婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

 突然の声に、令嬢たちははっとして顔を上げた。

 ミラジェーンが振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべたエリオットが立っていた。


「所用で近くまで来ていたのだけれど、我が婚約者殿がこちらでご友人たちと茶会を開いていると聞いて、参じたんだ」

「エリオット様もぜひ、ご一緒しませんこと?」


 リサーナがそう言うと、ミラジェーンの隣に素早く椅子が用意された。


「ちょうどエリオット様のお話をしておりましたの。先日のパーティでミラ様とご一緒に挨拶をなさっていたでしょう?」

「ええ、我が婚約者の晴れ舞台でしたから。無事に成功して、私僕も尽力した甲斐がありました」


 ミラジェーンはわずかに眉をひそめたが、皆がエリオットに視線を向けていたため、気づく者はいなかった。

 彼女は、エリオットがいつ、何に尽力したのか、まったく知らなかった。


「よく頑張ったね、ミラ。僕も婚約者として鼻が高いよ」

「え、ええ……そう言っていただけて、嬉しいですわ。エリオット様」


 満足げに頷いていたエリオットだったが、ミラジェーンの姿を見ると、ふいに黙り込んだ。

 上から下まで彼女の姿を眺め、口元をゆがめた。


「ミラ、パーティが終わったからといって、少したるんでいるのではないかい?」

「何か、不手際がございましたか?」

「君のそのウエストだ。パーティのときより、ずいぶん緩んで見えるが」


 さすがのエリオットも言葉をぼかしてはいたが、それでも令嬢たちはミラジェーンをいたわしげに見つめた。

 ミラジェーンは一瞬虚を突かれたように目を見開いたが、すぐに笑みを作って持ち直した。

 今の笑みが一秒以内に整えられたか自信がなく、母の耳に入らなければよいと彼女は願った。


「申し訳ありません、エリオット様。今回は友人たちとの気楽な集まりでしたので、服装もそれに沿ったものにいたしましたの」


 リサーナも慌てて取りなそうとしたが、エリオットが口を開く方が早かった。


「ミラ、言い訳は聞きたくない。君はオリン公爵家の次期女主人となる身だ。いついかなる時でも、それを忘れないでほしい」

「……申し訳ありませんでした」


 ミラジェーンは静かに頭を垂れた。

 一方でエリオットは、笑みを浮かべて令嬢たちを見回した。


「僕の婚約者が見苦しい姿をお見せして申し訳ない。我々は先に失礼するから、どうか楽しんでくれ。ミラ、まさかこのような豪勢な食事を口にしてはいないだろうね。ブライズ侯爵家の淑女ともあろう者が」


 ミラの前に置かれた、半分以下に減った皿に目をやり、エリオットは冷たく言い放った。

 今度はリサーナが先に口を開いた。


「申し訳ありません、エリオット様。そちらは我が家の給仕が、ぜひミラ様にもとご用意した品ですの。我が家の顔を立てると思し召し、どうかミラ様にはすべて召し上がっていただきたく存じますわ」


 リサーナがきっぱりと言い切ると、エリオットは一瞬目を細め、それから笑みを浮かべた。


「そうでしたか。では僕は先に馬車に戻っているから、君も失礼のないように切り上げて来なさい。……あまり、僕を待たせないでほしい。次期オリン公爵家の家長として、僕は忙しいのだから」


 エリオットは席を立ち、その場を後にした。

 しばらく無言が続いたのち、令嬢たちは互いに目を合わせた。

 やがて口を開いたのはリサーナだった。


「……ミラ様」

「ご、ごめんなさいね。気を遣わせてしまって」

「ミラ様が謝ることなど、何一つございません。ともかく、目の前のお食事をお召し上がりになって?」

「ありがとうございます」


 ミラジェーンは困ったように微笑み、フォークを手に取った。


「ふふ、ミラ様は貞淑でいらっしゃるのね」


 リサーナの呟きに、ミラジェーンは返事をすることができなかった。

***