ユイとミカゲの婚姻式が開催される。
タクマに導かれて、聖堂の中央に引かれた赤い絨毯のバージンロードを歩く。
ユイの視線の先には、黒のフロックコートを纏ったミカゲ。
静かに微笑みながらユイを待っている。
しかしその目は――。
(ミカゲ……?)
会場には大勢の参列客がいた。
メディアのカメラマンも多数いるだろうか。
ミカゲの奥、中央には白い法衣を纏った司祭が立つ。
司祭から離れた左側に「RARUTO」メンバーと合唱団アルゼリス。
ユイの入場と共にレミの美しいソプラノが聖堂に響く。
その旋律に寄り添うのは合唱団アルゼリスによるバックコーラス。
「RARUTO」のトミーが奏でるピアノ伴奏が、ルークの優雅な指揮が、それらを導く。
すべてこの瞬間のために用意された”推し”による祝福の演出。
その“奇跡”に胸が高鳴る。
やがてタクマが離れる。
ユイはミカゲに託された。
当然のように微笑むユイとミカゲ。
しかし、その目は赤紫色ではなく……。
(青紫色――。どうして、今……?)
ミカゲの瞳の変化。
それは、あの夜同様『裏』のマガミ家当主が“同調していることを示す。
同時に右手に僅かな疼きを感じた。
(ミシルシが……)
ユイはゆっくりと小さく息を吐いた。
歩調をそろえて歩き進む。
カザム教の神・シュゼルトを象徴する像と司祭が待つ祭壇へと。
ユイとミカゲが祭壇に到着したタイミング。
ラウルが歌い始めたその瞬間。
ユイは思わず息をのんだ。
壇上の演台。
白布の上の金のロウソク立て。
水晶の花瓶に彩られた白と青の花束。
インクの小瓶に施された細かいレリーフにいたるまで、全ての彩度がぐっと引き上げられて目に届く。まさに、祭壇が光に包まれたかのような感覚。
ラウルの声が響いた瞬間、それは人の喉から生まれた音とは思えなかった。
ずっと聴いてきた推しの声であるはずなのに、これまでとは全然違う。
その違和感よりも、ユイの心を捕らえたのは。
――目の前にラウルがいるという事実だった。
(さすが推し……)
式に集中しようと思えば思うほど、ラウルの声が、その歌詞が心を掴んで離さない。
前にもこんなことがあった。
音楽フェスのステージで歌うヒロトの声を、全身全霊で受けていたあの日――。
あの時もレミはデュエットを歌っていた。
そのレミの声が美しく花ひらく。
今、寄り添うのはラウルの声だ。
決してレミより前に出ることがなく、それでいて、自然にレミを高みへ連れていく。
二つの声はまるで”糸”のように紡がれ、のぼる。
その様子は未来、ミカゲとユイがそうなることを祝福するかのようだった。
ユイの足が祭壇に届くというとき。
指揮を行うルークはその手の動きを緩やかにし、そして閉じる。
入場曲を担っていたレミの旋律もトミーのピアノも静寂にとける。
司祭の祝詞が響き始めた後。
ラウルの声が静かに空気を伝う。
伴奏はない。支える声もない。
その調べはただ、会場の隅々に染み渡る。
ユイは司祭の祝詞を受ける中、ラウルが紡ぐ甘く囁くその響きだけを追いかけていた。
注がれるラウルの視線。
かつての推しが自身だけを視界に収めているという事実。
しかしその眼差しにあるのは、澄み切った「敬意」だ。
新郎と向かい合う。
紡がれる歌詞は、まさに新郎の想い。
なんて純粋で……誠実なのだろう。
幾重にもなった想いの束がユイを包み、そして流れ込む。
想いと重なるもう一つの誓いが。
ワンフレーズ終わった時。
ユイは、フッと正面の人物に吸い寄せられる。
今、ユイの目に映るのは。
『当主』と『裏の当主』。
ふたりはひとりの”新郎”としてユイの正面にいた。
―*―
「ミカゲ・カイ・マガミ。汝はユイ・リア・カイドウを妻とし、神シュゼルトの御名において彼女に永遠の愛を誓いますか?」
数秒置いて、ミカゲは答える。
「はい」
その声は、本来のミカゲの声とは違っていた。
次の瞬間、ユイは確信する。
これは、世界の守護者の声だ。
ミカゲは“同調”を使っている。
ではたった今、永遠の愛を誓ったのは――?
疑念を抱いた瞬間、ユイは信じられない幻視を見る。
目の前にいるミカゲにヒロトがゆっくりと重なった。
青を含んだ、紫色の目。それはヒロトの目。
司祭はユイに同じ問いを投げかけた。
求められる誓いの言葉が、逃れられない現実として迫る。
向けられる紫の眼差しの奥から、もっと大きく、もっと古い何かが。
ミカゲの想いを借りて語り掛けて来る。
永遠の愛を誓うこのタイミングに。
そしてユイは先ほどの違和感の正体にようやく気が付く。
ラウルは“世界の守護者”の声で歌っていた。
何もかも投げ捨てて、自分の元に来い、と誘うように。
(この婚姻式は、最初からミカゲとのものではなかった……)
ミカゲを”器”としただけの、世界の守護者との婚姻式だ。
巧妙に仕掛けられた舞台。ミカゲが紡ぎ出す嘘の愛。
それらはすべて、ユイがこれから放つ「はい」という答えのためにある。
いや、ユイに「はい」と言わせるためのものだ。
実際この場面での正解は、「はい」だ。
そう。何も考えずただ一言、新郎の言葉を繰り返せばいい。
しかし、喉の奥から漏れるのは、細く苦しい空気だけ。
この場で、ユイはわかってしまった。
いま「はい」とその言葉を発してしまえば、自身を構成している決定的な何かが崩壊してしまう、と。
ユイの頬を涙がつたう。
宙を泳いだ視線をMathewが捉えた。
その目は激しい激情に揺れていた。
Mathewがそんな“怒り”を見せたのは初めてのことだ。
『女王、ユイ・リア・カイドウ!』
正面の大扉の向こうから、若い女性の声が聞こえた。
次の瞬間、鈍く重たい爆音。
扉の隙間から、爆風が聖堂へ流れ込んだ。
扉の向こうにはカイドウ家の護衛達がいる。
低い轟音が聞こえる。
なんらかの異常を感じ取った参列客がざわめく。
不安、疑念、焦燥。そして不信感。
それらが不協和音のように、誓いを行わないユイに突き刺さる。
司祭は落ち着いた声でもう一度ユイに向けて問いを繰り返す。
震える唇で、ユイが答えようとしたとき。
背後で激しい爆音が聞こえた――。
ミカゲの冷たい手が、ユイを抱きかかえた。
その心臓の音だけは本物だった。
タクマに導かれて、聖堂の中央に引かれた赤い絨毯のバージンロードを歩く。
ユイの視線の先には、黒のフロックコートを纏ったミカゲ。
静かに微笑みながらユイを待っている。
しかしその目は――。
(ミカゲ……?)
会場には大勢の参列客がいた。
メディアのカメラマンも多数いるだろうか。
ミカゲの奥、中央には白い法衣を纏った司祭が立つ。
司祭から離れた左側に「RARUTO」メンバーと合唱団アルゼリス。
ユイの入場と共にレミの美しいソプラノが聖堂に響く。
その旋律に寄り添うのは合唱団アルゼリスによるバックコーラス。
「RARUTO」のトミーが奏でるピアノ伴奏が、ルークの優雅な指揮が、それらを導く。
すべてこの瞬間のために用意された”推し”による祝福の演出。
その“奇跡”に胸が高鳴る。
やがてタクマが離れる。
ユイはミカゲに託された。
当然のように微笑むユイとミカゲ。
しかし、その目は赤紫色ではなく……。
(青紫色――。どうして、今……?)
ミカゲの瞳の変化。
それは、あの夜同様『裏』のマガミ家当主が“同調していることを示す。
同時に右手に僅かな疼きを感じた。
(ミシルシが……)
ユイはゆっくりと小さく息を吐いた。
歩調をそろえて歩き進む。
カザム教の神・シュゼルトを象徴する像と司祭が待つ祭壇へと。
ユイとミカゲが祭壇に到着したタイミング。
ラウルが歌い始めたその瞬間。
ユイは思わず息をのんだ。
壇上の演台。
白布の上の金のロウソク立て。
水晶の花瓶に彩られた白と青の花束。
インクの小瓶に施された細かいレリーフにいたるまで、全ての彩度がぐっと引き上げられて目に届く。まさに、祭壇が光に包まれたかのような感覚。
ラウルの声が響いた瞬間、それは人の喉から生まれた音とは思えなかった。
ずっと聴いてきた推しの声であるはずなのに、これまでとは全然違う。
その違和感よりも、ユイの心を捕らえたのは。
――目の前にラウルがいるという事実だった。
(さすが推し……)
式に集中しようと思えば思うほど、ラウルの声が、その歌詞が心を掴んで離さない。
前にもこんなことがあった。
音楽フェスのステージで歌うヒロトの声を、全身全霊で受けていたあの日――。
あの時もレミはデュエットを歌っていた。
そのレミの声が美しく花ひらく。
今、寄り添うのはラウルの声だ。
決してレミより前に出ることがなく、それでいて、自然にレミを高みへ連れていく。
二つの声はまるで”糸”のように紡がれ、のぼる。
その様子は未来、ミカゲとユイがそうなることを祝福するかのようだった。
ユイの足が祭壇に届くというとき。
指揮を行うルークはその手の動きを緩やかにし、そして閉じる。
入場曲を担っていたレミの旋律もトミーのピアノも静寂にとける。
司祭の祝詞が響き始めた後。
ラウルの声が静かに空気を伝う。
伴奏はない。支える声もない。
その調べはただ、会場の隅々に染み渡る。
ユイは司祭の祝詞を受ける中、ラウルが紡ぐ甘く囁くその響きだけを追いかけていた。
注がれるラウルの視線。
かつての推しが自身だけを視界に収めているという事実。
しかしその眼差しにあるのは、澄み切った「敬意」だ。
新郎と向かい合う。
紡がれる歌詞は、まさに新郎の想い。
なんて純粋で……誠実なのだろう。
幾重にもなった想いの束がユイを包み、そして流れ込む。
想いと重なるもう一つの誓いが。
ワンフレーズ終わった時。
ユイは、フッと正面の人物に吸い寄せられる。
今、ユイの目に映るのは。
『当主』と『裏の当主』。
ふたりはひとりの”新郎”としてユイの正面にいた。
―*―
「ミカゲ・カイ・マガミ。汝はユイ・リア・カイドウを妻とし、神シュゼルトの御名において彼女に永遠の愛を誓いますか?」
数秒置いて、ミカゲは答える。
「はい」
その声は、本来のミカゲの声とは違っていた。
次の瞬間、ユイは確信する。
これは、世界の守護者の声だ。
ミカゲは“同調”を使っている。
ではたった今、永遠の愛を誓ったのは――?
疑念を抱いた瞬間、ユイは信じられない幻視を見る。
目の前にいるミカゲにヒロトがゆっくりと重なった。
青を含んだ、紫色の目。それはヒロトの目。
司祭はユイに同じ問いを投げかけた。
求められる誓いの言葉が、逃れられない現実として迫る。
向けられる紫の眼差しの奥から、もっと大きく、もっと古い何かが。
ミカゲの想いを借りて語り掛けて来る。
永遠の愛を誓うこのタイミングに。
そしてユイは先ほどの違和感の正体にようやく気が付く。
ラウルは“世界の守護者”の声で歌っていた。
何もかも投げ捨てて、自分の元に来い、と誘うように。
(この婚姻式は、最初からミカゲとのものではなかった……)
ミカゲを”器”としただけの、世界の守護者との婚姻式だ。
巧妙に仕掛けられた舞台。ミカゲが紡ぎ出す嘘の愛。
それらはすべて、ユイがこれから放つ「はい」という答えのためにある。
いや、ユイに「はい」と言わせるためのものだ。
実際この場面での正解は、「はい」だ。
そう。何も考えずただ一言、新郎の言葉を繰り返せばいい。
しかし、喉の奥から漏れるのは、細く苦しい空気だけ。
この場で、ユイはわかってしまった。
いま「はい」とその言葉を発してしまえば、自身を構成している決定的な何かが崩壊してしまう、と。
ユイの頬を涙がつたう。
宙を泳いだ視線をMathewが捉えた。
その目は激しい激情に揺れていた。
Mathewがそんな“怒り”を見せたのは初めてのことだ。
『女王、ユイ・リア・カイドウ!』
正面の大扉の向こうから、若い女性の声が聞こえた。
次の瞬間、鈍く重たい爆音。
扉の隙間から、爆風が聖堂へ流れ込んだ。
扉の向こうにはカイドウ家の護衛達がいる。
低い轟音が聞こえる。
なんらかの異常を感じ取った参列客がざわめく。
不安、疑念、焦燥。そして不信感。
それらが不協和音のように、誓いを行わないユイに突き刺さる。
司祭は落ち着いた声でもう一度ユイに向けて問いを繰り返す。
震える唇で、ユイが答えようとしたとき。
背後で激しい爆音が聞こえた――。
ミカゲの冷たい手が、ユイを抱きかかえた。
その心臓の音だけは本物だった。
