08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 風が出てきたため、俺とユイは船室に入った。
 そこで俺はツーと呼ばれる不思議なAIドールから再度電力の供給を受けている。
 この小さい体に、俺の2倍の電力が蓄積されている。
 先ほど相当な量の電力供給をしたくせに、もうその半分が回復している。
 俺よりもはるかに上位のAIドールだ。

 機械の小さな腕。
 それが1.5メートルほども伸びる。
 そしてこの見た目。無駄が何処にもない。
 人とAIドールの境界線をちゃんと引いたうえで、適切な距離を保っている。

 俺に出来ないことを軽々とやってみせるのは、上位互換だからだろうか。

「ゆいゆい終わったよう」

 ツーはまたユイの頭の上に乗る。
 ユイもそれを受け入れている。
 FOSなどどうでもいいような態度だが、ツーと呼ばれる存在は。
 あえてユイの視界に必要以上に入らないようにして振舞っている。 

「ありがとう、ツー」

 ユイは嬉しそうに答えた。
 これはミカゲが引く境界線の取り方とよく似ている。
 だからこそユイもその境界線を受け入れ、彼女もまた引き直すことが出来る。

 ――どうして、モヤモヤとするのだろう。
 
 言語化出来ない。理解できない。判別がつかない。
 それでも、抑えることが出来ない。
 
 ユイは俺が座るソファーに距離を開けて座った。対人距離45㎝。でも頭にはツーを載せている。
 テーブルをはさんで、見かけたことのない装いで。
 でも妙にしっくりくる装い。少なくとも俺の見立てではない。

「トムさんは何が好きなんだろう?」
「えっと~、焼き鳥だよう」

 俺はツーを見た。
 思わず見てしまった。

「ツーは焼いても美味しくないよう……」 

 ユイの頭の上で震えて見せる。
 そのやりとりにユイが笑う。

「もうMathewったら。ツーが鳥に見えるのは分かるけど、ツーの丸焼き……」
「……ゆいゆいまでひどいよう。ぷぷぷ」

 なんだ、この疎外感。
 俺は少し頭を冷やそうかと思って立ち上がる。

「Mathewが逃げるよう」
 
 その言葉には確かに”棘”があった。
 逃げるなと言っている。何から逃げようとしているのか分かっているのか。

 その時船長のギーヴが扉をノックした上で入室する。
 
「嬢ちゃん、これ和酒な」

 青い陶器の瓶に入った酒を、ギーブはユイに渡す。
 “レッドドラゴン”

 中を分析すると、どうやら赤い液体のようだ。 
 アルコール度数が異様に高い。ユイには飲ませられない部類だ。

「ありがとう、預かります」

 和やかな雰囲気だ。俺は退室するタイミングも失い、またソファーに座る。
 ユイの頭にいるツーの視線が痛い。
 分析されているのがわかる。どう回避しようとしても上位互換の存在には隠せない。
 丸裸にされている気分だ――。

「思うんだが、なんつか、わけえな……んで、恐ろしくピュアだな」

 誰のことを言っているのかギーヴの視線でユイも理解した。

「Mathewは私の“希望”(ルシー・フェルド・ブルー)ですから」

 ユイは困ったような、悲しいような表情でそう答えた。
 ”私の”という言葉が何故か深く刺さった。
 FOS的にはギリギリの表現だ。それでいて俺を庇っている。

「正直さ、嬢ちゃんを助けるために海にダイブしたんだろ? ……”漢”じゃねえか」
「うん。“彼”がいるから私が私で居られるの」

 ユイが俺を、俺の目を見つめる。
 そして直ぐに視線を落とす。視界に入れないように。

「それは”愛”だよう。世界で一番綺麗な”深愛”だよう」

 ツーがユイの頭の上から飛び立つ。
 役目を終えたように、ギーヴの頭の上に位置する。

「ツー、おまえな。……浮気が過ぎんだろ」
「ヤキモチは嫌いだよう。ぷぷぷ」

 そう言ってギーヴとツーは部屋を出ていった。
 到着まであと9分ほどだという。
 
 先ほどツーが言った言葉が、俺とルシー・フェルドの中で響いていた。
 
『ジョウオウ ノ インシ……』

 俺の中にサツキはもういない。
 サツキが持っていたデータだけが俺に継承されただけだ。

『オレハ ユイ ノ ジョウオウノインシ ニ ヒカレテイル ト オモッテ イタ……』

 ユイは海を見ている。
 俺を見ない。それはユイが引いた境界線。

「ユイ」

 名前を呼ぶとユイが俺を見る。
 その瞳が俺に重なる。

「ありがとう――」

 それ以上は告げられなかった。

「ううん。ありがとうと言ってくれて、ありがとう」

 ユイはそう言って微笑んだ。
 優しい光だった。

 ルシー・フェルドと”俺”はもう別々の意識でいる必要が無くなった。
 統合して一つになることで、”彼”として”Mathew”になるべきだと。

 俺たちはそれでよかった。