メイクは盛ってナンボっしょ~元・地味令嬢はメイクとギャルマインドで覚醒する~



鏡を見ていた。
正確には、鏡の中の“誰か”と目が合って――ほんの少しだけ、息をのんだ。

「……あーもう、こんな顔じゃ全然ダメ」

まつ毛は控えめ。
眉は形を軽く整えただけ。
唇はほんのり桜色。

つまり、“社交界的に正しい”お顔ってやつ。

でもさ?

「メイクって盛ってナンボっしょ?」

――その瞬間、胸の奥で何かがバチンと弾けた。
……思い出しちゃったんよね、前世の記憶を。

制服の襟を片手で直しながら、カラコン越しにアホみたいに盛った自分を見て、「今日のビジュ、バチイケじゃ〜ん♡」って笑ってたあの頃の私。

そう、私――前世ではギャルだった。


ガッツリ黒ライン、盛りに盛った束感まつ毛、唇はうるつや青みピンク。

細眉全盛期から海外アイドル風つよつよメイクまで、流行りに命かけて追いかけてた。

それが私の日常で、戦場で、自己主張で、そして──自信の源だった。

でも、今の私は伯爵令嬢で、しかも保守的な社交界を生きているわけで。
盛り盛りメイクなんて「奔放」「野蛮」「躾がなってない」の三拍子。
これまではそれで納得してた。
だってこの世界には、ギャルもバズりもないんだし。

……でも、記憶が戻っちゃったんだよね。
そうなったらもう耐えられない。

──マジ、無理。

無理無理無理。


だってさ、チークひとつ、リップひとつで、どんだけ気分上がると思ってんの?

チークはさ、「今日ちょっといい感じじゃん」って、自信の火をつけてくれるし、リップはひと塗りで「私が主役」ってスイッチ入れてくれる。

だからそれを抑圧するとか、マジでありえないっつーの!

「顔を盛りたい……!」



小声で漏らしたその言葉に、鏡の中の私がちょっとだけ笑って見えた。

──てか、私、前世でコスメ開発やってたじゃん。
私、知ってる。
肌に優しい成分、色出しのコツ、リップの艶感は油分の比率で決まるってこと。

この世界にもメイク道具があるんだし作れないわけじゃない。
需要がないからだれもやってこなかっただけ。
チークの色、いろいろ試してみたいし、リップもマットからツヤまで揃えたい。

いいじゃん、やってやろうよ。


試験が終われば、学園はしばらく長期休みに入る。
教師の目も、寮長の先輩の小言も、いったん距離を置ける貴重な期間。

つまり、自由。
やるなら、今。
私の中のギャル魂に、今、火が付いた。





その日から、私は研究を始めた。
──バレないように、こっそりと。

学校の離れにある古い温室。
生徒の誰も寄りつかないその場所は、ちょうど良い秘密基地だった。
ガラス張りで光がたっぷり入るし、床は石畳で水仕事にも強い。

つまり──ラボに最適。


ってなわけで、まずはチークから。

蜜樹の脂と草の実から抽出したオイルを湯煎で溶かして、肌馴染みのいいベースをつくる。
分量は経験とノリ。
最初はみんなそう。

で、問題は色よ。
なんてったってここは貴族社会。
下手に高発色のチークつけたら「火照ってますの?」なーんて笑われる未来が見える。

だから、狙うは──自然に見えて、それでいて盛れる血色感。

さて、この要望を満たす顔料をどうやって手に入れるか。
とはいえ今の私は名家の令嬢。
ある程度のわがままなら聞き入れてもらえる。

ってことで、我が家の使用人と出入り商人、それから専属の仕立て屋にお願いして、染織用の素材をいくつか分けてもらった。
みんな一瞬「?」って顔してたけど、最終的には何も言わずに渡してくれた。
マジ感謝。

色々試した結果、選ばれたのはベニの実とハニビの花弁。
乾かして粉にして、酒精で抽出──その液体を蜜樹のベースに混ぜていく。
発色を見ながら少しずつ……ここがいちばん楽しいとこ。

それを薄くブラシに取って、頬にふんわりと──

「こ、これよ……!!」
思わず、声が漏れた。


じゅわっと滲む頬。
くすみがとんで顔が明るく見える絶妙なカラー。
自然な“ぽっ”じゃなくて、ちゃんと“盛れてる”血色感。

これぞ、コスメの力。
これぞ、文明の利器。

仕上げに、うっすらとハイライト用の蜜粉も纏って──

「……ちょ、めっちゃ垢抜けたんですけど!」
自分で自分に引くほど、テンションが上がった。


マジで輝いてる。
なんか今日の私の顔、前世のSNSアカウントでいいねの数が爆伸びした日ぐらい艶々で盛れてる。

ちなみに、これを発見した瞬間の私はちょっと泣いた。
嬉しくて。

私、大好きだったんだこういうの。

可愛くなろうとする時間とか、鏡の前で格闘する時間とか、「可愛い〜」って言ってもらえた時のあの高揚感とか。
全部好きだったんだ。

今までは、“令嬢らしく”って言葉に従って、必要最小限のオシャレだけで納得してた。

でも──
「妥協するの、やーめた」

私、マティア・フォン・ヴェルデは、好きな色を塗って、好きな自分になるって今日、今ここに決めた。





チークを完成させた私は、その後も着々とコスメの試作品を作り上げていった。
アイブロウにリップ、それからマスカラも――
どれも最高にかわいくて、最高に盛れる自信作。

コスメが完成する度、私の顔はどんどんメイクで華やかになっていった。
大半の人はそんな私を受け入れてくれたけれど、中には苦い顔をする人も少なからずいた。
私の婚約者、アルバートもその一人。


それは、朝からアイライナーの色味の試作品を作っていた日のことだった。

色味って結構奥が深い。
赤みを足せば色っぽく、グレーを混ぜれば抜け感が出るし。
「目元はキャンバス」とか言ったらイタいかもだけど、でもマジでそれくらい世界が変わるの。

……で、そんな私の努力の結晶を見て、彼が言ったのよ。
そのひとことが、コレ。

「最近の君は……少し、派手すぎるね。僕の隣に並ぶには、ちょっと――そぐわない、かな」

場所は学園の中庭。
バラのアーチの下で、日差しも優雅な貴族学校のお昼どき。
そんな絵画みたいなシチュエーションで、私の婚約者様はいつもの柔らかい笑みをたたえて地雷を踏み抜いてきた。

しかも、「僕はあの子の方が清楚な感じがして好きだな」だなんて追撃付きで。


「ほら、君が目立ちすぎると周りが変な誤解をするだろう?僕としては、もう少し控えめな方が安心なんだ」

ああ、なるほど。
私が自分より目立ち始めたのが気に入らないってことね。
アルバートにとって私は、隣に置いて自分を引き立てるための“飾り”だったわけだ。


──アルバート。
両親同士が仲良くて、物心つく前から婚約者という間柄。
いわゆる許嫁ってやつ。

いつもニコニコ……いやヘラヘラしていて八方美人で。
そのくせ、私が何を言っても「そうかい、でも僕はこう考えてる」で終わらせて、都合のいいときだけ優しくして――
これまでの私は、それでも彼のことが大好きだった。
彼は私のために言ってくれているんだって本気で思ってた。
「アルバートがそう言うなら」って全部聞き入れて……そこに私の意見なんてミリもなかった。
ほんとバカよね。

でも今は、違う。

この数ヶ月でようやく気づいた。
アイライン一本で世界は変わるし、リップひと塗りで「私って最高にかわいい」って思えるようになるって。
そんな魔法を、私自身が生み出してるって事実が、何よりの自信なの。

それを「派手」とか「そぐわない」とか全否定して……マジでありえないんだけど!?

おかげで踏ん切りがついた。
こっちは許嫁とかいう肩書きにしがみつく気なんかない。

てか、むしろ好都合。
私が何も言えないのをいいことに、アルバートが他の女の子に色目使いまくって遊び惚けてること知ってるからね?
例えば――今「清楚な感じがして好きだな」って言ったあのご令嬢とか。

……ありえないでしょ。
婚約者より浮気相手の方が見た目好みって本人を前にして言うか普通?
むしろ、そっちが恥ってやつっしょ。

あ〜〜〜〜、せっかくならこっちから振ってやりたいなぁ。
どうせなら盛大に、あの無神経っぷりを社交界中にお披露目してあげたい。
「かわいそうにねぇ、マティア嬢に捨てられたんだって」ってヒソヒソされる気分、味わわせてやりたくない??

よし、決めた。
婚約破棄、派手にかましてやるわ。
舞台はもちろん――





そして、ついにやってきた社交パーティーの夜。
煌びやかなシャンデリアの下、今年の主催は私の家。
つまり、今日の主役はもちろん──私、マティア・フォン・ヴェルデ。
そしてここは、私の祝宴の場であり、彼のための処刑台。


当然、準備は抜かりなく。
コスメ研究の集大成。
フルメイク、全顔仕上げ。
ドレスはメイクを引き立たせるために派手にしすぎず、でも私らしさを取り入れるためにキラキラカワイイを散りばめてもらった。

まつげはきっちりカールして、リップは自信と勝負の赤。
頬には血色感と透明感をいいとこどりできるチークを纏い、その上から照明の明るさと色までしっかり計算しつくしたハイライターをのせる。
鏡の前の自分を見て、思わず「今日の顔面大天才じゃん」ってつぶやいた。

大丈夫、いける。
そう自分に言い聞かせて皆が待つ大広間の扉に手をかける。
会場の扉が開いた瞬間、空気が変わったのがわかった。
あれよあれよと周囲の視線が集まり、さざ波のようなざわめきが広がる。

「……誰?」
「あの人……マティア嬢?」

さっきまで香水と虚栄にまみれてたご令嬢たちが、一斉に色を失っていく。
ごめんね、今は私が一番可愛いの。

そして、人の波の間から当然のように現れた婚約者――あ、今から元・婚約者になる人?
ま、どっちでもいいか。
彼はにこやかに、慣れた様子で私の手を取ろうとする。

「マティア、今日は一段と美しいね。さ、共にご挨拶を――」

ぴしゃり、と扇子でその手を払い、笑顔で言ってやった。

「私なんかじゃなくて、ご自分の“真に愛する女性”をエスコートして差し上げたら?私よりずっと貴方の隣にふさわしい“控えめ”な方のようですし」
「な、何のことだい?」
彼の顔が引きつる。
「何のこと、ですって?まだとぼけるつもりなのかしら?」



――ちょうどそのとき、会場の奥の扉が開いた。

現れたのは、彼が学園でコソコソ遊んでいた“真に愛する女性”こと、某男爵令嬢。

この場所にいるはずのない彼女の登場に、アルバートの顔から一気に血の気が引く。
さあ、最後の仕上げといきましょう。

「ど、どうして彼女がここに?」
「最近随分彼女と親しげなようでしたのでお呼びしましたのよ」
せっかくのパーティーですしご友人は多い方がいいでしょう?と笑うと、なんともぎこちない笑みが返ってきた。
「僕が彼女と親しげ?何かの間違いでは?」

「あら、そうですの?ではこちらは――」
私は舞台の幕引きを飾るように、ゆっくりと扇子を開いた。
そこに挟まれていたのは──手紙と、数枚の証拠写真。

昼間の学園裏庭、寄り添って歩く二人。
キス寸前の図。
愛を囁く手紙の写し。

「マ、マ、マ、マティア!!?こっ、これは一体??」
床に落ちたそれをはいつくばって必死に紙切れを拾い上げるアルバート。

──本気でバレてないとでも思ってたの?
残念ながら証拠は全て抑えさせてもらったわ。

コスメ研究中に偶然できた射影魔法の応用。
まさかこんな使い道があるなんて。
やっぱり、人生に無駄なものなんてひとつもないんだわ。

「私はアルバートのことを本当に愛していました。それなのにあなたは私を裏切って彼女と……ひどいわ」

周りの人に聞こえるようにわざとらしく大きな声で告げた。

両家の親たちがざわめき、母が持っていたグラスをカチャンと落とす音が響く。
父の顔がみるみる険しくなっていくのを、私はほくそ笑みながら見ていた。

「どういうことだ、アルバート!」
父の怒声に、彼は顔を青くして弁解を始めた。

「い、いや、これは誤解で――ただ彼女の相談に乗っていただけであって……ほら、マティアとは今もこうして一緒にいるし……っ」

私の腰に無理やり手をまわそうとするアルバートを無慈悲に払いのける。
「やめて下さる?私、とても傷ついていますのよ?」
弱弱しい声色で今にも泣きだしそうな演技も添えて。

残念だけど、もうあなたの言うこと聞くだけの気弱な私じゃないんで。

アルバートと浮気相手は、あっという間に彼のご両親に両腕をつかまれ、会場の隅へと連行されていった。
あ、そんなに肩つかんだらドレス崩れるよ。
……ま、カンケ―ないしいっか。

うなだれてすっかり元気がなくなった彼にすれ違いざまに、にっこりと笑って言ってあげた。


「良かったわね。これで“真に愛する女性”と一緒になれるわよ」

その瞬間の彼の顔。
ぐっ、と言葉を飲み込むようにして、何も返せなかった。

――ざまあないわね。


結局その日の夜のうちに、ヴェルデ家は正式な婚約破棄の書類を提出した。
彼の両親はその場で書類に署名し、何度も私に詫びた。

正直彼の両親に謝ってもらうことはないのだけど……まあ、彼の言動や愚行を長らく放置してたんだから当然っちゃ当然か。





パーティーの翌朝、鏡の前で寝癖と格闘しているとノックの音と共に父がやってきた。

「マティア、少し話せるか?」

ああ、この感じ怒られるやつだ。
確かに自分主催のパーティーに婚約破棄という劇薬をブチ込んだ娘だもん、そりゃまあ怒って当然――って、身構えてたんだけど。

「……お前は、メイクに精を出すようになってから、随分変わったな」

ん?

「前はどこか自分に自信がなかった。けれど、今のお前は違う。気高くて、美しい。あんな男にやるには、もったいないくらいだ」

そう言って、父は照れくさそうに笑った。

……あ、やば。
泣きそう。

いつも厳しくて、無口で、ちょっと堅物な人がそんな風に言ってくれるなんて思ってなかった。


昨夜のことを思い出して、ちょっと胸がきゅっとなる。
確かにスカッとはしたけど、うち主催のパーティーであんなド派手な修羅場を演出しちゃって――

「ごめんなさい、お父さま。あんなことに……」

「ふっ。ま、母さんはドン引きしてたがな」

私の謝罪を受け取ったのか受け流したのか、父は肩をすくめて笑った。





それからの私はというと、変わらず――いや、それまで以上にコスメづくりに熱を注いだ。

気づけば学園中に噂が広まって、
「マティア嬢、今度チークの入れ方教えてくださらない?」
「眉毛の整え方はどうすればよろしいのかしら?」
「マスカラってそんなに種類あるの!?」

……って、日々たくさんのご令嬢がラボに押しかけてきて今やちょっとした人気サロン状態。

そして今や、私の作ったコスメを使って、自分の“カワイイ”を楽しむ令嬢たちで学園はいっぱいになっていた。

これよ、これ!
私が本当にやりたかったこと。
前世での夢で、目指していた未来。
まさかこんな場所で叶うなんて、人生って予測不可能すぎっしょ。

――でも、だからこそ、おもしろいんだよね。

自分の「好き」を信じて、表現して、誰かに伝わる。
それだけで、世界はちょっとずつ明るくなる。


さて、一方の彼――アルバートはというと、実家から島流しという名の勘当にあって、今は辺境の不毛の地で一人しょんぼり生活中らしい。

それと、彼の“真に愛する女性”は、アルバートが一方的に好意を持っていただけ、という形に丸め込んだらしく、特に罰は受けなかったとか。
なんつー図太さ。
……まあ、さすがに学園には戻ってこなかったけど。




そんな中、父からとんでもないニュースが届いた。

隣領の“花園卿”から手紙が届いたらしく、なんでも卿の息子がどうしても私に会いたいらしい。
隣領――そう、草花の楽園。
コスメの原料の宝庫で、領主は“花園卿”の異名を持つ変わり者……いや、自然愛好家。
しかも、「うちの草花をぜひ使ってください」とまで申し出てくれたらしい。
ちょ、待って。
コスメ界の未来がまた一歩、動いた――ってやつ?

会食に向けて、最高に盛れるメイクを研究しなきゃ!




メイクの楽しさを思い出してからというもの、驚くほどに世界が変わった。
前はただの地味な令嬢。
あの日、鏡の前で「カワイイ自分」を思い出したあの瞬間から、自分の意志で好きを突き詰めて、道を切り拓いてる。



今日も鏡の前でアイライナーを引く。
ラインは真っ直ぐブレないように。
私の未来とおんなじ。


ほんと人生、メイクで盛れるっしょ?
自分の好きを諦めないって、サイコーにアガるんだから!