屋敷に帰り着いて、私はまずエージュの元に行った。幸い、お父様は来客中だし、お母様はお友達のところにお出かけだ。出迎えてくれたロベルトに、お父様への帰宅の御挨拶を伝言した。絶句しているリリーナとは対照的に、ロベルトはいつも通りに落ち着き払っている。
「お嬢様。そちらの御方は、お客様でございますか」
「私の、大切な御方です。当家でお暮らしいただくの。お父様には、後で御説明に伺うわ」
「承知致しました。お部屋は、如何致しましょう。客間になさいますか」
「アレクシアと離れたくない」
……落ち着け、落ち着けば、落ち着いた時。
心の中で呪文のように唱えて、私はローランに言い聞かせた。
「私とあなたが、同じ部屋を使うことはできないの」
使いたいけど! でも、寛ぎの空間も手離せないのが、干物女子の哀しいところである。
淋しそうに瞳を伏せられ、私は罪悪感でいっぱいになった。
「……隣の部屋でいいかしら?」
「アレクシアの傍なら」
うん、と頷くローランが可愛くてつらい。歳の頃は十八、九の超美形男子がそんなことを言うものだから、リリーナは完全に勘違いした目で私を見ている。
「リリーナ。部屋の支度を」
ロベルトはそう指示して、すっと後ろに下がる。あ、私だけじゃなくローランも通るから、いつもの距離だと足りなかったのね。気を遣わせてしまった。
「ありがとう、ロベルト」
私がお礼を言うと、ロベルトは静かに微笑んだ。
そして、私にくっついたままの(本当にくっついたままです。手を握られてます)ローランと一緒に、エージュの部屋を訪れた。
「ローラン。この部屋にいる人は、私のとても大切な人なの。親友なの」
「アレクシアの、友達?」
「そう。だから、優しくしてあげてね?」
「それが、そなたの望みなら。……私は、あまり人に関わりたくない。先程、宰相に怒ったのは」
「私を庇ってくれたのよね。ありがとう」
人見知りで人嫌いのローランが、神竜王として怒りを見せたのは、シルヴィス、そして宰相閣下が私を非難しようとしたからだと、ちゃんとわかっている。
「……守ると、約束したから」
そう言って、ローランは恥ずかしそうに、同時に少し誇らしげに微笑んだ。……この可愛さです。この可愛さと、涼やかで人を寄せつけない美貌のギャップが大好きです。
内心のときめきを押し隠しながら、私は扉をノックした。すぐに、エージュの答えが返り──私達は、室内に入った。
***
「……アリー。あなたという人は……」
エージュには申し訳ない。せっかく直してくれた「予定調和」を、完全破壊した行為だから。
「わ、悪気はなかったの。ただ、完全にそのことを忘れてただけで」
真名を見抜けば、必ず召喚できる。そして、私はローランの真名を知っていた。それを、完全に忘れていたことが、少し怖い。
「アレクシアを、叱っている?」
「いいえ、神竜王陛下。これは、お説教ですわ」
「お説教……説いて、教えている?」
「はい。アリーは、わたくしの予想外のことばかりして困らせるから」
返す言葉もございません。
私にできるのは、ひたすら謝ることと──ゲームの知識を、そうと認識できなくなっているかもしれないという説明だ。
「けれど、王の姫は、アレクシアがとても好きだ」
「え?」
「困らされていると言いながら、とても愛しそう。王の姫、そなたはアレクシアを誰よりも愛している」
エージュは、珍しいことにポカンとして──笑い出した。
「ええ、ええ、神竜王陛下! わたくし、誰よりもアリーを愛していますわ!」
「エージュ、それは愛が重い」
「こんなにも人を好きになったことはないくらい、大好きですわ。……神竜王陛下、わたくしからアリーを奪うあなたすら愛しいと思うほどに、わたくしは、アリーが好き」
笑っているエージュに、幼子のように泣く姿が重なるのは、どうしてだろう。
「王の姫……?」
「……ですから、神竜王陛下。わたくしと一緒に、アリーを守って下さる?」
「アレクシアは、私が守る」
どこか拗ねたように言うローランに、エージュは優しく言い含めた。
「穢れのない神竜王陛下。人は、どこまでも穢れられますの。醜く、卑しくなれますの。浄らかなあなただけでは、アリーを守りきれません」
「……人の愚かしさは、知っている」
「それだけでは足りません。もちろん、わたくしだけでも駄目。だから、神竜王陛下。わたくしと一緒に、アリーを守って下さいませ」
いつになく、エージュは食い下がっている。普段なら、「では、気が変わられたらおっしゃって」と流すのに。
「……わたくしの父から、アリーを守って下さいませ」
薄い水色の瞳から、涙が零れた。
「エージュ!?」
「優しいアリー、馬鹿なアリー。どうして先に言わないの、どうしてわたくしに黙って、神竜王陛下を召喚したの。そんなことをしたら……そんなことが、できてしまったら」
国王陛下は──あなたを継妃にする。
そう呻いて、エージュは顔を伏せて泣き出した。
継妃……って、後添いのお妃様のこと……?
「エージュ」
「今、王妃の座は空位よ。わたくしの母を据えることはできないわ。心を病み、歳を重ねた王妃など、何の役にも立たない」
リヒト殿下の妃にはしない。神竜王の加護を受ける私を妃にしたら、リヒト殿下が、国王陛下を凌ぐ力を持ってしまう。
「そうでなくても、あなたはわたくしと一緒に王宮に上がるのに。王宮よ。王の命で叶わぬことは何ひとつない。ラウエンシュタイン家にいれば、公爵や公爵夫人がお守り下さるでしょうけれど、王宮にいては、お二人はすぐには駆けつけられない」
そこまで言うと、エージュは私を抱き締めた。私の髪に顔を埋め、泣きじゃくっている。
「国王陛下が、あなたを妃にと望んだら──先に既成事実を作ろうとしたら、止められないのよ」
ぞっとした。あり得ないことではないと、わかってしまったから。
震え出した私を強く抱いて、エージュはローランに懇願した。
「わたくしも、できる限りのことはします。ですが、人の身では叶わぬこともあります。……神竜王陛下。エルウィージュ・フルール・ルア・バシュラール、もしくはエルウィージュ・フルール・ルア・カイザーリングは、御身に願います。わたくしの名と命に懸けて、アレクシア・クリスティンを、この国の悪しきものすべてからお守り下さいませ」
「……受けよう、王の姫。エルウィージュ・フルール。私は、私の名と命に懸けて、アレクシアを守る」
「……待って」
私は、私を守る為に命を懸けた誓いを重ねている二人に告げた。
「……アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタインは──エルウィージュ・フルールと、ローラン・デュランド・デア・バハムートの誇りに、心からの感謝を捧げます」
──これは、二人が交わした誓いを少し弱めるものだ。私が誰かに傷つけられたとしても、エージュにもローランにも、違約の咒が吹かないようにする為のもの。
「……ローラン。私がこの先で攻撃魔法を使ったら、あなたとの召喚契約はどうなるの?」
「……わからない。前例がない」
力ないローランの答えに、少し思案した後、エージュは私を抱いていた腕を少し緩めた。
「アリー。輝石を出して」
「……うん」
私は、言われるままに輝石を取り出す。所有と自動回帰が刻まれたそれは、私から離れることはない。
「神竜王陛下。この輝石に、持ち主の意志に関係なく、危険な相手を攻撃する魔法を刻んでいただけますか?」
「わかった」
ローランは私の手にある輝石に、指先を当てて、呪文を唱えた。
「自動先制攻撃。反撃封印。──これで、この輝石が、アレクシアを守る。でも、これが発動するより先に、私を呼んでほしいと思う」
すぐに行く。
そう言って、ローランはそっと私の巻き毛を指に絡めた。──何だろう、私の巻き毛はそんなに楽しいものなのかな。
「神竜王陛下。……もう少し内側の方が、くるっと巻いていて、しなやかですわ」
「こんなに、ふわふわなのに?」
「ええ。外側の方がやわらかいのですけれど。外はふんわりで、内側はくるくるなのです」
──さっきの緊迫感はどこへやら、二人は和気藹々と、私の巻き毛で遊び始めた。
人見知りのローランに、ここまで警戒心をなくさせるエージュは、本当にすごい。悪役令嬢改め悪役王女らしからぬ、慈愛と母性の塊みたいだ。……それが本当のエージュなんだと、ちゃんとわかってくれてるローランに、惚れ直しました。
「お嬢様。そちらの御方は、お客様でございますか」
「私の、大切な御方です。当家でお暮らしいただくの。お父様には、後で御説明に伺うわ」
「承知致しました。お部屋は、如何致しましょう。客間になさいますか」
「アレクシアと離れたくない」
……落ち着け、落ち着けば、落ち着いた時。
心の中で呪文のように唱えて、私はローランに言い聞かせた。
「私とあなたが、同じ部屋を使うことはできないの」
使いたいけど! でも、寛ぎの空間も手離せないのが、干物女子の哀しいところである。
淋しそうに瞳を伏せられ、私は罪悪感でいっぱいになった。
「……隣の部屋でいいかしら?」
「アレクシアの傍なら」
うん、と頷くローランが可愛くてつらい。歳の頃は十八、九の超美形男子がそんなことを言うものだから、リリーナは完全に勘違いした目で私を見ている。
「リリーナ。部屋の支度を」
ロベルトはそう指示して、すっと後ろに下がる。あ、私だけじゃなくローランも通るから、いつもの距離だと足りなかったのね。気を遣わせてしまった。
「ありがとう、ロベルト」
私がお礼を言うと、ロベルトは静かに微笑んだ。
そして、私にくっついたままの(本当にくっついたままです。手を握られてます)ローランと一緒に、エージュの部屋を訪れた。
「ローラン。この部屋にいる人は、私のとても大切な人なの。親友なの」
「アレクシアの、友達?」
「そう。だから、優しくしてあげてね?」
「それが、そなたの望みなら。……私は、あまり人に関わりたくない。先程、宰相に怒ったのは」
「私を庇ってくれたのよね。ありがとう」
人見知りで人嫌いのローランが、神竜王として怒りを見せたのは、シルヴィス、そして宰相閣下が私を非難しようとしたからだと、ちゃんとわかっている。
「……守ると、約束したから」
そう言って、ローランは恥ずかしそうに、同時に少し誇らしげに微笑んだ。……この可愛さです。この可愛さと、涼やかで人を寄せつけない美貌のギャップが大好きです。
内心のときめきを押し隠しながら、私は扉をノックした。すぐに、エージュの答えが返り──私達は、室内に入った。
***
「……アリー。あなたという人は……」
エージュには申し訳ない。せっかく直してくれた「予定調和」を、完全破壊した行為だから。
「わ、悪気はなかったの。ただ、完全にそのことを忘れてただけで」
真名を見抜けば、必ず召喚できる。そして、私はローランの真名を知っていた。それを、完全に忘れていたことが、少し怖い。
「アレクシアを、叱っている?」
「いいえ、神竜王陛下。これは、お説教ですわ」
「お説教……説いて、教えている?」
「はい。アリーは、わたくしの予想外のことばかりして困らせるから」
返す言葉もございません。
私にできるのは、ひたすら謝ることと──ゲームの知識を、そうと認識できなくなっているかもしれないという説明だ。
「けれど、王の姫は、アレクシアがとても好きだ」
「え?」
「困らされていると言いながら、とても愛しそう。王の姫、そなたはアレクシアを誰よりも愛している」
エージュは、珍しいことにポカンとして──笑い出した。
「ええ、ええ、神竜王陛下! わたくし、誰よりもアリーを愛していますわ!」
「エージュ、それは愛が重い」
「こんなにも人を好きになったことはないくらい、大好きですわ。……神竜王陛下、わたくしからアリーを奪うあなたすら愛しいと思うほどに、わたくしは、アリーが好き」
笑っているエージュに、幼子のように泣く姿が重なるのは、どうしてだろう。
「王の姫……?」
「……ですから、神竜王陛下。わたくしと一緒に、アリーを守って下さる?」
「アレクシアは、私が守る」
どこか拗ねたように言うローランに、エージュは優しく言い含めた。
「穢れのない神竜王陛下。人は、どこまでも穢れられますの。醜く、卑しくなれますの。浄らかなあなただけでは、アリーを守りきれません」
「……人の愚かしさは、知っている」
「それだけでは足りません。もちろん、わたくしだけでも駄目。だから、神竜王陛下。わたくしと一緒に、アリーを守って下さいませ」
いつになく、エージュは食い下がっている。普段なら、「では、気が変わられたらおっしゃって」と流すのに。
「……わたくしの父から、アリーを守って下さいませ」
薄い水色の瞳から、涙が零れた。
「エージュ!?」
「優しいアリー、馬鹿なアリー。どうして先に言わないの、どうしてわたくしに黙って、神竜王陛下を召喚したの。そんなことをしたら……そんなことが、できてしまったら」
国王陛下は──あなたを継妃にする。
そう呻いて、エージュは顔を伏せて泣き出した。
継妃……って、後添いのお妃様のこと……?
「エージュ」
「今、王妃の座は空位よ。わたくしの母を据えることはできないわ。心を病み、歳を重ねた王妃など、何の役にも立たない」
リヒト殿下の妃にはしない。神竜王の加護を受ける私を妃にしたら、リヒト殿下が、国王陛下を凌ぐ力を持ってしまう。
「そうでなくても、あなたはわたくしと一緒に王宮に上がるのに。王宮よ。王の命で叶わぬことは何ひとつない。ラウエンシュタイン家にいれば、公爵や公爵夫人がお守り下さるでしょうけれど、王宮にいては、お二人はすぐには駆けつけられない」
そこまで言うと、エージュは私を抱き締めた。私の髪に顔を埋め、泣きじゃくっている。
「国王陛下が、あなたを妃にと望んだら──先に既成事実を作ろうとしたら、止められないのよ」
ぞっとした。あり得ないことではないと、わかってしまったから。
震え出した私を強く抱いて、エージュはローランに懇願した。
「わたくしも、できる限りのことはします。ですが、人の身では叶わぬこともあります。……神竜王陛下。エルウィージュ・フルール・ルア・バシュラール、もしくはエルウィージュ・フルール・ルア・カイザーリングは、御身に願います。わたくしの名と命に懸けて、アレクシア・クリスティンを、この国の悪しきものすべてからお守り下さいませ」
「……受けよう、王の姫。エルウィージュ・フルール。私は、私の名と命に懸けて、アレクシアを守る」
「……待って」
私は、私を守る為に命を懸けた誓いを重ねている二人に告げた。
「……アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタインは──エルウィージュ・フルールと、ローラン・デュランド・デア・バハムートの誇りに、心からの感謝を捧げます」
──これは、二人が交わした誓いを少し弱めるものだ。私が誰かに傷つけられたとしても、エージュにもローランにも、違約の咒が吹かないようにする為のもの。
「……ローラン。私がこの先で攻撃魔法を使ったら、あなたとの召喚契約はどうなるの?」
「……わからない。前例がない」
力ないローランの答えに、少し思案した後、エージュは私を抱いていた腕を少し緩めた。
「アリー。輝石を出して」
「……うん」
私は、言われるままに輝石を取り出す。所有と自動回帰が刻まれたそれは、私から離れることはない。
「神竜王陛下。この輝石に、持ち主の意志に関係なく、危険な相手を攻撃する魔法を刻んでいただけますか?」
「わかった」
ローランは私の手にある輝石に、指先を当てて、呪文を唱えた。
「自動先制攻撃。反撃封印。──これで、この輝石が、アレクシアを守る。でも、これが発動するより先に、私を呼んでほしいと思う」
すぐに行く。
そう言って、ローランはそっと私の巻き毛を指に絡めた。──何だろう、私の巻き毛はそんなに楽しいものなのかな。
「神竜王陛下。……もう少し内側の方が、くるっと巻いていて、しなやかですわ」
「こんなに、ふわふわなのに?」
「ええ。外側の方がやわらかいのですけれど。外はふんわりで、内側はくるくるなのです」
──さっきの緊迫感はどこへやら、二人は和気藹々と、私の巻き毛で遊び始めた。
人見知りのローランに、ここまで警戒心をなくさせるエージュは、本当にすごい。悪役令嬢改め悪役王女らしからぬ、慈愛と母性の塊みたいだ。……それが本当のエージュなんだと、ちゃんとわかってくれてるローランに、惚れ直しました。
