08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 ユイが目を覚ましたとき、布団の上に小型の何かがちょこんと乗っていた。
 
「ぐもにん~! だよう」

 その声は、幼く性別の判断が付かない。
 直径15センチほどの球体のボディは白く、見た感じモフモフな綿毛だ。
 ボディとフェイスは合体し、黒豆状のカメラアイが二つ並ぶ。
 鼻はなく「w」を伸ばした口元。
 機械的な蝙蝠羽根がぱたぱたと音を立てる。

 間違いなくAIドールだ。
 恐ろしくかわいく、愛らしい。しかし驚異的な性能を持つ……小悪魔?
 
 小型のAIドールは、ユイの動きを予測して、パッと飛び立つ。
 宙に浮くモフモフ球体から、機械構造が露出した手足がぴょこんと生えた。

 その動きは本物の鳥のようにも思えた。
 そしてAIドールはユイの眼を見て、照れて見せた。

「かわいい……」
「当然だよう。ツーは可愛いヨウだよう」

 即答。そのアピールも可愛い。
 ツボをダイレクトに刺してくる辺り確信犯。まるでミカゲ……。

 そう思ったとき、ユイはミカゲを思い出す。
 彼は、皆は、レイラは。無事なんだろうか?
 いやいや、Mathewは。

「Mathew!」

 ユイは勢いよくベッドを飛び出し、船室を出た。
 廊下にある窓の奥に見えるのは水平線だ。
 船内は少し肌寒い。
 改めて自分の恰好を見ると、薄手のシャツしか着ていない。
 ユイは軽く悲鳴を上げる。
 ぱたぱたと飛びながら追いかけて来るAIドールが、

「彼なら無事だよう。それよりお洋服着るといいよう」

 ツーの手にはカジュアルな装いの女性服。
 動きやすくて、保温性に優れたものだ。

「あ、ありがとう。……あなたは?」
「ツー、だよう。……あなたは?」

 ユイの言葉を学習して反復してくる。
 首を傾げた子供の様な反応……。
 ユイは成長したユーリを想像し、ツーに重ねて微笑む。

「ツー、私はユイ。ユイと呼んで?」
「ゆい、ゆいー。おなかすいてるよう?」

 問いかけと同じタイミングでお腹の音が聞こえる。
 ユイの顔が赤くなる。

「わかったよう、ごはんごはん、だよう」

 ツーはぱたぱたとはばたき、どこかへ飛んでいった。
 ユイは船室へ戻り、着替える。

 ライトベージュのロングタイトスカート。
 フードの付いた青いパーカー。
 黒のインナーTシャツ。
 黒のソックスと、黒のスニーカー。

「なんか、私の好みを正確に反映させてるコーデ、だ……」
 
 靴とソックスはジャストサイズなのに、服は既製品なのかゆとりがあった。
 タイトスカートだけはウエストが少しきつめだ。

「これはマズい。ダイエットしなきゃ……」

 記憶が少しずつクリアになる。
 Mathewとヘリで逃げて、海へ飛び込んで―― 

 首にふれると下げた鎖がない。
 ということはヒロトのファミリー・リングは。

「そうだった、諦めたんだ――」

 自分のために、Mathewのために。
 私はヒロトを諦めた。

「ごめん、ヒロト。ごめんね……」

 最初から私はヒロトを選んでいなかった。
 ヒロトを選んだつもりでいた。
 “彼”を失わないようにするために、私の因果の中に巻き込んでしまった。

 そうか。
 だから私はあの時、答えられなかった。
 神の幻影が見えたからでも、神の声で愛を歌われたからでもない。
 もしそのまま「はい」と答えていたら。

 それはきっと――。

「ゆいゆい、ギーヴがメシできたって言ってるよう」
「あ、うん」

「むむむ~。雨降りだよう? お腹空きすぎたよう?」

 ぱたぱたと目の前で心配そうに見つめるツー。
 可愛い。最強に可愛い……。

「目にゴミが入っただけだよう」
「ゆいゆい、ツーの真似はダメだよう。ぷぷぷ」  
   
 ツーはユイの頭の上にちょんと乗る。
 気に入ったのか、ツーは暫くそこを定位置としたのだった。