そして、リヒト殿下と、お見送りのお父様がいなくなった後。
私とエージュは、爆笑したいのを堪えていた。うっかり侍女達に笑い声を聞かれたら困るから、私はクッションに、エージュは枕に顔を伏せて笑いの発作に耐えた。
「ア、アリー、よく、できて、いたわ。満点を、あげても、よくてよ」
「エ、エージュ、こそ。最後の、兄上様は反則……駄目、思い出したら駄目!」
私は、エージュに「兄上様」と言われた瞬間のリヒト殿下のとろけそうな表情──要するにデレた顔を思い出し、爆笑したくなってしまった。もう駄目、大声で笑いたい。
「防音」
私が呪文を紡いだ瞬間、エージュが爆笑した。私も笑い出す。はしたないと言われても仕方ないレベルで、私達は笑い合った。
「つらい、笑いを堪えるというのはつらいのね、アリー! わたくし、こんなにも笑ったことはないわ」
「最後のあれは卑怯よ、エージュ。私、何とか耐えてたのに! 吹き出しそうになったわよ!」
「あなたは、反射的に、リヒト殿下から顔を背けたでしょう。わたくしはね、あの後も、恥じらいの中に微かな慕わしさを匂わせて微笑み続けたのよ? どれだけつらかったと思うの」
それはね。うん。演技派女優と言っても過言ではないわね。
予想通りに進む展開にニヤけるのを我慢してはいたけど、最後のあれはないわー。妹にあれだけデレてる姿を見たら、百年の恋も冷めるわよ。
「よかったわね、エージュ、この国が近親婚禁止で」
「想像するだけで怖いわね。シルハークみたいに「王族は近親婚が義務」だったら、わたくし、何が何でも出生の秘密を守ったわ」
笑いすぎて涙を浮かべたまま、エージュはそう言った。気持ちはわかる。
「……これで、エージュが王女だと私が予知したことになったけど……この先はどうなるかな?」
「明日から、わたくしを王女として迎える為の手続きがなされるわ。不貞の子とならないように、お父様とお母様は、わたくしを身籠る前に離縁なさっていた、という風に書類が整えられるでしょうね」
そういえば、エージュのお母様ってどんな方なんだろう。バシュラール侯爵邸での騒動の時にも出てこなかったけど。
私の疑問に、エージュは苦笑した。
「……本当に、あなたはわたくしの知っていたアリーではないのね」
「……ごめん」
「違うわ。嬉しいのよ。今のあなたでなければ、こんなに親しくなれなかったと思うから。──わたくしの母はね、サウローラという地で療養しているの。療養という名の軟禁よ」
軟禁!?
物騒な単語に目を瞠った私に、エージュは淡々と説明を続けた。
「わたくしを産んだ後、母は少し心を病んでしまったの。わたくしの出生……陛下との不義が原因だとはわかっていたわ。誰が言わずとも、わたくしは知っていたのよ。バシュラールのお父様に連れられて宮廷に上がった頃から、そういうお話は耳に入ってくるのだもの」
「エージュ……」
「だから、初めて会った時からあなたの言葉は信じられた。以前のアリーなら決して言わないことを、わたくしにはっきり告げてくれるあなたは──わたくしに、信じたいと思わせたわ」
大人びた微笑みで、エージュは私を見つめる。手を伸ばして、私の巻き毛をくるくると指に絡める。
「だから、アリー。あなたがわたくしを信じてくれなくても、わたくしはあなたを信じるの。大好きよ」
私は、エージュに抱きついた。さらさらの銀髪が、私の頬をくすぐる。
「……私も、エージュが大好き」
「ローランの次に、でしょう?」
「そっちこそ、本の次よね?」
私達は、茶化し合いながら、相手の体を強く抱き締めていた。
「わたくしの出生についての不具合を調整した後──もしかしたらその最中に、国王陛下と宰相閣下はあなたを召すでしょうね。シュラウス将軍に話しておいた、シルハークの侵攻について」
エージュは、私に言い聞かせるように話し出した。
「そこであなたは、シルハークの侵攻は避けられぬ未来として視えたと言い、神竜の召喚を進言なさい。神がその為に下されたと、その輝石を見せるの──あ、そうだわ、それにちゃんと#所有__ポゼッション__#は唱えてある?」
私は頷いた。オリヴィエの神竜召喚にこの輝石を貸すことを相談した時、きちんと私の所有を刻印した。蒼い輝石には、私の名前が魔力で刻みつけられている。
「自動回帰も付けてあるわ」
「それなら大丈夫ね」
もし盗まれたり落としたりしても、この輝石は魔力がある限り私の元に戻ってくるようにした。自称・神からもらったものなので、扱いは注意しているのだ。
「その時に、神竜召喚に成功する者が視える、と言うのよ」
「容姿とかは説明しなくていい?」
「そういう者がいるとしか視えない、でいいわ。その後、大神官にお会いしたいと言って神殿に向かって──……」
「──大神官じゃなく、オリヴィエに接触する」
エージュは、ご名答と嘯いた。
このゲームをプレイしていた時は、フラグ管理と好感度だけ気にしてたけど、その世界で生きる、ましてヒロイン様から攻略キャラをかっ攫うとなったら、下準備は手を抜けない。
「あー、早くローランに会いたい! 私の癒し! 私のオアシス!」
「わたくしも、早くローゼンヴァルト宮に伺いたいわ」
エージュ。そこは、「わたくしも早くシュラウス将軍を陥としたいわ」が先に来るべきだと思います。
そうして私達は、防音完璧の部屋で、この先の予定を相談しあった。紙に残すようなことはしない。すべて記憶しろとエージュは言った。何事にも完璧はないのだから、私達の計画が外部に漏れないように。
記憶を無理に覗く魔法はないと言うので、それなら、私達の脳にだけ記憶しておけば、バレることはない。
ローランとの幸せな未来の為に、私は地道に努力しているのである。
私とエージュは、爆笑したいのを堪えていた。うっかり侍女達に笑い声を聞かれたら困るから、私はクッションに、エージュは枕に顔を伏せて笑いの発作に耐えた。
「ア、アリー、よく、できて、いたわ。満点を、あげても、よくてよ」
「エ、エージュ、こそ。最後の、兄上様は反則……駄目、思い出したら駄目!」
私は、エージュに「兄上様」と言われた瞬間のリヒト殿下のとろけそうな表情──要するにデレた顔を思い出し、爆笑したくなってしまった。もう駄目、大声で笑いたい。
「防音」
私が呪文を紡いだ瞬間、エージュが爆笑した。私も笑い出す。はしたないと言われても仕方ないレベルで、私達は笑い合った。
「つらい、笑いを堪えるというのはつらいのね、アリー! わたくし、こんなにも笑ったことはないわ」
「最後のあれは卑怯よ、エージュ。私、何とか耐えてたのに! 吹き出しそうになったわよ!」
「あなたは、反射的に、リヒト殿下から顔を背けたでしょう。わたくしはね、あの後も、恥じらいの中に微かな慕わしさを匂わせて微笑み続けたのよ? どれだけつらかったと思うの」
それはね。うん。演技派女優と言っても過言ではないわね。
予想通りに進む展開にニヤけるのを我慢してはいたけど、最後のあれはないわー。妹にあれだけデレてる姿を見たら、百年の恋も冷めるわよ。
「よかったわね、エージュ、この国が近親婚禁止で」
「想像するだけで怖いわね。シルハークみたいに「王族は近親婚が義務」だったら、わたくし、何が何でも出生の秘密を守ったわ」
笑いすぎて涙を浮かべたまま、エージュはそう言った。気持ちはわかる。
「……これで、エージュが王女だと私が予知したことになったけど……この先はどうなるかな?」
「明日から、わたくしを王女として迎える為の手続きがなされるわ。不貞の子とならないように、お父様とお母様は、わたくしを身籠る前に離縁なさっていた、という風に書類が整えられるでしょうね」
そういえば、エージュのお母様ってどんな方なんだろう。バシュラール侯爵邸での騒動の時にも出てこなかったけど。
私の疑問に、エージュは苦笑した。
「……本当に、あなたはわたくしの知っていたアリーではないのね」
「……ごめん」
「違うわ。嬉しいのよ。今のあなたでなければ、こんなに親しくなれなかったと思うから。──わたくしの母はね、サウローラという地で療養しているの。療養という名の軟禁よ」
軟禁!?
物騒な単語に目を瞠った私に、エージュは淡々と説明を続けた。
「わたくしを産んだ後、母は少し心を病んでしまったの。わたくしの出生……陛下との不義が原因だとはわかっていたわ。誰が言わずとも、わたくしは知っていたのよ。バシュラールのお父様に連れられて宮廷に上がった頃から、そういうお話は耳に入ってくるのだもの」
「エージュ……」
「だから、初めて会った時からあなたの言葉は信じられた。以前のアリーなら決して言わないことを、わたくしにはっきり告げてくれるあなたは──わたくしに、信じたいと思わせたわ」
大人びた微笑みで、エージュは私を見つめる。手を伸ばして、私の巻き毛をくるくると指に絡める。
「だから、アリー。あなたがわたくしを信じてくれなくても、わたくしはあなたを信じるの。大好きよ」
私は、エージュに抱きついた。さらさらの銀髪が、私の頬をくすぐる。
「……私も、エージュが大好き」
「ローランの次に、でしょう?」
「そっちこそ、本の次よね?」
私達は、茶化し合いながら、相手の体を強く抱き締めていた。
「わたくしの出生についての不具合を調整した後──もしかしたらその最中に、国王陛下と宰相閣下はあなたを召すでしょうね。シュラウス将軍に話しておいた、シルハークの侵攻について」
エージュは、私に言い聞かせるように話し出した。
「そこであなたは、シルハークの侵攻は避けられぬ未来として視えたと言い、神竜の召喚を進言なさい。神がその為に下されたと、その輝石を見せるの──あ、そうだわ、それにちゃんと#所有__ポゼッション__#は唱えてある?」
私は頷いた。オリヴィエの神竜召喚にこの輝石を貸すことを相談した時、きちんと私の所有を刻印した。蒼い輝石には、私の名前が魔力で刻みつけられている。
「自動回帰も付けてあるわ」
「それなら大丈夫ね」
もし盗まれたり落としたりしても、この輝石は魔力がある限り私の元に戻ってくるようにした。自称・神からもらったものなので、扱いは注意しているのだ。
「その時に、神竜召喚に成功する者が視える、と言うのよ」
「容姿とかは説明しなくていい?」
「そういう者がいるとしか視えない、でいいわ。その後、大神官にお会いしたいと言って神殿に向かって──……」
「──大神官じゃなく、オリヴィエに接触する」
エージュは、ご名答と嘯いた。
このゲームをプレイしていた時は、フラグ管理と好感度だけ気にしてたけど、その世界で生きる、ましてヒロイン様から攻略キャラをかっ攫うとなったら、下準備は手を抜けない。
「あー、早くローランに会いたい! 私の癒し! 私のオアシス!」
「わたくしも、早くローゼンヴァルト宮に伺いたいわ」
エージュ。そこは、「わたくしも早くシュラウス将軍を陥としたいわ」が先に来るべきだと思います。
そうして私達は、防音完璧の部屋で、この先の予定を相談しあった。紙に残すようなことはしない。すべて記憶しろとエージュは言った。何事にも完璧はないのだから、私達の計画が外部に漏れないように。
記憶を無理に覗く魔法はないと言うので、それなら、私達の脳にだけ記憶しておけば、バレることはない。
ローランとの幸せな未来の為に、私は地道に努力しているのである。
