それは体育の時間の話だった。
種目はグラウンドでの男女混合ドッチボール。
双方、少しずつ人が外野へと移動していく。
ちなみにわたしは真っ先にボールを当てられ、外野行きになった。
以降、パス回しのボールすら回ってこないのは、わたしが運動があまり得意でないことをみんな知っているからだ。
そして、言うまでもなくアマネはコートの中で軽やかにボールを避け続けていた。
「うっわ、きれい……」
思わずつぶやく。
アマネはまるで体操選手のように身体をしならせ、華麗にボールを避けている。
そのたびに、長くつややかな黒髪がなびく。
それを見ていると、アマネはたかがドッチボールでさえ星の王女の品格を出すものなのかと感心してしまう。
中身、実は小さいんだけどね。
「あっ!」
ボンヤリと見ていたわたしの視線の先で、アマネがバランスを崩した。
コートに小さなくぼみがあったらしい。
「もらい!!」
バシィィィン!!
加藤くんの投げたボールが背中に当たって、アマネがコートに突っ伏した。
ピピィィィィ!
「空野さん、アウト!」
先生のホイッスルが鳴り、アウトの判定がくだる。
「あぁ、残念!」
「ドンマイ!!」
「気にしないで!」
「大丈夫?」
コートの内外から、ねぎらいの声がかかる。
そんななか、アマネは静かに立ち上がって体操服についた土ぼこりを払った。
アマネが体操服をポンポンと叩きながら一瞬わたしの方をみて微かにうなずく。
何かトラブルが起こった!?
アマネは少し右足をかばうようにして歩き出すと、外野に入ることなくそのままコートを出た。
ルールと違う動きに、みんなの視線が集中する。
異変を感じ取ったわたしは、とっさに声をあげた。
「先生! アマネ、怪我をしたみたいなんで、保健室に連れていきます!」
「え? 大丈夫!?」
「大丈夫です。わたしがついています!」
「そう。桜井さんが付き添ってくれるなら安心ね。じゃあ頼んだわ。さぁ、みんなは試合を再開して!」
コートからの歓声を背中で聞きながら、わたしはアマネに寄り添うと、肩を貸してあげながら小声で尋ねた。
「どうしたの? 足、ひねった?」
「……転んだときの衝撃でくるぶしの回路が接触不良を起こしたわ。場合によっては強化外骨格が作動不良になる。今すぐ故障個所のチェックが必要よ」
「それって動けなくなるってこと!? マズいじゃん! どうすればいい?」
「洗脳波で保健の先生を追い払うから、ホシミは人が入れないよう見張っていてくれる?」
「わかった」
アマネの工作が効いたようで、わたしたちが保健室に着いたときには、すでに保健室は無人だった。
念のため、扉のカギをかける。
アマネがイスに座ると、体操服のお腹の辺りがボヤけ、そこに穴が開いた。
そこから銀色のスーツを着た小さなアマネが飛び出すと、人間大アマネの右くるぶしに取りついた。
何やら機械を操作している。
人間大のアマネはというと、座ったまま無表情で、じっと宙を見つめている。
中身がいないから当然といえば当然なんだけど、美少女とはいえまばたき一つしないのはかなり不気味ではある。
小さなアマネがため息交じりに言った。
「思った通り、回路に異常が出ているわ。でもこれなら三十分もあれば自動修復できそう。悪いけどホシミ、修理が済むまで付き合ってくれないかしキャァァァァアア!!!!」
「アマネ!?」
「ナァァァア!」
視線の先――部屋の中央に、小さな生き物がいた。
黒くて小さくて……ネコ!?
黒ネコが小さなアマネを口に咥えている!!
ハっとして見ると、裏庭方面の窓にかけられたカーテンが揺れている。
しまった、ドアの方にばかり気を取られていて、窓に注意が向いていなかった!!
「ナァァァア!!」
「ホシミぃぃぃ!!」
アマネの悲鳴が響く。
ネコはこちらを威嚇すると、開いた窓を乗り越え裏庭へと降りた。
小さなアマネを咥えたまま!
「待ちなさい!!」
わたしも窓を乗り越え、裏庭へと降りた。
もう、無我夢中。
でも、必死に追いかけるもドンドン離されていく。
なにせ相手はネコだ。身軽だしすばしっこいし、どこにでも入っていける。
人間の子どもごときが追いつけるはずもない。
それでもわたしは追いかけるのをやめなかった。
なにせ、アマネの命がかかっている!
「負けるかぁ!!!!」
……とはいえ。
根性論がそんなに長いこと通じるわけもなく、運動音痴のわたしが長時間走り続けることもできるわけもなく。
足が止まりそうになる瞬間、わたしの視界に汚れて放置されたプラスチック製の皿が映った。
植木鉢の受け皿だ。
「これだ! 当たれぇぇぇぇ!!」
わたしは駆け寄って急いで拾うと、逃げるネコに向かって投げた。
形は違えど、わたしは愛犬みたらしを相手に何万回もフリスビーを投げた。
今じゃかなりの確率で、狙ったところに飛ぶほどの腕になっているんだ!
勢いよく飛んだ皿はわたしの想定した通りのコースを飛ぶと、狙いあやまたずネコの首に当たった。
「フギャっ!!」
「よし!!」
予想だにしない攻撃をくらってビックリしたのか、黒ネコはその場に何かを落とすと、ジグザクに走って逃げていった。
「あ、ま、待ちな……さい……」
ぜぇはぁと荒い息を吐きながら歩いて行くと、小さなアマネが地面にペタンと座り込んでいた。
「良かった……」
わたしの声に気づいて振り返ったアマネは、王女に似つかわしくないくらい涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
サイズは違えど、そこにはわたしと同じ、等身大の普通の女の子がいた。
そんなアマネをそっと拾い上げ、優しく抱きしめる。
「アマネ……大丈夫だった?」
「ホシミぃぃぃ。ひぃぃぃぃん」
ホっとして力の抜けたわたしとアマネは、地面にしゃがみ込んで、しばらくそうして泣き続けていたのでした。
◇◆◇◆◇
コンコン……。
ノックの音だ。
くるぶしの修理も無事終わって、アマネがスーツをストレッチさせているところで保健室の扉が叩かれた。
わたしはアマネと目を交わすと、そっとカギを外し、扉を開けた。
そこにいたのは意外や意外、加藤くんだった。
時間的には体育の授業がちょうど終わった辺りだが、体操服を着替えてもいない。
つまり、教室に行かずに真っ直ぐ保健室に来たのだ。
わたしとアマネに見つめられて、加藤くんの目が泳ぐ。
「よ、よぉ、転校生。怪我……大丈夫か?」
「ちょっとひねっただけよ。湿布を貼ったから明日には治っているでしょ」
「そ、そうか。なら良かった……」
保健室を沈黙が占める。
やれやれ。
「ケンちゃん? ここには他に誰もいないし、ケンちゃんが本当は素直ないい子なんだって、わたしは知ってるよ?」
「うっせぇよ、ミー。……つまり、その、なんだ。……ごめんなさい」
素直に頭を下げる加藤くんを見て、アマネが驚きの表情を浮かべる。
ふむ。中の小さなアマネ本体と外見のスーツアマネは表情がリンクしているのかしら。
宇宙人の謎技術、面白ーい。
「『ケンちゃん』に『ミー』? あなたたち、知り合いだったの?」
「幼稚園からのね。ケンちゃんもあの頃はずっと手を繋いでいてくれていたのに、ここ数年無視するようになっちゃってさ」
「や、やめろって、ミー! だって……恥ずかしいじゃんか。他の男どもの前で女とチャラチャラ話せるかってんだ」
加藤くんが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
それを見たアマネがプっと噴き出す。
「何にせよ、ありがとう加藤くん。私は大丈夫だから心配しないで」
「お、おぅ。んじゃ、オレは行くから。お大事にな」
加藤くんが扉を開けて出ていくのを見送ったアマネは、わたしを真っ直ぐに見て言った。
「正直ホシミのこと、見くびっていたところがあったわ。ただの大人しい女の子だって。でも、私を救うべく追いかけてくれたことや救出の手際、そして加藤くんのこととか、ホンっト見直した。あなたを選んで良かった。これからもよろしくね、ホシミ」
「もっちろん!」
こうして小さからぬ試練を乗り越えたわたしとアマネは、笑いながら握手を交わしたのでした。
種目はグラウンドでの男女混合ドッチボール。
双方、少しずつ人が外野へと移動していく。
ちなみにわたしは真っ先にボールを当てられ、外野行きになった。
以降、パス回しのボールすら回ってこないのは、わたしが運動があまり得意でないことをみんな知っているからだ。
そして、言うまでもなくアマネはコートの中で軽やかにボールを避け続けていた。
「うっわ、きれい……」
思わずつぶやく。
アマネはまるで体操選手のように身体をしならせ、華麗にボールを避けている。
そのたびに、長くつややかな黒髪がなびく。
それを見ていると、アマネはたかがドッチボールでさえ星の王女の品格を出すものなのかと感心してしまう。
中身、実は小さいんだけどね。
「あっ!」
ボンヤリと見ていたわたしの視線の先で、アマネがバランスを崩した。
コートに小さなくぼみがあったらしい。
「もらい!!」
バシィィィン!!
加藤くんの投げたボールが背中に当たって、アマネがコートに突っ伏した。
ピピィィィィ!
「空野さん、アウト!」
先生のホイッスルが鳴り、アウトの判定がくだる。
「あぁ、残念!」
「ドンマイ!!」
「気にしないで!」
「大丈夫?」
コートの内外から、ねぎらいの声がかかる。
そんななか、アマネは静かに立ち上がって体操服についた土ぼこりを払った。
アマネが体操服をポンポンと叩きながら一瞬わたしの方をみて微かにうなずく。
何かトラブルが起こった!?
アマネは少し右足をかばうようにして歩き出すと、外野に入ることなくそのままコートを出た。
ルールと違う動きに、みんなの視線が集中する。
異変を感じ取ったわたしは、とっさに声をあげた。
「先生! アマネ、怪我をしたみたいなんで、保健室に連れていきます!」
「え? 大丈夫!?」
「大丈夫です。わたしがついています!」
「そう。桜井さんが付き添ってくれるなら安心ね。じゃあ頼んだわ。さぁ、みんなは試合を再開して!」
コートからの歓声を背中で聞きながら、わたしはアマネに寄り添うと、肩を貸してあげながら小声で尋ねた。
「どうしたの? 足、ひねった?」
「……転んだときの衝撃でくるぶしの回路が接触不良を起こしたわ。場合によっては強化外骨格が作動不良になる。今すぐ故障個所のチェックが必要よ」
「それって動けなくなるってこと!? マズいじゃん! どうすればいい?」
「洗脳波で保健の先生を追い払うから、ホシミは人が入れないよう見張っていてくれる?」
「わかった」
アマネの工作が効いたようで、わたしたちが保健室に着いたときには、すでに保健室は無人だった。
念のため、扉のカギをかける。
アマネがイスに座ると、体操服のお腹の辺りがボヤけ、そこに穴が開いた。
そこから銀色のスーツを着た小さなアマネが飛び出すと、人間大アマネの右くるぶしに取りついた。
何やら機械を操作している。
人間大のアマネはというと、座ったまま無表情で、じっと宙を見つめている。
中身がいないから当然といえば当然なんだけど、美少女とはいえまばたき一つしないのはかなり不気味ではある。
小さなアマネがため息交じりに言った。
「思った通り、回路に異常が出ているわ。でもこれなら三十分もあれば自動修復できそう。悪いけどホシミ、修理が済むまで付き合ってくれないかしキャァァァァアア!!!!」
「アマネ!?」
「ナァァァア!」
視線の先――部屋の中央に、小さな生き物がいた。
黒くて小さくて……ネコ!?
黒ネコが小さなアマネを口に咥えている!!
ハっとして見ると、裏庭方面の窓にかけられたカーテンが揺れている。
しまった、ドアの方にばかり気を取られていて、窓に注意が向いていなかった!!
「ナァァァア!!」
「ホシミぃぃぃ!!」
アマネの悲鳴が響く。
ネコはこちらを威嚇すると、開いた窓を乗り越え裏庭へと降りた。
小さなアマネを咥えたまま!
「待ちなさい!!」
わたしも窓を乗り越え、裏庭へと降りた。
もう、無我夢中。
でも、必死に追いかけるもドンドン離されていく。
なにせ相手はネコだ。身軽だしすばしっこいし、どこにでも入っていける。
人間の子どもごときが追いつけるはずもない。
それでもわたしは追いかけるのをやめなかった。
なにせ、アマネの命がかかっている!
「負けるかぁ!!!!」
……とはいえ。
根性論がそんなに長いこと通じるわけもなく、運動音痴のわたしが長時間走り続けることもできるわけもなく。
足が止まりそうになる瞬間、わたしの視界に汚れて放置されたプラスチック製の皿が映った。
植木鉢の受け皿だ。
「これだ! 当たれぇぇぇぇ!!」
わたしは駆け寄って急いで拾うと、逃げるネコに向かって投げた。
形は違えど、わたしは愛犬みたらしを相手に何万回もフリスビーを投げた。
今じゃかなりの確率で、狙ったところに飛ぶほどの腕になっているんだ!
勢いよく飛んだ皿はわたしの想定した通りのコースを飛ぶと、狙いあやまたずネコの首に当たった。
「フギャっ!!」
「よし!!」
予想だにしない攻撃をくらってビックリしたのか、黒ネコはその場に何かを落とすと、ジグザクに走って逃げていった。
「あ、ま、待ちな……さい……」
ぜぇはぁと荒い息を吐きながら歩いて行くと、小さなアマネが地面にペタンと座り込んでいた。
「良かった……」
わたしの声に気づいて振り返ったアマネは、王女に似つかわしくないくらい涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
サイズは違えど、そこにはわたしと同じ、等身大の普通の女の子がいた。
そんなアマネをそっと拾い上げ、優しく抱きしめる。
「アマネ……大丈夫だった?」
「ホシミぃぃぃ。ひぃぃぃぃん」
ホっとして力の抜けたわたしとアマネは、地面にしゃがみ込んで、しばらくそうして泣き続けていたのでした。
◇◆◇◆◇
コンコン……。
ノックの音だ。
くるぶしの修理も無事終わって、アマネがスーツをストレッチさせているところで保健室の扉が叩かれた。
わたしはアマネと目を交わすと、そっとカギを外し、扉を開けた。
そこにいたのは意外や意外、加藤くんだった。
時間的には体育の授業がちょうど終わった辺りだが、体操服を着替えてもいない。
つまり、教室に行かずに真っ直ぐ保健室に来たのだ。
わたしとアマネに見つめられて、加藤くんの目が泳ぐ。
「よ、よぉ、転校生。怪我……大丈夫か?」
「ちょっとひねっただけよ。湿布を貼ったから明日には治っているでしょ」
「そ、そうか。なら良かった……」
保健室を沈黙が占める。
やれやれ。
「ケンちゃん? ここには他に誰もいないし、ケンちゃんが本当は素直ないい子なんだって、わたしは知ってるよ?」
「うっせぇよ、ミー。……つまり、その、なんだ。……ごめんなさい」
素直に頭を下げる加藤くんを見て、アマネが驚きの表情を浮かべる。
ふむ。中の小さなアマネ本体と外見のスーツアマネは表情がリンクしているのかしら。
宇宙人の謎技術、面白ーい。
「『ケンちゃん』に『ミー』? あなたたち、知り合いだったの?」
「幼稚園からのね。ケンちゃんもあの頃はずっと手を繋いでいてくれていたのに、ここ数年無視するようになっちゃってさ」
「や、やめろって、ミー! だって……恥ずかしいじゃんか。他の男どもの前で女とチャラチャラ話せるかってんだ」
加藤くんが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
それを見たアマネがプっと噴き出す。
「何にせよ、ありがとう加藤くん。私は大丈夫だから心配しないで」
「お、おぅ。んじゃ、オレは行くから。お大事にな」
加藤くんが扉を開けて出ていくのを見送ったアマネは、わたしを真っ直ぐに見て言った。
「正直ホシミのこと、見くびっていたところがあったわ。ただの大人しい女の子だって。でも、私を救うべく追いかけてくれたことや救出の手際、そして加藤くんのこととか、ホンっト見直した。あなたを選んで良かった。これからもよろしくね、ホシミ」
「もっちろん!」
こうして小さからぬ試練を乗り越えたわたしとアマネは、笑いながら握手を交わしたのでした。



