「ママ、わかった! 次の日曜日は……羽矢斗さんのご都合、どうかな?」
結莉は単刀直入に皐月に訊いてみた。
「皐月? 今羽矢斗さんにママ、電話してみても良い?」
結莉は少し皐月の反応が怖かった。
しかし、皐月は嬉しそうに目を細め「うん! 遊園地に行きたいもんっ」と言った。
羽矢斗に夕方電話することなんてまずない。それで何事かと思ったのだろうか、羽矢斗はコール音がするや否や電話に出た。
「あ、羽矢斗? 電話に出られたということはもう退社されているのね」
『うん、結莉、夕方に電話って。なにかあったの? それと、皐月ちゃんは嫌がらないの?』
すると結莉は「羽矢斗、ちょっと待ってね」と言い、大胆にもスマホを皐月に渡したのだ!
「皐月、さっきママに話してくれたこと言ってごらんよ」
満面の笑みの結莉。なんというギャンブラー……。
『あ、皐月……ちゃん?』
「はい! 羽矢斗さん、あたし、遊園地に連れて行ってほしいです!」
ギャンブラー結莉は賭けに勝った。さすが親子だね。皐月の喜びと期待がとても純粋であることを感じ取っていたのだ。
『ああ! 本当!? 良いのかい』
「はい! 羽矢斗さん、今週の日曜日はダメですか?」
『もちろん良いよ! じゃあ三人でさ、車で行こうね!』
「はいっ」
そしてスマホは結莉の元へと戻った。
「そういうことです。ウフ!」と結莉。
『あ、ありがとう。オレ……』
電話の向こうで羽矢斗が声を詰まらせている。
『ごめん、感極まっちゃって泣いちゃったよ』
スピーカーフォンでしゃべっていたので、その羽矢斗の様子を皐月も聴いていた。とてもイイお顔をしている皐月。眉が少し下がり、優しさに溢れた表情だ。
*
――――三人が心待ちにした日曜日がやって来た。
朝の8時に羽矢斗が車で結莉宅へ、結莉と皐月を迎えに来る。
朝早くから母子でおにぎりを握った。鰹節・梅干・焼き鮭・ツナマヨの4種だ。
「羽矢斗さん、喜ぶよ~。皐月もいっしょに握ったと知ったら」
「そうかな」
少し照れている皐月。
「当たり前じゃない!」と結莉が返す。
おにぎりが山ほど出来上がった。
「凄い量だね~」と笑い合う親子。
結莉はなんと3時に起きて、先に入浴・お化粧を済ませていた。皐月は毎日夜にお風呂に入っているから5時起きだった。
さあ、二人はお出かけ用の洋服に着替える。
結莉は今日は動きやすいようにと、デニムパンツと真っ赤なモヘアのニット。白いリボンがたくさんあしらわれている。歩きやすい赤いスニーカーを履く。
皐月はベージュのスカパンに薄手のフリル付きハイソックス。黒いフリル付きのブラウスとピンク色した薄手のカーディガン。足元は厚底スニーカーだ。
――――8時05分。玄関チャイムが鳴った。
よほど遊園地が嬉しいのだろう。
「はーい!」と皐月が玄関に駈けて行った。
ニコニコの結莉がその後を追う。
扉を開けると「来たよ! 結莉、皐月ちゃん」嬉しさを隠し切れない表情の羽矢斗が立って居た。
「荷物持つよ。ン? クーラーボックス?」と羽矢斗。
「アハハ」と顔を見合わせる結莉と皐月。
「おにぎりをね、皐月とい~っぱい作ったのよ? 羽矢斗! 食べてね」
「ほんとう? 嬉しいなー! ありがとう、結莉、皐月ちゃん」
「うん!」と皐月。
皐月の中ではもう、お目当ての乗り物が幾つも決まっているらしい。
遊園地と言えばいつも同じ所へ昔から行っていた。今日も皐月の大好きなその遊園地へ行くのだ。
「じゃあ、出発!」
いつになく茶目っ気のある羽矢斗。
そんな羽矢斗を見て結莉は、心から(羽矢斗と家族になれたら良いのになぁ~)と思った。
――――約1時間車で走り、遊園地に到着。
「羽矢斗、運転、お疲れさまです」と声をかける結莉。
「ううん、素敵なドライブだよ」
羽矢斗は運転がとても好きだ。
遊園地の乗り物はどうなのだろう……?
ちなみに結莉は恐ろしくてジェットコースターなんて乗れない。
娘の皐月は大大大好きだ!
昔からそう。「ネ~、ママ―! 一緒に乗ろうよぉ」と観覧車にジェットコースターにと誘われ、手を引っぱられた。断固と拒否をしてきた結莉であった。
「皐月ちゃんはどんな乗り物が好きなの?」と羽矢斗が歩きながら訊く。
「あたしはね、ジェットコースターが一番好き!」
「あ! 僕と気が合うじゃん! 皐月ちゃん、一緒に乗らない?」
「わー、嬉しい! だって、ママはいつも乗ってくれないから、あたしがひとりぼっちで『ワーキャー』言ってるんです」
「そうか、そうか」
日曜日なので人出が多く、人気のジェットコースターは列になっていた。それでも、並ぶのだから(なに考えてんだろ)と、羽矢斗と皐月に半ばあきれる結莉。でも幸せなのだ、結莉は。
(皐月があんなにはしゃいでいるの、久しぶりに見る)
30分待ち、やっと皐月と羽矢斗がジェットコースターに乗る順番が回って来た。
「いってらっしゃ~い」
下から手を振る結莉。しかし、自分が乗ったら……と瞬間的に想像してしまいゾクッとした。
でもウキウキと、安全ベルトを装着した羽矢斗と皐月をスマホにおさめる結莉。
すぐにジェットコースターが発車した。
「あら~っ!」
大事な二人の存在を目で追い、首をのけぞらせ口をポカンと開ける結莉。
グルン! ゴ――――! グルン! ガ――――ッ! ダンッ! ガタガタガタ! ビューン!
「キャ――――ッ!」
歓喜と興奮に満ちた無数の雄たけびが聴こえて来る。満員だ。
「ハー、ただいま~! 結莉」
「おかえり、皐月、羽矢斗。あたし、見ているだけで酔いそうだったよ」
「え、ママ、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ!」
「結莉、なにか飲み物でも飲むかい? 皐月ちゃん、ソフトクリームとか好きじゃない?」
皐月は大喜びだ。
「食べる、食べる~。イチゴソフトが良いっ」
「あたしはイチゴシェイクが飲みたいな~」と結莉。
羽矢斗は「わかった。じゃあスナックコーナーへ行こう」と言った。
おなかを空かせた人達でここも賑わっている。
羽矢斗はアイスコーヒーを飲んだ。
「楽しいな!」
三人で椅子に腰かけ飲み物を飲んでいる時に皐月がそう言った。
結莉はその時、神様は居るのだと思った。余りにも嬉しくて。皐月が喜ぶと体中に力が湧いて来る。
そんな結莉を優しく見守る羽矢斗。
皐月は「あたし、ポップコーンも食べたい」と、羽矢斗に向かって言い出した。
「さぁつーきぃ? ママが買ってあげるから、ね!」
厚かましいのは良くない。結莉はそう思いお財布を取り出した。
すると羽矢斗が「良いって、結莉。任せて、ね!」と言う。
「ありがとうございま~す!」と結莉よりも先に言い、ポップコーンを買いに行こうと席を立ち上がる皐月。
「まったく、もう!」……と言いながらも、結莉は、羽矢斗に素直に甘えている皐月を見ていると凄く嬉しくなった。
羽矢斗の愛は大きいな。
乗り物の中でもなぜか……グルグル回るコーヒーカップ・メリーゴーランドと回転ブランコには乗れる結莉。恐らく回るものが好きなのだろう、と自分で思う結莉。
「あ、ママ、あれは乗れたよね?」と皐月が指さしたのはコーヒーカップ。
「うん、ママね、コーヒーカップは好きなの。可愛いし」
ということで三人で乗った。
「わ~い!」
とても楽しい結莉。羽矢斗と皐月も溢れんばかりの笑顔だ。
羽矢斗と皐月はその他にも、ヒューッと上に上がって突然ストーンと落ちる、結莉にとっては非常に怖い乗り物に乗ったので、結莉はカメラマンに徹した。
途中、皐月がおトイレに行くなどして、結莉と羽矢斗が二人きりになるシーンがあった。
ギュッと結莉の手をホットに握る羽矢斗。そんな時、結莉は恥じらいつつも流し目を送った。
*
結莉と羽矢斗と皐月は、それからというもの、外食を共にしたり、結莉宅でたこ焼きパーティーをしたり、遊園地へも毎月三人で行ったり、映画も三人で観に行った。
皐月はそのうち、羽矢斗と腕相撲をするほど、羽矢斗に心を許すようになった。高校生の女子がなにゆえ腕相撲なのか、結莉には意味不明だが。
皐月の気持ちがほぐれて行くのに合わせ、結莉が皐月にきちんと伝えた上で、羽矢斗は前のように有休をとった。そうして結莉とのディープな愛をさらに艶やかに深めても行ったのだ。
――――三人の絆がどんどん深まって行き、1年経った頃のこと。
ある日、羽矢斗がお肉を買うからと言うので、結莉宅でお家焼き肉をすることになった。
大盛り上がりだ。くいしんぼうの皐月のテンションが上がる。
そんな皐月が、箸を置き、真顔で急に言った。
「羽矢斗さん、ママと結婚してくれるなら、お部屋がもう1つあるマンションか家が良いよ」
突然の発言に、結莉と羽矢斗は顔を見合わせた。
「皐月、ママと羽矢斗さんの結婚を認めてくれるの? 一緒に暮らすことを認めてくれるの?」
結莉はびっくりしつつ皐月に確認した。
「うん。だって、羽矢斗さんはママを大切にする人だってわかったもん。あたしの腕相撲の相手もしてくれるし」
最後の言葉にズッコケそうになる二人。
「ありがとう、皐月ちゃん。そうだな、3LDKの家を探すよ」
結莉宅は現在2LDKのマンションだ。
皐月が高校2年生の夏、結莉と羽矢斗は、皐月を含めたフォトウェディングを挙げた。
皐月の望み通り、3LDKの良いマンションも見つけた。
嬉しいことは他にも。結莉と羽矢斗が結婚した直後、皐月に1才年上の彼氏が出来たのだ。同じ高校の先輩で、彼はずっと皐月にホの字だったらしい。バスケットボール部のキャプテンを務める爽やかな青年だ。
最近では遊園地も映画へも、その恋人と行くようになった皐月である。
結莉は専業主婦だが、通っているクリニックの松田ドクターの勧めで、現在、クリニック内にあるデイケアに通う仲間のためのピアカウンセラーとして活躍している。
ピアカウンセラーとは、専門的なカウンセラーではないが、同じ心の病を持つ仲間として、悩み事を熱心に聴いたり、時にアドバイスをする役割だ。
羽矢斗も毎日『うちわ金魚』で大好きなデザインの仕事に精を出している。蓋を開けるのが毎日楽しみな愛妻弁当は、彼の大いなる原動力の源だ。
結莉は自分の母親を反面教師にしたのだ。だから、と言うわけではない。でもなぜか、鳥取に暮らす母親のことを今、結莉はやっと赦せた気がする。
*
毎週土曜日夜9時になると、結莉&羽矢斗……つまり、リスナーである『つむじちゃん』と『ジャンくん』の自宅では、アゲアゲDJロリポップさんの『ハートのたまご』が流れるようになった。
久しぶりに結莉は『ハートのたまご』を聴いている。
ロリポップさんが、やけに真面目な声で話し始めた。
『え~とね……びっくりしないでね。話します。コホン。――――今日は! なんとジャンくんから大事なお知らせがあります。みんな、心して聴いてね。読むよー?お便り。“ロリポップさん、皆さん、こんばんは! オレね……つむじちゃんと結婚しました――――ッ!”ですって! キャ――――! おめでとうっ。いつの間に――――!』
大喜びしつつ、そこで拍手を贈ったロリポップさん。
もうもう、もっちろんSNSは大騒ぎだ!
『つむじちゃん、心配してたよ。急に居なくなったからさ』
『そうか、ジャンくんの胸の中に隠れていたのね!』
『結婚おめでとう!』
『おめでとう! 嬉しいよ。なんか自分のことみたいに嬉しい!』
『ジャンくん、つむじちゃんを守ってあげるんだぞ?』
そんな中に『マジか――――ッ! 俺、つむじちゃん狙いだったのにな~』などという書き込みがあり「ハハハ」と乾いた声で笑う羽矢斗の目は笑っていなかった。
H&Y♡Etarnal.
ハートのたまご、孵ったね!



