08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 この船は“ルクセンティール”号とよばれていた。
 ユイが居るのはこの船の食堂。

 ギーヴと呼ばれる日焼けした、筋肉隆々の中年男性と食事をとっている。
 頭の上にツーを載せたまま。
 ギーヴはこのルクセンティール号の船長なんだという。
 本来この船は漁獲目的で使用していながら、この海域に流れ着く人やモノを回収する役目を担う。
 
 所属リージョンは無いらしいが、アハド家と懇意にしているとのこと。
 アハド家とは、アゼリアの名家の一つ。
 医療のカイドウ、思想のマガミ、力のグライゼル、そして、司法のアハドだ。

「アハドの爺様には世話になってるからな、頭上がんねえんだ」

 食事の時、ギーヴはそう笑って答えた。
 この船には25名ほどのクルーが居る。
 しかし食堂にはユイとツーとギーヴしかいない。
 Mathewは現在別室で応急処置を行っているという。

 それにしてもこのフランクさ。
 ユイが本名を告げたとしても恐らく同じ対応だろう。

「そこで嬢ちゃんに提案があるんだけどよ、聞いてくれるかい?」
「はい」

 少し申し訳なさそうに、ギーヴは告げる。

「一応俺ら漁を生業にしてんのよ。けど肝心の漁がまだ終わってねーの」
「あら……」

「嬢ちゃんたちを連れまわすわけにもいかねーし。技術者がいる島に送り届けっから、そこで何とかしてもらってもいいか?」

 その提案はユイにとって願ってもないことだ。
 Mathewを海水に漬けてしまった。恐らく修理も難しいかもしれない。
 祖父トミオが生きていたらまだ希望はあったかもしれないが。

 ギーヴによると、アゼリアの海は”アーリア海”、“ゼルス海”、“リーシャ海”の3つの大海がある。
 その3つの海流が複雑に入り混じる海域があるという。そんな場所に、小さな島がある。
 それはどのリージョンにも属さず、世界の“司法”を司る”アハド家”が極秘に管理する島だ。
 
「誰が付けたかわかんねぇが、そこは“神の島”って呼ばれてんだ」 
 
 ――“神の島”(クレスコア)

 ツーがユイを見つめた。

「ゆいゆい、よく聞いてね。その島に滞在できるのって、今日を含めて三日間だけなんだよう」
「どうして?」
「“ゼルス海”が、引き潮の時だけ現れる島だからだよう。いつもは海に沈んでるんだよう」
「……そんな海に沈む島に、どうして技術者が住んでいるの?」

 ギーヴが詳しく説明してくれた。
 このクレスコアは、島全体が古代遺跡であること。
 カザム教でいうところの聖地……“世界の守護者”が住む“世界の端”に該当すると。

「その技術者はトムって言うんだが、その守護者に雇われてんだとよ」

 技術者トムは、古代遺跡の管理を任されているのだろうか。
 ギーヴが説明を始めだすと、ツーはユイの頭の上で寝たふりをする。
 何かを誤魔化しているようにも見えた。
 
「トムは修理魔なんだよう。なんでも直せるから乞うご期待だよう……ぐぅ」

 クレスコアの“世界の守護者”が、流れ着いた“外部の人間”の滞在時間を72時間と定めた。
 この時間内であれば島に上陸しても良いという。

「ま~、そういうわけでよ。3日後には迎えに行くんで安心してくれ」
 
 ゼルス海に沈む、“神の島”(クレスコア)
 謎に包まれたこの島に住む技術者・トム。
 
(私は結局、世界の守護者に引き寄せられてる……) 

 まるで最初からそうなる運命だったように。
 それでもMathewを修理したい。
 そのためなら“神の島”(クレスコア)が危険でも行くしかない。

  
「わかりました」

 ユイがそう決意した一方で、ツーとギーブはクッキーの取り合いをしている。
 女性クルーが差し入れた大きなナッツ入りのクッキーを、ギーヴがつまみ食いしたからだ。
 
「これはゆいゆいのだよう。ギーヴは煙草でも吸ってろだよう」
「ぁんだ? 甘いモンの一枚くらいイイだろうが。……うめえなコレ」 

 ツーとギーヴのやり取りが面白い。
 信頼関係で成り立っているのがわかる。
 少なくとも私とMathewのようなガチガチ感はない。 
 ユイはふたりに”AI存在距離規定”(FOS)の理想形を見たような気がした。
 くすくすとユイが笑うと、ギーヴも豪快に笑う。
 
「そんじゃツー、トムに連絡してくれ。好物の和酒も持っていくってな」
「らじゃり、だよう~」
 
 頭の上のツーが元気よく答える。
 うん、かわいい。

「修理技師さんて、トムさんて言うんですか? 和酒が好きなんて珍しいですね」

 今時、清酒を和酒と呼ぶのも珍しい。
 そもそもリージョンN出身の若者は和酒とは言わない。
 祖父トミオの時代なら言ったかもしれないが……。
 考えに耽るユイを見て、ギーヴは、

「ま~。……あんま、チマチマしたことはどうでもよくね?」

 頭を搔きながら彼はそう告げる。
 この大雑把さ。少なくともユイやMathewにはない。
 どちらかと言うとトオル寄りの、気遣いに溢れた対応の一環だ。

「トムは水ばっか欲しがるからよ、良かったら嬢ちゃん、料理でもしてやってくれよ」
「ふふ。分かりました、頑張ってみます」

 今後の流れが決まった為、船は島へと進み始めた。
 ユイはツーを頭に乗せたまま甲板にでる。
 赤く染まり始めた空、うっすらと見え始めた月。

 先客がいた。
 揺れる甲板に立つのは、応急処置を終えたMathew。
 銀色の髪が風になびく。それは揺らぐ旗のようにも見えた。
 その背中が大きく見える。

「Mathew」

 ユイが名前を呼ぶと、Mathewは無表情のまま振り返った。
 白いYシャツに、護衛のスラックスズボン。
 黒いネクタイはしていなかった。
 ユイを見てMathewの視線が少し柔らかくなる。

「ゆいゆい、彼はなんていう名前だよう?」

 甘いムードを敢えて切り離すように、ツーはユイに声を掛けた。
 
「Mathewだよう」
「またツーの真似してるよう。ゆいゆい染まりやすいよう……」

 ユイとMathewとツー。
 その面白い構図を、ギーヴはニヤニヤしてみていた。