距離ゼロ男子と変装女子


そのまま、少しだけ顔が近付く。

私は動けない。

「…熊川さん、本当に知らない?」

息が、止まる。

「ピンクのウィッグ」

机の上で、穂積くんの指がひとつ折りたたまれる。

「帽子」

またひとつ。

「メガネ」

「…っ、」

私はつい、その指を両手で握りしめた。
バレて——

穂積くんが、嬉しそうに私を見た。

「なん…いつ、から、」

絞り出した言葉は、うまく繋がらない。


「初めて聴いたときから」


声が、出ない。
穂積くんは黒板に視線を外し、小さな声で続けた。

「あの時から」


教室の喧騒が、遠くに聞こえる。


「……俺、好きなんだよね」


その言葉が、どこを向いているのか。

分からないまま——

チャイムが鳴った。


私は、その横顔を見つめるしかない。

言葉にしたら、終わってしまう気がして。