08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 Mathewとユイは狭いヘリの座席に収まる。
 自分だけ安全に逃げることを心の中で悔やんだ。
 しかし何度考えても、生き残らなければならない。
 球骨腫の子供たちの未来のために。

 Mathewは何も言わない。……余裕がないのかもしれない。
 派手な音を立てて空を駆けるヘリは、海上すれすれを不安定に進む。
 
(このヘリはどこへ向かっているのだろう?)
 
 ユーリが待つリージョンNか。ミカゲの本邸があるリージョンFか。
 そのどちらも違う気がしていた。
 ヘリは何かに引き寄せられるように、ある一定の方角に進んでいる。
 その先にあるものは、世界の果てなのかもしれない。

 リージョンSを飛び立って30分が経過した頃、Mathewが告げた。

「漁船に救難信号を出した。まもなく合流できるが……ユイ、今すぐ海に飛び込んでくれ」
「え」

 ユイの右側にあるドアのロックが外れる。
 戸惑うユイ。追い打ちを掛けるようにMathewは言葉を続けた。

「このヘリは細工されているようだ。……もう時間がない」
「Mathewは……あなたはどうするの?」
「俺も飛び込む。そのドレスでは泳げないだろう」

 迷っている暇はない。
 今すぐに飛び込まなければ、Mathewを守れない。
 Mathewの姿を振り返る暇もなくユイは、海へ飛び込んだ。
 背後で、ヘリが勢いよく爆破する。

「Mathew!」
 
 その爆風に煽られて、ユイは暗い海へ沈む。
 海は思ったほど冷たくは無かった。
 まるで時間が止まっているかのような不思議な感覚。
 沈みながら管理者・SZの、あの言葉を思い出していた。
 
『守護者は30年に一度、海門を開く。その際、アゼリア中を包み込む世界規模の大雨が降る』

 守護者とは“神シュゼルト”のことを指すと、ユイはようやく理解した。
 どうして管理者・SZの見た目がヒロトに似ていたのか。
 もう答えは出ていた。

『その雨に君の因子を流し込め。ただしその代償については誰もわからん』

 あの言葉は、世界の守護者・シュゼルトの意思だった。
 それなら私はこの海に私の因子を流したい。
 けれどどうやって流せばいいのか方法を聞くべきだったと、ユイは思った。

 沈むスピードが緩やかになった。
 誰かに支えられているような気さえする。

 Mathewの身体が気がかりだった。
 機械が海水に浸かればどうなるか、想像するまでもない。

 首からヒロトのファミリー・リングが飛び出す。
 
『ずっと君のそばにいると誓う』

 その声が海の中で耳に届く。 
 あの時はこの言葉にどれほど安心できたか分からなかった。
 でも今は、聞くたびに苦しくなってくる。
 そこにあるのはただただ純粋な想いだけなのに――。

(マシュー……) 
 
 それは呼べない名前。
 でもずっとずっと大切だと思い続けた名前。

(私はマシューを……)

 その続きはもう心の中でさえも言えない。
 何度否定しても何度でも沸き起こってくる。

 ……苦しい。