この船は“ルクセンティール”号とよばれていた。
ユイが居るのはこの船の食堂。
ギーヴと呼ばれる日焼けした、筋肉隆々の中年男性と食事をとっている。
頭の上にツーを載せたまま。
ギーヴはこのルクセンティール号の船長なんだという。
本来この船は漁獲目的で使用していながら、この海域に流れ着く人やモノを回収する役目を担う。
所属リージョンは無いらしいが、アハド家と懇意にしているとのこと。
アハド家とは、アゼリアの名家の一つ。
医療のカイドウ、思想のマガミ、力のグライゼル、そして、司法のアハドだ。
「アハドの爺様には世話になってるからな、頭上がんねえんだ」
食事の時、ギーヴはそう笑って答えた。
この船には25名ほどのクルーが居る。
しかし食堂にはユイとツーとギーヴしかいない。
Mathewは現在別室で応急処置を行っているという。
それにしてもこのフランクさ。
ユイが本名を告げたとしても恐らく同じ対応だろう。
「そこで嬢ちゃんに提案があるんだけどよ、聞いてくれるかい?」
「はい」
少し申し訳なさそうに、ギーヴは告げる。
「一応俺ら漁を生業にしてんのよ。けど肝心の漁がまだ終わってねーの」
「あら……」
「嬢ちゃんたちを連れまわすわけにもいかねーし。技術者がいる島に送り届けっから、そこで何とかしてもらってもいいか?」
その提案はユイにとって願ってもないことだ。
Mathewを海水に漬けてしまった。恐らく修理も難しいかもしれない。
祖父トミオが生きていたらまだ希望はあったかもしれないが。
ギーヴによると、アゼリアの海は”アーリア海”、“ゼルス海”、“リーシャ海”の3つの大海がある。
その3つの海流が複雑に入り混じる海域があるという。そんな場所に、小さな島がある。
それはどのリージョンにも属さず、世界の“司法”を司る”アハド家”が極秘に管理する島だ。
「誰が付けたかわかんねぇが、そこは“神の島”って呼ばれてんだ」
――“神の島”。
ツーがユイを見つめた。
「ゆいゆい、よく聞いてね。その島に滞在できるのって、今日を含めて三日間だけなんだよう」
「どうして?」
「“ゼルス海”が、引き潮の時だけ現れる島だからだよう。いつもは海に沈んでるんだよう」
「……そんな海に沈む島に、どうして技術者が住んでいるの?」
ギーヴが詳しく説明してくれた。
このクレスコアは、島全体が古代遺跡であること。
カザム教でいうところの聖地……“世界の守護者”が住む“世界の端”に該当すると。
「その技術者はトムって言うんだが、その守護者に雇われてんだとよ」
技術者トムは、古代遺跡の管理を任されているのだろうか。
ギーヴが説明を始めだすと、ツーはユイの頭の上で寝たふりをする。
何かを誤魔化しているようにも見えた。
「トムは修理魔なんだよう。なんでも直せるから乞うご期待だよう……ぐぅ」
クレスコアの“世界の守護者”が、流れ着いた“外部の人間”の滞在時間を72時間と定めた。
この時間内であれば島に上陸しても良いという。
「ま~、そういうわけでよ。3日後には迎えに行くんで安心してくれ」
ゼルス海に沈む、“神の島”。
謎に包まれたこの島に住む技術者・トム。
(私は結局、世界の守護者に引き寄せられてる……)
まるで最初からそうなる運命だったように。
それでもMathewを修理したい。
そのためなら“神の島”が危険でも行くしかない。
「わかりました」
ユイがそう決意した一方で、ツーとギーブはクッキーの取り合いをしている。
女性クルーが差し入れた大きなナッツ入りのクッキーを、ギーヴがつまみ食いしたからだ。
「これはゆいゆいのだよう。ギーヴは煙草でも吸ってろだよう」
「ぁんだ? 甘いモンの一枚くらいイイだろうが。……うめえなコレ」
ツーとギーヴのやり取りが面白い。
信頼関係で成り立っているのがわかる。
少なくとも私とMathewのようなガチガチ感はない。
ユイはふたりに”AI存在距離規定”の理想形を見たような気がした。
くすくすとユイが笑うと、ギーヴも豪快に笑う。
「そんじゃツー、トムに連絡してくれ。好物の和酒も持っていくってな」
「らじゃり、だよう~」
頭の上のツーが元気よく答える。
うん、かわいい。
「修理技師さんて、トムさんて言うんですか? 和酒が好きなんて珍しいですね」
今時、清酒を和酒と呼ぶのも珍しい。
そもそもリージョンN出身の若者は和酒とは言わない。
祖父トミオの時代なら言ったかもしれないが……。
考えに耽るユイを見て、ギーヴは、
「ま~。……あんま、チマチマしたことはどうでもよくね?」
頭を搔きながら彼はそう告げる。
この大雑把さ。少なくともユイやMathewにはない。
どちらかと言うとトオル寄りの、気遣いに溢れた対応の一環だ。
「トムは水ばっか欲しがるからよ、良かったら嬢ちゃん、料理でもしてやってくれよ」
「ふふ。分かりました、頑張ってみます」
今後の流れが決まった為、船は島へと進み始めた。
ユイはツーを頭に乗せたまま甲板にでる。
赤く染まり始めた空、うっすらと見え始めた月。
先客がいた。
揺れる甲板に立つのは、応急処置を終えたMathew。
銀色の髪が風になびく。それは揺らぐ旗のようにも見えた。
その背中が大きく見える。
「Mathew」
ユイが名前を呼ぶと、Mathewは無表情のまま振り返った。
白いYシャツに、護衛のスラックスズボン。
黒いネクタイはしていなかった。
ユイを見てMathewの視線が少し柔らかくなる。
「ゆいゆい、彼はなんていう名前だよう?」
甘いムードを敢えて切り離すように、ツーはユイに声を掛けた。
「Mathewだよう」
「またツーの真似してるよう。ゆいゆい染まりやすいよう……」
ユイとMathewとツー。
その面白い構図を、ギーヴはニヤニヤしてみていた。
ユイが居るのはこの船の食堂。
ギーヴと呼ばれる日焼けした、筋肉隆々の中年男性と食事をとっている。
頭の上にツーを載せたまま。
ギーヴはこのルクセンティール号の船長なんだという。
本来この船は漁獲目的で使用していながら、この海域に流れ着く人やモノを回収する役目を担う。
所属リージョンは無いらしいが、アハド家と懇意にしているとのこと。
アハド家とは、アゼリアの名家の一つ。
医療のカイドウ、思想のマガミ、力のグライゼル、そして、司法のアハドだ。
「アハドの爺様には世話になってるからな、頭上がんねえんだ」
食事の時、ギーヴはそう笑って答えた。
この船には25名ほどのクルーが居る。
しかし食堂にはユイとツーとギーヴしかいない。
Mathewは現在別室で応急処置を行っているという。
それにしてもこのフランクさ。
ユイが本名を告げたとしても恐らく同じ対応だろう。
「そこで嬢ちゃんに提案があるんだけどよ、聞いてくれるかい?」
「はい」
少し申し訳なさそうに、ギーヴは告げる。
「一応俺ら漁を生業にしてんのよ。けど肝心の漁がまだ終わってねーの」
「あら……」
「嬢ちゃんたちを連れまわすわけにもいかねーし。技術者がいる島に送り届けっから、そこで何とかしてもらってもいいか?」
その提案はユイにとって願ってもないことだ。
Mathewを海水に漬けてしまった。恐らく修理も難しいかもしれない。
祖父トミオが生きていたらまだ希望はあったかもしれないが。
ギーヴによると、アゼリアの海は”アーリア海”、“ゼルス海”、“リーシャ海”の3つの大海がある。
その3つの海流が複雑に入り混じる海域があるという。そんな場所に、小さな島がある。
それはどのリージョンにも属さず、世界の“司法”を司る”アハド家”が極秘に管理する島だ。
「誰が付けたかわかんねぇが、そこは“神の島”って呼ばれてんだ」
――“神の島”。
ツーがユイを見つめた。
「ゆいゆい、よく聞いてね。その島に滞在できるのって、今日を含めて三日間だけなんだよう」
「どうして?」
「“ゼルス海”が、引き潮の時だけ現れる島だからだよう。いつもは海に沈んでるんだよう」
「……そんな海に沈む島に、どうして技術者が住んでいるの?」
ギーヴが詳しく説明してくれた。
このクレスコアは、島全体が古代遺跡であること。
カザム教でいうところの聖地……“世界の守護者”が住む“世界の端”に該当すると。
「その技術者はトムって言うんだが、その守護者に雇われてんだとよ」
技術者トムは、古代遺跡の管理を任されているのだろうか。
ギーヴが説明を始めだすと、ツーはユイの頭の上で寝たふりをする。
何かを誤魔化しているようにも見えた。
「トムは修理魔なんだよう。なんでも直せるから乞うご期待だよう……ぐぅ」
クレスコアの“世界の守護者”が、流れ着いた“外部の人間”の滞在時間を72時間と定めた。
この時間内であれば島に上陸しても良いという。
「ま~、そういうわけでよ。3日後には迎えに行くんで安心してくれ」
ゼルス海に沈む、“神の島”。
謎に包まれたこの島に住む技術者・トム。
(私は結局、世界の守護者に引き寄せられてる……)
まるで最初からそうなる運命だったように。
それでもMathewを修理したい。
そのためなら“神の島”が危険でも行くしかない。
「わかりました」
ユイがそう決意した一方で、ツーとギーブはクッキーの取り合いをしている。
女性クルーが差し入れた大きなナッツ入りのクッキーを、ギーヴがつまみ食いしたからだ。
「これはゆいゆいのだよう。ギーヴは煙草でも吸ってろだよう」
「ぁんだ? 甘いモンの一枚くらいイイだろうが。……うめえなコレ」
ツーとギーヴのやり取りが面白い。
信頼関係で成り立っているのがわかる。
少なくとも私とMathewのようなガチガチ感はない。
ユイはふたりに”AI存在距離規定”の理想形を見たような気がした。
くすくすとユイが笑うと、ギーヴも豪快に笑う。
「そんじゃツー、トムに連絡してくれ。好物の和酒も持っていくってな」
「らじゃり、だよう~」
頭の上のツーが元気よく答える。
うん、かわいい。
「修理技師さんて、トムさんて言うんですか? 和酒が好きなんて珍しいですね」
今時、清酒を和酒と呼ぶのも珍しい。
そもそもリージョンN出身の若者は和酒とは言わない。
祖父トミオの時代なら言ったかもしれないが……。
考えに耽るユイを見て、ギーヴは、
「ま~。……あんま、チマチマしたことはどうでもよくね?」
頭を搔きながら彼はそう告げる。
この大雑把さ。少なくともユイやMathewにはない。
どちらかと言うとトオル寄りの、気遣いに溢れた対応の一環だ。
「トムは水ばっか欲しがるからよ、良かったら嬢ちゃん、料理でもしてやってくれよ」
「ふふ。分かりました、頑張ってみます」
今後の流れが決まった為、船は島へと進み始めた。
ユイはツーを頭に乗せたまま甲板にでる。
赤く染まり始めた空、うっすらと見え始めた月。
先客がいた。
揺れる甲板に立つのは、応急処置を終えたMathew。
銀色の髪が風になびく。それは揺らぐ旗のようにも見えた。
その背中が大きく見える。
「Mathew」
ユイが名前を呼ぶと、Mathewは無表情のまま振り返った。
白いYシャツに、護衛のスラックスズボン。
黒いネクタイはしていなかった。
ユイを見てMathewの視線が少し柔らかくなる。
「ゆいゆい、彼はなんていう名前だよう?」
甘いムードを敢えて切り離すように、ツーはユイに声を掛けた。
「Mathewだよう」
「またツーの真似してるよう。ゆいゆい染まりやすいよう……」
ユイとMathewとツー。
その面白い構図を、ギーヴはニヤニヤしてみていた。
