欲は簡単に増えた。
『足が細くなりたい』『もっとモテたい』
書くたびに世界は優しくなった。
彼は名前を呼び、友達は私の話を聞く。
でもその代わりに、「私だったはずの記憶」が他人事になっていった。
前の顔。前の声。前の笑い方。
思い出そうとすると、頭が痛くなった。
ふと気づく。
紙は、いつも五枚のまま。
減らない。
——私だけが、減っている気がした。
最後の一枚を前に手が震えた。
それでも、私は書いた。
『この幸せがずっと続きますように』
翌朝。
教室に私の席はなかった。
誰も私の名前を呼ばない。
名簿にも、出席番号にも、空白があるだけ。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
机の引き出しには、五枚の白い紙。
そのうち一枚に、薄く文字が浮かんでいた。
『次は、あなたのノゾミ、あげます』
鏡の前で、女の子が微笑んでいる。
私の顔で、私の声で。
でも、その目は私を見ていない。
——ああ。願った瞬間から、私は「欲しかった私」になってしまったんだ。
鏡の中の笑顔が、私の名前を、完璧に使いこなしている。



