ここは、晴の彼女が立つ定位置になってしまった。
少し歩みを遅らせ、広げる距離。
それに安堵するなんて、悲しいような、何とも言い表せない複雑な感情。
斜め後ろから、晴の表情を見つめた。
良く分からない。今までに見たことのない角度で、感情も読み取ることは出来ない。
晴……心で呼んだはずなのに、振り返り……笑顔。
切なさと懐かしさと、許されたような心の軽さ。
欠けた何かが見つかったように、満ちて溢れ、そして消える。
儚い甘さ。滲むような闇が自分を侵食していくようだ。
……音……
まただ。現実の世界、バイオリンの音が遠くで奏でる曲。
あの時と同じ、愛の歌。
私は足を止め、晴の後姿から目を逸らして空を見上げた。
響く音……
教室に戻った私は、自分の一日に驚嘆した。
何気ない日常を繰り返すと、時間も経つのが早く、授業のノートも習慣的に取れている。
これで、テストが良いかと言えば別の話。理不尽だと思ってしまう。
無駄なものは無いと思いたい。
苦しい時間や悲しい想い。きっと自分の糧になると、信じて立ち向かえる事が出来たなら成長。
習慣的な時間、夜9時過ぎ。
PCは自動で、『独創サイト』に強制的なログイン。
画面には、私と同じ姿のアバター。
『ヒロインよ。一緒に冒険へ行きませんか?』
疑問形の文面だけど、どう考えても強制だよね。
エンターキーを押すと、アバターの足元に雪だるまのヌイグルミが出現した。
そこから闇が広がり、高音のバイオリン。
音符記号が発生して流れ、アバターを包む。
以前の服は、木口さんのイメージで淡い赤色のワンピースだった。
同色系の靴……黒い音符記号を包んだ光が触れて、跳ねるように散らばり、つま先から膝まで煌めきが覆う。
足には白いロングブーツ。
音符記号が同じように、両手の指先に触れた。
これは、幼い頃に見た変身シーン?
画面を見守るしかない私は、じっと観察を続け、曲に耳を傾ける。
アバターの指先から肘まで、ロング手袋がシルクのような艶を見せた。
ワンピースに音符記号が触れ、光の輝きに似た白い膝上のバルーンスカートを生じさせる。
胸元にプリーツのデザイン。細い肩紐に、背中には大きなリボン。
腰にはタンバリンが掛かっている。
画面には、ポーズをドヤ顔で決める私(アバター)。
タンバリン。昨日は手に持っていたけど、武器なのかな。
どうやって、何と闘うのか……ん?魔法か何かの戦闘ヒロインなの、私?
方向性の見えないまま、画面を見つめる私の耳に入るのは、楽しそうな曲をバイオリンが奏でる音。
それに合わせて、軽やかに踊るアバター。
『いざ、冒険へ』
ポチリ。私はエンターキーを戸惑いなく押した。
感情は、冷めていたように思う。
ドキドキもワクワクもなく、光に立つアバターを闇が包んで、どこかへ移動するのだろう。
アバターを吸い込むような画像に、誘うようなメロディを聞き流し、画面を見つめる。
闇が呑み込んで……雪だるまのヌイグルミが消えた……

