。
 穏やかな風が右から流れて来る。ユイの髪が一瞬だけ視界を奪う。

「Mathew!」

 池の側にMathewが座っていた。
 その周りにはひな鳥たちが群がっている。
 銀髪の上には、一匹の黄色の小さなひな鳥がしっかりと陣取っていた。

「ユイ」

 Mathewの驚いたような声が聞こえた。
 その隣に頭の上にひな鳥を乗せ、眼鏡を掛けた茶髪の男性が座っている。

(彼が――トム?)

 その姿にユイは懐かしさを感じた。
 初対面のはずなのに、この感覚が何故なのかわからない。
 トムはユイを見つめ、穏やかに微笑み、手招きする。
 その仕草が、記憶の中のある人物と重なる。

(……まさか……)

 いや、しかしそんなはずはない。
 “彼”は既に3年も前に目の前で息を引き取った。
 同じくしてサツキも共に。

 それでも――。
 少し色素の薄い黒い瞳。
 目尻の笑い皺。
 照れ隠しに少し肩をすくませる癖。

「大人になったね、ユイ」

 その声。――トムは。間違いない。
 目の前の彼は。

「……おじいちゃん!」

 ユイの眼から涙が伝った。
 トムに向かって走り出す。

 いつだったかリエからアルバムを見せて貰ったことがある。

『ね、イケメンでしょ?』
『うん。RARUTOのトミーにそっくり!』

 嬉しそうに二人で話したある日の想い出が蘇る。
 トミオ・ケイ・イサキ。
 まさにその人だった。

 トムは、頭からひな鳥を降ろしてゆっくりと立ち上がる。
 ユイはトムに抱き着いた。
 トムは驚きながらも、泣きじゃくるユイを抱きしめ、片手でその頭を撫でた。
 大きなタコのあるあたたかい手。
 ユイが知るその手は確かにトミオのものだ。

 その様子をMathewとサンが見守る。
 ユイの嗚咽と、水音だけがその空間に響いた。