08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

 アゼリアにはアーリア海というひときわ大きな海がある。
 リージョンSには、そんな海に浮かぶ人工の島がある。
 この島は観光地であり、リゾート地として開発された人工島。
 かつて“神の島”を発見し巨額の資産を得た男が建設した、“夢の島”でもある。
 さらに便利なことは、カイドウ家のリージョンNと、マガミ家のリージョンF。
 その中間に位置するのだ。
  
 ミカゲが婚姻式の会場として、この場所を提案してきたとき。
 ユイは密かに心臓が高鳴った。
 かつての推しだった”RARUTO”のラウルが、婚姻式を行った場所なのだ。
 卒業したはずの“推し”がチラつく当たり、ユイは諦めが悪いと思わざるを得ない。
 そんな自分の素直な反応に苦笑しながら、表情だけは冷静さを取り繕った。

 ユイはユーリを連れて行こうかどうか迷った。
 万が一過激派組織(グライゼル)の襲撃があった場合を考え、
 本邸に留守番させることにした。
 そんなユイの考えに寄り添うように、アヤカは出席を断念した。
 ユーリを残して行くわけにいかないもの、と微笑むアヤカ。
 アヤカがカイドウ家本邸に残る。
 ユイにとってこれほど心強いことはなかった。
 
 タクマと一緒にユイはリージョンSへ向かう。
 護衛のMathew、ミオン、セキジ。なぜかフジナミも一緒だ。
 カイドウ家のジェット機内はなかなかに騒がしい。
 そんな中でMathewはフジナミから小型ヘリの操縦の説明を受けていた。
 それはいざという時のための“保険”だという。

 セキジは端末を開き、淡々と報告を読み上げた。
 グレン・ハン・グラゼル。
 彼は表向きはアゼレウス社の社長秘書。
 その正体は、グライゼルの指導者。
 グラゼル家は、リージョンRに拠点を持つ、”力”を司る名家だ。

 およそ10年前。
 カイドウ家は当時の当主カルド・ロン・グラゼルを訴え、裁いた。
 世論を味方につけたカイドウ家は、グラゼル家の敵ではなかった。
 残る2家は中立を保ったまま、判決が出るまでは沈黙を続けた。
 
 裁判の直後から、世界で“球骨腫”が流行し始めた。
 発症はリージョンRだったという。
 偶然なのだろうか? それにしては出来すぎている。
 
 やがてグラゼル家は逃げるように、リージョンRから北部のリージョンKに移る。
 リージョンKは、まだ開発が進んでいない未開の地。
 流刑地としてはもってこいだったのだ。
 
 グレンはそのリージョンKで、勢力を拡大させていった。
 守護者を守る、”技術力”という力を買われた者だった。
 先代の社長の頃から社長秘書として活躍していた。
 実際アゼレウス社の製品の多くは、リージョンKで使用されることが多かった。

 AIドールのボディに使われるアウリ合金は、アウリ鉱石とティルタ鉱石が必須。
 リージョンKはどちらも豊富に産出できた。
 そのためグラゼル家とカイドウ家は良好な関係を維持してきたのだ。表面上は。
 
 しかし水面下では。
 グラゼル家はカイドウ家の秀でた”医療技術”を解析し、己が物として利用した。
 リージョンKにおいて、この”医療技術”は絶大な信頼を得る。
 そうしてグラゼル家は地盤を固めていたのだ。

 続いてユイはレイラ・リード・レゼルについての調査報告に目を通す。
 出身地はリージョンKとある。
 一番最初に戦場となったD市がレイラの本当の故郷だった。
 しかもこのD市には、戸籍上のレイラ・リード・レゼルの墓があるという。
 この墓には彼女の両親の遺体も眠っているそうだ。
 
「つまり私が知るレイラは、本来のレイラではなかったってこと……?」
「その可能性が高いです。実際グレンと頻繁に連絡を取り合っていた記録がありました」

 それはトオルの証言と一致する。
 ユイはレイラを思って、物憂げに窓を見つめた。

「ユイ……」

 護衛用の黒いスーツを着たMathewが声を掛ける。
 しかし途中で沈黙し、その言葉を止めてしまう。

「分かってる。……私を心配してくれているのよね?」

 ユイはMathewの目を逸らしながら問う。
 Mathewは真っ直ぐ正面を見つめながら、静かに頷いた。

「……大丈夫。たとえレイラと対峙しても、私は私の道を曲げない」

 女王としての信念がそう言わせていた。
 ここで揺らいでしまっては、何も守ることが出来ないと、ユイは思い直す。

「この名に懸けて俺はユイを守る。……それだけは忘れないでくれ」

 いつになく真摯な言葉。
 その低い声がユイの心の琴線を揺らす。
 かつてヒロトの歌声がユイの心を揺らしたように、今度はMathewが。

「Mathew……」

 もう二度とあなたを失いたくない。 
 だからそんな熱を言葉に含ませないで。
 そう言いたかった。
 でも言えない。……言葉にしてはいけない。
 
「はいはい。不穏な話は今は横に置いておきますよ! これからユイ様を世界一美しい女王様にするんですからね!」
「そうだな。皆、ユイを頼んだぞ」
「はい!」

 タクマの言葉にミオンや衣装担当のメイド達が一斉に返事をする。
 待ちに待った役目を嬉しそうに語るタクマ。
 ミカゲが待つ会場へ、ユイをエスコートする役目をタクマに任せたのだ。
 ユイにはもう怖いおじ様ではなく、随分年の離れた父親のように見える。

「ありがとう。皆に支えられて今の私があります。……幸せになりますね」

 ユイは一同に頭を下げた。温かい拍手に包まれる。

 これは半分本当で、半分嘘だ。
 ミカゲは悪い人ではない。
 しかし何度考えても彼との間に愛が生まれることはない気がした。
 だけど目の前のこの幸せを守りたい。 
 そのために私は、ミカゲと共に歩かなければならない。

 そう思いながら、ユイはリージョンSの地に足を付ける。
 ヒールの音が、彼女には未来へのカウントダウンに聞こえた。