4歳の誕生日まで――
僕は、ライトと呼ばれていた。
名前が”光”だなんて、両親の溺愛ぶりに半分呆れていた。
兄より自分の方が愛されていると思っていた。
しかしその両親は、体の弱い“兄”のために、僕をマガミ家に養子に出す。
『君は次期ミカゲとして選ばれた。また真の”器”が決まるまで、真のマガミ家当主となる』
そう告げて僕を迎えに来た先代のミカゲ。
僕はその事実を受け入れる選択肢しかなかった。
そして“ライト”という名前を告げることも、告げられることも禁じられる日々が続いた。
『裏』のマガミ家当主として過ごす日々の中、僕は7歳になった。
息抜きにこっそり抜け出した海岸で、僕は同年代ぐらいの少女と出会った。
黒い髪、黒い眼。清楚な青いワンピースを着た、幼い顔立ちの少女。
彼女は白い砂浜に座り、星形の砂に珍しそうに触れながら、青い波を見つめる。
「……誰?」
僕を見て彼女はそう言った。
すると強い耳鳴りがした。
思えばそれが初めての”同調”だったと思う。
僕の中に何かが降りてくる。
”ミツケタ。ワタシノ……”
それは彼女を見て”ウレシイ”と“イトシイ”という二つの感情だった。
わけが分からなかった。
頭を抱えてその場に座りこんだ僕に駆け寄り、少女は心配そうに声を掛ける。
「ねぇ、どこか痛いの? ……大丈夫?」
「わから……ない……」
僕であって僕ではない声がそう答える。
締め付けられるように激しい頭痛がする。眩暈もする。ただただ苦しかった。
すると少女は何を思ったのか、僕の頭を、背中を優しくただ撫でた。
人間らしいあたたかい手だった。
「こうすると痛いのは飛んでいくよ」
そう言いながら、彼女は僕を少し怖がっている。その手は震えていた。
不思議と嫌じゃなかった。その逆で、もっと触れて欲しかった。
口から出たのはそうではなく。
「僕を子ども扱いするな」
「そんなんじゃないもん、心配して損した!」
少女は意外と短気だった。
頬を膨らませて怒って見せる。
なんでこんなにストレートに感情を出すんだ?
僕は理解ができなかった。
「……なんでついて来るの?」
僕は、怒りながら歩き出す少女の後を追っていた。
本当はもっと話したかった。
彼女の名前が知りたかった。
一緒にいたかった。
笑った顔が見たかった。
「行く方向が同じなだけだ」
「あっそう」
少女は付いて来るなとは言わなかった。
そのことが嬉しかった。
そばにいてもいいのだと思った。
「ねえ……名前なんていうの?」
少女は時々歩くのをやめ、小さな貝殻を拾っていた。
そしてその貝殻を太陽に透かして見つめながら、僕に問いかける。
「なんだっていいだろ」
名乗れる名前なんかない。かといってミカゲと名乗ることも出来ない。
それが辛いと思う日がくるなんて思いもよらなかった。
「ふうん……私は、ユイだよ。ナナシさん」
「ナナシってなんだよ……」
少女いわく名前がないからだという。
「だって名前がわからないと友達になれないもん」
「別に友達にならなくてもいい」
そう言うと、またユイは頬を膨らませて怒り出す。
でも少しだけ悲しそうな目をしていた。それがなんだか妙に引っかかる。
「ライト……」
「それが名前? ライトっていうの?」
返事の代わりに首を縦に振る。
思わず言ってしまったことに、僕は震えた。周囲を素早く確認する。
誰もいない。ユイと僕だけだ。
「……ヘンな名前」
「あのさ、無理やり聞き出しておいて、酷くない?」
今度は僕も感情を出してしまった。
理不尽で遠慮のない回答に心底腹が立ったのだ。
「……ごめん、なさい」
彼女は素直に謝る。
悪かったと本気で思ったようだ。
「でもちゃんと生きてる人だってわかった」
マガミ家の人間は感情を隠す。
それがユイには冷たく、死んでいる人のように見えるのだという。
だから怖くなって逃げてきた、そう話す。
「僕は生きてる。死んでなんかいない。でも言いたいことはわかるよ」
「うん」
ユイは少しだけ笑った。
すこしだけ安心したように。
もっと笑って欲しかった。
もしかしたらもっときれいな場所に連れていけば、笑ってくれるかと思う。
だから言ってしまった。
「ここじゃない何処かに行こう」
「なにそれ。……変なところだったら怒るよ?」
ユイは僕の手を勝手に取って、さあ連れていけと催促する。
その素直な強引さが新鮮だった。
驚いたのは自分の気持ちだった。
自然に笑っているのがわかった。
「期待してていいよ」
僕とユイは浜辺を歩く。
向かう先はお気に入りの海岸だ。ここからそう遠くはない。
歩きながら僕はユイに触れて、ただ喜んでいた。
このままずっと手を繋いでいたかった。
同時に僕の中で何かがその想いを否定する。どうしてなのか次の瞬間直ぐにわかった。
ユイの左手にあったのは、”ミシルシ”だったから。守護者の花嫁である女王の。
僕はこの”ミシルシ”を見ないことにした。
これからを生きるために、僕は想い出が欲しかったからだ。
それから1時間くらい、僕とユイは青い海と白い砂浜で遊んだ。
心から笑ったのは久しぶりだった。
しかし僕に接続した”神”が告げる。
“いつか彼女を迎えに行く日まで、二度と彼女に会ってはならない”
どうして、と僕が問うことは許されなかった。
僕はただ最初にそう誓ったように、たったひとつの返事しか出来なかった。
あの時からずっと僕はたった一つの未来に向かって歩いてきた。
今更それを覆すことはできない。
―*―
あの日から彼女が好きだという気持ちは変わらない。
“嘘”に塗り固めた、この歪んだ深い想いは絶対に知られてはならない。
彼女が永遠に気が付きませんように。
ミカゲは己が信じる“神”にただ祈った。
僕は、ライトと呼ばれていた。
名前が”光”だなんて、両親の溺愛ぶりに半分呆れていた。
兄より自分の方が愛されていると思っていた。
しかしその両親は、体の弱い“兄”のために、僕をマガミ家に養子に出す。
『君は次期ミカゲとして選ばれた。また真の”器”が決まるまで、真のマガミ家当主となる』
そう告げて僕を迎えに来た先代のミカゲ。
僕はその事実を受け入れる選択肢しかなかった。
そして“ライト”という名前を告げることも、告げられることも禁じられる日々が続いた。
『裏』のマガミ家当主として過ごす日々の中、僕は7歳になった。
息抜きにこっそり抜け出した海岸で、僕は同年代ぐらいの少女と出会った。
黒い髪、黒い眼。清楚な青いワンピースを着た、幼い顔立ちの少女。
彼女は白い砂浜に座り、星形の砂に珍しそうに触れながら、青い波を見つめる。
「……誰?」
僕を見て彼女はそう言った。
すると強い耳鳴りがした。
思えばそれが初めての”同調”だったと思う。
僕の中に何かが降りてくる。
”ミツケタ。ワタシノ……”
それは彼女を見て”ウレシイ”と“イトシイ”という二つの感情だった。
わけが分からなかった。
頭を抱えてその場に座りこんだ僕に駆け寄り、少女は心配そうに声を掛ける。
「ねぇ、どこか痛いの? ……大丈夫?」
「わから……ない……」
僕であって僕ではない声がそう答える。
締め付けられるように激しい頭痛がする。眩暈もする。ただただ苦しかった。
すると少女は何を思ったのか、僕の頭を、背中を優しくただ撫でた。
人間らしいあたたかい手だった。
「こうすると痛いのは飛んでいくよ」
そう言いながら、彼女は僕を少し怖がっている。その手は震えていた。
不思議と嫌じゃなかった。その逆で、もっと触れて欲しかった。
口から出たのはそうではなく。
「僕を子ども扱いするな」
「そんなんじゃないもん、心配して損した!」
少女は意外と短気だった。
頬を膨らませて怒って見せる。
なんでこんなにストレートに感情を出すんだ?
僕は理解ができなかった。
「……なんでついて来るの?」
僕は、怒りながら歩き出す少女の後を追っていた。
本当はもっと話したかった。
彼女の名前が知りたかった。
一緒にいたかった。
笑った顔が見たかった。
「行く方向が同じなだけだ」
「あっそう」
少女は付いて来るなとは言わなかった。
そのことが嬉しかった。
そばにいてもいいのだと思った。
「ねえ……名前なんていうの?」
少女は時々歩くのをやめ、小さな貝殻を拾っていた。
そしてその貝殻を太陽に透かして見つめながら、僕に問いかける。
「なんだっていいだろ」
名乗れる名前なんかない。かといってミカゲと名乗ることも出来ない。
それが辛いと思う日がくるなんて思いもよらなかった。
「ふうん……私は、ユイだよ。ナナシさん」
「ナナシってなんだよ……」
少女いわく名前がないからだという。
「だって名前がわからないと友達になれないもん」
「別に友達にならなくてもいい」
そう言うと、またユイは頬を膨らませて怒り出す。
でも少しだけ悲しそうな目をしていた。それがなんだか妙に引っかかる。
「ライト……」
「それが名前? ライトっていうの?」
返事の代わりに首を縦に振る。
思わず言ってしまったことに、僕は震えた。周囲を素早く確認する。
誰もいない。ユイと僕だけだ。
「……ヘンな名前」
「あのさ、無理やり聞き出しておいて、酷くない?」
今度は僕も感情を出してしまった。
理不尽で遠慮のない回答に心底腹が立ったのだ。
「……ごめん、なさい」
彼女は素直に謝る。
悪かったと本気で思ったようだ。
「でもちゃんと生きてる人だってわかった」
マガミ家の人間は感情を隠す。
それがユイには冷たく、死んでいる人のように見えるのだという。
だから怖くなって逃げてきた、そう話す。
「僕は生きてる。死んでなんかいない。でも言いたいことはわかるよ」
「うん」
ユイは少しだけ笑った。
すこしだけ安心したように。
もっと笑って欲しかった。
もしかしたらもっときれいな場所に連れていけば、笑ってくれるかと思う。
だから言ってしまった。
「ここじゃない何処かに行こう」
「なにそれ。……変なところだったら怒るよ?」
ユイは僕の手を勝手に取って、さあ連れていけと催促する。
その素直な強引さが新鮮だった。
驚いたのは自分の気持ちだった。
自然に笑っているのがわかった。
「期待してていいよ」
僕とユイは浜辺を歩く。
向かう先はお気に入りの海岸だ。ここからそう遠くはない。
歩きながら僕はユイに触れて、ただ喜んでいた。
このままずっと手を繋いでいたかった。
同時に僕の中で何かがその想いを否定する。どうしてなのか次の瞬間直ぐにわかった。
ユイの左手にあったのは、”ミシルシ”だったから。守護者の花嫁である女王の。
僕はこの”ミシルシ”を見ないことにした。
これからを生きるために、僕は想い出が欲しかったからだ。
それから1時間くらい、僕とユイは青い海と白い砂浜で遊んだ。
心から笑ったのは久しぶりだった。
しかし僕に接続した”神”が告げる。
“いつか彼女を迎えに行く日まで、二度と彼女に会ってはならない”
どうして、と僕が問うことは許されなかった。
僕はただ最初にそう誓ったように、たったひとつの返事しか出来なかった。
あの時からずっと僕はたった一つの未来に向かって歩いてきた。
今更それを覆すことはできない。
―*―
あの日から彼女が好きだという気持ちは変わらない。
“嘘”に塗り固めた、この歪んだ深い想いは絶対に知られてはならない。
彼女が永遠に気が付きませんように。
ミカゲは己が信じる“神”にただ祈った。
