謁見の間に来るのは、記憶する限りでは2回目だわ。最初は、お父様とカインが一緒だったなあ……って、国王陛下の護衛のところに、カインがいた。
よく見れば、宰相閣下の後ろにはオリヴィエも控えている。その周りを、ふわふわと水色の小さな竜が飛んでいる──あ、召喚に成功したのね。よかったわね竜オタク。
「……リヒト。おまえを呼んだ覚えはないが」
国王陛下は、琥珀の瞳を眇めた。しかし、国王の威圧は、リヒト殿下には「また父上がややこしいことをおっしゃってる」程度に緩和される。
「エージュが、父上に御挨拶をと」
嬉しそうに、「エージュ」と呼ぶ。公的に披露目の済んでいない王女であっても、この場が公式でない以上、構わないと思っているらしい。そんなわけあるか。国王陛下と宰相閣下が揃って関わることが、国事行為以外の何だというのか。
「……宰相は、後で王太子を「教育」するように」
「御意」
嘆息しつつ命じた国王陛下に、宰相閣下は慎ましく答えた。──笑っちゃ駄目よ、アレクシア。あの日の醜態は忘れると決めたんだから。
醜態を晒したおっさん改め宰相閣下は、少し畏怖するように、ローランを見た。そして、跪く。
「神竜王。こちらがヴェルスブルク王国の国王にして──」
「名はいらぬ。私にとって、それはこの国の王以外の何物でもない」
余計な情報はいらないと、ローランは冷ややかに断じた。今は、私の手を離して一人で堂々と立っている。
「無礼な!」
そう叫んだ宰相閣下と対照的に、国王陛下は落ち着いていた。
「では、神竜王。余もまた王たる身ゆえ、あなたを陛下とは呼べぬ」
「無論。私も、そなたを陛下とは呼べない」
ローランは頷きを返した。王と、神竜王。どちらが上かという論争はいらないと、二人の陛下が合意した。
「神竜王に問おう。我が国を守って下されようか」
「アレクシアが、そう望んだ。アレクシアを守ることは、この国を守るということだ。神竜の王に二言はない」
そう言うと、薄い蒼に変じた瞳で私を見つめ、にこっと笑った。この不意打ちに、私の輝石が先制攻撃を仕掛けたらどうしようかと思うほど、可愛い。
「では、その降臨を、諸国に告げても構わぬか」
「好きにすればいい。私はただ、アレクシアを守るだけだ」
私の巻き毛をふわりと撫でて、ローランは穏やかな声で宣告した。
「だから、アレクシアを傷つける者は、この国の者であっても許さない」
「ローラン」
「アレクシアは、そなたの妃にはならない。させない」
言っちゃった。
エージュに教えられた可能性に、ローランはずっと憤りを感じていたのだろう。国王陛下の目から私を隠すように、前に立った。
「アレクシアは、私のものだから」
……悶絶しなかった自分を褒めてあげたい。エージュが、ふんわりした袖口で隠して、思いきり#抓__つね__#ってくれたおかげです。以心伝心、親友ってありがたい。
「神竜王を召喚した姫を、我が妃にか。確かに、魅力的な話ではあるが──神竜の王を敵にはできぬな」
「敵にしたいなら、そう言え。神竜の一族は、時空を操れる」
──そう、だ。
神竜はそれぞれ、地水風火に秀でているけど──すべてに共通していることは、「時間」を操れることだ。魔力の強さに比例するけれど、未来に跳んだり、過去に戻ったりできる。代々の神竜王は、そうやって、最強でありながら、同時に最も数の少ない種である一族を、滅亡から守ってきた。
これも、裏ルートで明かされた情報なのに、私はまた忘れていた。
「アレクシアを傷つける未来は壊す」
毅然として言い放った後、ローランは私の様子を窺った。
「……ちゃんと、傷つけない未来を選ぶ努力はする」
「ありがとう」
人見知りで、人間嫌いで、だけど優しい、私の神竜王。あなたに関する重大なことすら忘れていた私は、自分に何が起こっているのかわからなくて、不安になる。
「……それでは、神竜王は、アレクシア姫を傷つけぬ限りは、我が国を守るか」
「くどい」
確かめようとした宰相閣下に言質は与えず、ローランは言い捨てた。……人見知りというより、人嫌いが表に出てるなあ……。
「ならば……まことに無礼ではあるが、神竜王であることを証し立てていただきたい」
「そこに、竜がいる。それに訊けばいい」
オリヴィエの肩で休んでいた小さな竜が、ぱっと人型に転じた。小さな竜だから子供だと思いきや、おっさんどころかおじいさんだった。
「陛下……!」
竜だった老人が跪く。上位の神竜、しかもその王相手なんだから、当然の反応だ。
「ドージェ。間違いなく、神竜王陛下か?」
オリヴィエの確認に、ドージェと呼ばれた老人ははっきり答えた。
「我は、竜。神竜の王たる御方を誤ることなどない」
「証が欲しいなら、炎か冷気を選べ。この部屋を満たしてやる」
「駄目よ、ローラン。それでは、皆様のお命が危ないでしょう」
「アレクシアと、王の姫は守る」
「……それでも、駄目よ」
私の言葉に、ローランはしゅんと項垂れた。
「では、どうすればいい? 竜の言葉だけでは足りぬと、王と宰相は言っている」
言葉にはしていないけれど、もっと確たる証が欲しいと思っているのはわかる。
「神竜王陛下。王たる御方。故に、バハムートの名を許された御方。わたくしまで、守って下さるの?」
「王の姫は、アレクシアの友。ならば、守ろう。我が名に懸けて──」
ローランの言葉が終わる前に、輪郭が溶ける。目を灼く閃光が走った。
「露台への扉を開いて!」
私は慌ててカインに頼んだ。こういう時は、政務型より軍人の方が反応が早い。
即座に露台への扉を開いてくれたカインにお礼を言って外に駆け出しながら、私は竜型に変わりつつあるローランを呼んだ。
「ローラン、こっちに来て! その姿のあなたには、狭い室内ではなく広い空がふさわしい」
私の言葉に応えてか、ローランだった光の塊がするっと外に出て──上空に舞い上がる。そして、神竜の王たる姿を顕し始める──白銀の、美しい竜の姿を。
紺碧の空に、白く輝く竜。まるで、一枚の絵のようだった。ゆっくりと上空を旋回す神竜の姿に、ドージェは涙を流して頭を下げ、私を追って露台に出てきたエージュ、それを追ってきたリヒト殿下、更にシルヴィス、宰相閣下、国王陛下、オリヴィエが続く。カインは全員が出てきたことを確かめると、国王陛下の傍に控えた。
「……神竜王……これほど……美しく、強大なものとは……」
溢れんばかりの魔力。巨大な爪、優美な体。圧倒的な暴虐と静謐な美しさが、矛盾なく共存している姿に、国王陛下が呆然と見惚れている。あげないわよ。
「──王よ」
その声は、天空に響きながらも、私の耳に優しく届いた。
「私は私を証し立てた。──次は、そちらが示せ」
「示せ、とは……?」
「アレクシアを、決して傷つけないと」
「誓おう、神竜王よ。アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタインを傷つける者は……」
「傷つける者を咎めよとは言っていない。──傷つけないと、誓え」
不遜なほどの言葉に、国王陛下は息を呑み、そして頷いた。
「──誓おう。皆も、よいな?」
魂を抜かれたようにローランに見惚れていた人達が、我に返って、国王陛下の言葉──命令を受けた。
オリヴィエは陶酔してローランに魅入っている。リヒト殿下、シルヴィスはその場に立ったまま、頷くしかできない。宰相閣下は、国王陛下に「誓います」とお返事した後、早々に謁見の間に戻った。ローランの神威に圧倒された記憶が甦ったらしい。
エージュは、少し怯えた顔をして、私にしがみついている。演技です。内心で「よくできましたわ、神竜王陛下」と褒めているのは疑いない。
そして、カインは──剣一本で将軍まで上り詰めた彼は、複雑な顔で、ローランを見つめていた。彼の葛藤を私が知るのは、もう少し先のことになる。
よく見れば、宰相閣下の後ろにはオリヴィエも控えている。その周りを、ふわふわと水色の小さな竜が飛んでいる──あ、召喚に成功したのね。よかったわね竜オタク。
「……リヒト。おまえを呼んだ覚えはないが」
国王陛下は、琥珀の瞳を眇めた。しかし、国王の威圧は、リヒト殿下には「また父上がややこしいことをおっしゃってる」程度に緩和される。
「エージュが、父上に御挨拶をと」
嬉しそうに、「エージュ」と呼ぶ。公的に披露目の済んでいない王女であっても、この場が公式でない以上、構わないと思っているらしい。そんなわけあるか。国王陛下と宰相閣下が揃って関わることが、国事行為以外の何だというのか。
「……宰相は、後で王太子を「教育」するように」
「御意」
嘆息しつつ命じた国王陛下に、宰相閣下は慎ましく答えた。──笑っちゃ駄目よ、アレクシア。あの日の醜態は忘れると決めたんだから。
醜態を晒したおっさん改め宰相閣下は、少し畏怖するように、ローランを見た。そして、跪く。
「神竜王。こちらがヴェルスブルク王国の国王にして──」
「名はいらぬ。私にとって、それはこの国の王以外の何物でもない」
余計な情報はいらないと、ローランは冷ややかに断じた。今は、私の手を離して一人で堂々と立っている。
「無礼な!」
そう叫んだ宰相閣下と対照的に、国王陛下は落ち着いていた。
「では、神竜王。余もまた王たる身ゆえ、あなたを陛下とは呼べぬ」
「無論。私も、そなたを陛下とは呼べない」
ローランは頷きを返した。王と、神竜王。どちらが上かという論争はいらないと、二人の陛下が合意した。
「神竜王に問おう。我が国を守って下されようか」
「アレクシアが、そう望んだ。アレクシアを守ることは、この国を守るということだ。神竜の王に二言はない」
そう言うと、薄い蒼に変じた瞳で私を見つめ、にこっと笑った。この不意打ちに、私の輝石が先制攻撃を仕掛けたらどうしようかと思うほど、可愛い。
「では、その降臨を、諸国に告げても構わぬか」
「好きにすればいい。私はただ、アレクシアを守るだけだ」
私の巻き毛をふわりと撫でて、ローランは穏やかな声で宣告した。
「だから、アレクシアを傷つける者は、この国の者であっても許さない」
「ローラン」
「アレクシアは、そなたの妃にはならない。させない」
言っちゃった。
エージュに教えられた可能性に、ローランはずっと憤りを感じていたのだろう。国王陛下の目から私を隠すように、前に立った。
「アレクシアは、私のものだから」
……悶絶しなかった自分を褒めてあげたい。エージュが、ふんわりした袖口で隠して、思いきり#抓__つね__#ってくれたおかげです。以心伝心、親友ってありがたい。
「神竜王を召喚した姫を、我が妃にか。確かに、魅力的な話ではあるが──神竜の王を敵にはできぬな」
「敵にしたいなら、そう言え。神竜の一族は、時空を操れる」
──そう、だ。
神竜はそれぞれ、地水風火に秀でているけど──すべてに共通していることは、「時間」を操れることだ。魔力の強さに比例するけれど、未来に跳んだり、過去に戻ったりできる。代々の神竜王は、そうやって、最強でありながら、同時に最も数の少ない種である一族を、滅亡から守ってきた。
これも、裏ルートで明かされた情報なのに、私はまた忘れていた。
「アレクシアを傷つける未来は壊す」
毅然として言い放った後、ローランは私の様子を窺った。
「……ちゃんと、傷つけない未来を選ぶ努力はする」
「ありがとう」
人見知りで、人間嫌いで、だけど優しい、私の神竜王。あなたに関する重大なことすら忘れていた私は、自分に何が起こっているのかわからなくて、不安になる。
「……それでは、神竜王は、アレクシア姫を傷つけぬ限りは、我が国を守るか」
「くどい」
確かめようとした宰相閣下に言質は与えず、ローランは言い捨てた。……人見知りというより、人嫌いが表に出てるなあ……。
「ならば……まことに無礼ではあるが、神竜王であることを証し立てていただきたい」
「そこに、竜がいる。それに訊けばいい」
オリヴィエの肩で休んでいた小さな竜が、ぱっと人型に転じた。小さな竜だから子供だと思いきや、おっさんどころかおじいさんだった。
「陛下……!」
竜だった老人が跪く。上位の神竜、しかもその王相手なんだから、当然の反応だ。
「ドージェ。間違いなく、神竜王陛下か?」
オリヴィエの確認に、ドージェと呼ばれた老人ははっきり答えた。
「我は、竜。神竜の王たる御方を誤ることなどない」
「証が欲しいなら、炎か冷気を選べ。この部屋を満たしてやる」
「駄目よ、ローラン。それでは、皆様のお命が危ないでしょう」
「アレクシアと、王の姫は守る」
「……それでも、駄目よ」
私の言葉に、ローランはしゅんと項垂れた。
「では、どうすればいい? 竜の言葉だけでは足りぬと、王と宰相は言っている」
言葉にはしていないけれど、もっと確たる証が欲しいと思っているのはわかる。
「神竜王陛下。王たる御方。故に、バハムートの名を許された御方。わたくしまで、守って下さるの?」
「王の姫は、アレクシアの友。ならば、守ろう。我が名に懸けて──」
ローランの言葉が終わる前に、輪郭が溶ける。目を灼く閃光が走った。
「露台への扉を開いて!」
私は慌ててカインに頼んだ。こういう時は、政務型より軍人の方が反応が早い。
即座に露台への扉を開いてくれたカインにお礼を言って外に駆け出しながら、私は竜型に変わりつつあるローランを呼んだ。
「ローラン、こっちに来て! その姿のあなたには、狭い室内ではなく広い空がふさわしい」
私の言葉に応えてか、ローランだった光の塊がするっと外に出て──上空に舞い上がる。そして、神竜の王たる姿を顕し始める──白銀の、美しい竜の姿を。
紺碧の空に、白く輝く竜。まるで、一枚の絵のようだった。ゆっくりと上空を旋回す神竜の姿に、ドージェは涙を流して頭を下げ、私を追って露台に出てきたエージュ、それを追ってきたリヒト殿下、更にシルヴィス、宰相閣下、国王陛下、オリヴィエが続く。カインは全員が出てきたことを確かめると、国王陛下の傍に控えた。
「……神竜王……これほど……美しく、強大なものとは……」
溢れんばかりの魔力。巨大な爪、優美な体。圧倒的な暴虐と静謐な美しさが、矛盾なく共存している姿に、国王陛下が呆然と見惚れている。あげないわよ。
「──王よ」
その声は、天空に響きながらも、私の耳に優しく届いた。
「私は私を証し立てた。──次は、そちらが示せ」
「示せ、とは……?」
「アレクシアを、決して傷つけないと」
「誓おう、神竜王よ。アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタインを傷つける者は……」
「傷つける者を咎めよとは言っていない。──傷つけないと、誓え」
不遜なほどの言葉に、国王陛下は息を呑み、そして頷いた。
「──誓おう。皆も、よいな?」
魂を抜かれたようにローランに見惚れていた人達が、我に返って、国王陛下の言葉──命令を受けた。
オリヴィエは陶酔してローランに魅入っている。リヒト殿下、シルヴィスはその場に立ったまま、頷くしかできない。宰相閣下は、国王陛下に「誓います」とお返事した後、早々に謁見の間に戻った。ローランの神威に圧倒された記憶が甦ったらしい。
エージュは、少し怯えた顔をして、私にしがみついている。演技です。内心で「よくできましたわ、神竜王陛下」と褒めているのは疑いない。
そして、カインは──剣一本で将軍まで上り詰めた彼は、複雑な顔で、ローランを見つめていた。彼の葛藤を私が知るのは、もう少し先のことになる。
