――――いよいよ明日は、羽矢斗との初のドライブデート!
前日から(なにを着て行こうかな? 早く海が見たいな!)と気もそぞろの結莉。
この間の初キッスから、クリニック通院があり、1度だけ二人は逢っている。アツアツぶりは留まることを知らない。
結莉がお風呂掃除をし終わり、コーヒーを飲んでいると……電話が鳴った。
愛おしい羽矢斗からだ。
「はい、羽矢斗さん」
『結莉ちゃん、外の空気を吸いに会社の下までおりて来たんだ』
「お仕事、お疲れさまです。順調? 羽矢斗さん」
『うん、もちろん。明日結莉ちゃんに逢えると思うと仕事もスイスイはかどっちゃうよ!』
「あたしもとても楽しみだわ」
『うん。結莉ちゃんはどうしていたの?』
「はい。お風呂掃除が終わって丁度ひと息ついたところよ」
『そかそか、お疲れさま』
「ありがとう。今日お外寒くない? 羽矢斗さん、風邪ひかないでね。暖かい恰好で出てる?」
『ああ、結莉ちゃん、今日は外ね、結構ポカポカしているよ。オレは大丈夫だよ。あ、明日はね、結莉ちゃん、こないだ話した通り、結莉ちゃんのお家の最寄り駅までお迎えに行くからね。待っててね!』
「うん、すっごく楽しみ。あたし、早く羽矢斗さんと潮の香りを感じたいわ」
『オレも楽しみでしょうがないよ、結莉ちゃん。結莉ちゃん、家事もがんばりすぎないようにね。ほどほどで良いんだよ? 結莉ちゃんはがんばり屋さんだもんね。ゆっくりしなよ』
結莉は細やかな羽矢斗の気遣いが嬉しい。
「ありがとう」
『うん、じゃあ、そろそろ上に戻るね』
「ええ、いってらっしゃい」
人間、心を込めれば声も微笑をたたえるものだ。
結莉と羽矢斗の短いテレフォンデートは寒い季節を一気に進めるほどHotだった。
明日は朝8時に駅前で待ち合わせだ。皐月が帰宅するまでには帰宅したい結莉なので、羽矢斗と話し合い早めの時刻に約束した。だいたい皐月は18時ごろ帰宅する。望の家に寄っていた頃は19時なんていう帰宅時刻もあった。
(それにしても皐月……あれからケロッとして、全然洋平君と望ちゃんの話をしないな。大丈夫なのかなー……)
結莉はいつまで経っても子離れできない自分を自身でわかっている。だからこそ、皐月の失恋の件に関して口出しなどせぬよう、懸命に見守っているところだ。
今日はクリニック通院もないし『ハートのたまご』以外のラジオ番組をのんびりと聴いている。他の番組にもお便りをしているので、時々お便りが採用され一人喜んでいる結莉だ。
「ただいまー」
「おかえり、皐月!」
結莉は、皐月がひと息ついたら、明日出掛けることを伝えておこうと考えている。
皐月は洗面所に手洗い・うがいに行き、自室へ行った。
(リビングにすぐに来るかな~)と思っていたが来ないので、待ちきれず結莉は皐月の部屋のドアをノックした。
「はーい、ママ」
「うん、皐月、ごはんにしない?」
「うん、今行く~」
今夜はミートスパゲッティーとコンソメスープだ。ちなみにカレーのみならずこの親子はミートソースも甘めがお好み。結構な量の黒糖を使う。
「パスタじゃん! ママ。美味しそう! いただきまーす!」
「はい、いただきます!」
結莉は……皐月に嘘をつくのに胸が痛む。
「明日ね、皐月」
「うん」
「ママ、ウィンドウショッピングしてくるね! どうしても新しいパンプスが欲しいんだよね」
「ああ、こないだママ、お買い物に行ったのに良いのが見つからなかったもんね」
「そうなの。もしかしたらまたお茶してブラブラして遅くなるかも。遅くなったらごめんね!」
「良いよ、ゆっくりして来なよ、ママ」
「うん。お夕飯はなにが良い? 作っておくんだけど」
「だ~いじょうぶ! ママ、あたしはちっちゃい子じゃないのよ。もうすぐ高2だよ? 適当に食べるから……。あ! ハンバーガー、久しぶりに注文しても良い?」
「ああ、もちろんだよ。じゃあハンバーガーのお金、後で渡しておくね」
「はーい! やった~」
明るいやり取りの中、胸がチクチクする結莉だ。
一見元気者に見える皐月のナイーブなところを誰よりも知っている結莉。
(今はまだ、羽矢斗さんとのことを話せないな)と感じる。
――――待ちに待ったドライブデート当日!
「皐月、万が一ママが遅かったら、いつも言ってるけど、戸締まりをしっかりね!」
玄関でバタバタと、鏡に向かい髪を整え、靴を履きしている皐月に向かい結莉が言う。
「うん! わかった! ママも気を付けて、お買い物行って来てね。じゃあ、いってきまーす」
「いってらっしゃーい!」
娘は嵐のように去って行った。
結莉はお風呂もお化粧もすでにバッチリ済ませている。あとは着替えるだけだ。
(今日は……ちょっぴりお色気出しちゃおっかなー)
薄水色のオフショルダーのカシュクール。胸元がV字にクロスされ露出度高めだ。ピンクのチュールスカートはロング丈。そして白いトレンチコート。
羽矢斗とたくさん歩きたいので、足元はブルーのスニーカーにした。
(羽矢斗さんに可愛いと思われたい……)
皐月を送り出すと結莉は、遅れないようすぐに着替えをし、家を出た。
良い天気で良かった。光は春めき、天使が舞っているような澄んだ空だ。ゆっくりと歩を進める。
(早めに出て良かったわ。ちょっぴり緊張してきた。ギリギリな時間だとドジなあたしは転びかねない)
7時45分。待ち合わせ場所が見えてきた。駅のロータリーの所に羽矢斗が立っている!
駆け寄り、息を弾ませ自然とみずから羽矢斗の手を握る結莉。
「ごめんなさい、待ったの? 羽矢斗さん」
「ううん、結莉ちゃん。ついさっき着いたんだよ」
今日もセンスバツグンでかっこいい羽矢斗。いでたちは、黒いカッターシャツにカーキ色のワイドパンツ。アウターは黒のブルゾン。えんじ色のスニーカーを履いている。
「そうなのね、良かった! あ! あたしも今日はスニーカーなのよ? 羽矢斗さん」
「ほんとだ。パンプス以外の結莉ちゃんは初めて見たよ?」
「ええ、羽矢斗さんといっぱい歩きたいのよ……仲良く……」
そう言って、結莉ははしゃぎ、羽矢斗の右手を握ったまま、自分の左腕で腕を絡ませた。少し……羽矢斗の右腕に結莉のバストが当たった。
「ゆ……結莉、ちゃん、やわらかくて、可愛い」
ちょっぴりそのあと押し黙ってしまう羽矢斗。
結莉は胸を当てる気はなかったので、顔から火が出そうになった。
「結莉ちゃん、パーキングはすぐそこだよ。行こう!」
気を取り直すように、照れた表情の羽矢斗が言う。
「はい」
結莉は少し俯き返事をし、羽矢斗と手を繋ぎ歩く。
ほんの徒歩3分のところのパーキング。
「こっちだよ」
ディープブルーの素敵なセダンだ。
助手席のドアをスマートに開け、結莉をエスコートする羽矢斗。
「良いかい?」
「はい」
そっとドアが閉まった。
運転席に羽矢斗が乗り込み、ドキドキのドライブデートが幕を開けた。
「結莉ちゃんの大好きな海が見られるね! オレも海を見るの、好きだよ」
「うん!」
二人は車の中でいろんな話をした。そして結莉はキラキラと瞳を輝かせ、流れゆく風景を楽しみ、なにかと目に映るものを言葉にした。
高速に乗る前は「あ! あそこ、梅のお花が満開だった、凄い」「へ~、新しいファミレス、できたんだー」「今日の空は本当に綺麗!」などなど。高速に乗ると「今でもデコトラってあるのね」とか、ウキウキと話す。
羽矢斗もとても満足気だ。
羽矢斗は結莉の心の病のことをとても気遣い尋ねて来たので、結莉は沢山今のしんどさや、しんどさの軽減された部分などを語った。薬の副作用で時々眠いことも。
「あたしは……なかなか人を信用出来ないの。だからご近所づきあいもゼロ。子どもは親の背中を見て育つというでしょう? だからあたし……こんなじゃダメだなーって反省しているの」
「そうなの。うん……。オレは思うよ、結莉ちゃん。結莉ちゃんみたいに素直で一生懸命なお母さんと一緒に居られる皐月ちゃんは、幸せなはずさ。それと、前も言っていたでしょう? 皐月ちゃんのことを『しっかり者』と。それは……結莉ちゃんが真にがんばっているからだよ?」
「ありがとう。あとね、羽矢斗さん、あたしは夕方になって来ると兎に角怖いの。夜ももちろんそう。お家に居たらそんなでもないけど、常夜灯はつけて寝るわ。暗くなるとね、寂しくなって来て悪いことが起こりそうな気分がして来るんだ……」
「そうだったんだね。それは辛いね」
結莉はドクター以外に、こんな胸の内を話す相手が居ない。娘の皐月に話しては、皐月が不安感を持ってはいけないと感じるのだ。
だから様々な辛さや、これまで傷ついたことなどを羽矢斗に話した。羽矢斗は無論、元夫にヤキモチなど焼かなかった。
「暴力は赦さない」と言う。そして「苦しんだね」と結莉を慰めた。
1時間も経たぬうち、高速道路をおりた。
暫く国道を行くと左手に木々が生い茂っている。そしてその向こうに海が見えた!
もうもう、大騒ぎの結莉。
「キャー! 海よ。海! 羽矢斗さん、海が見えたよ」
「うん、もう少し行くともっと見えるからね!」
「わ~いっ」
結莉は少女のように大はしゃぎ。
20分ぐらい走った後、海岸沿いのパーキングに車が停まった。
羽矢斗の顔を童のような表情で見つめ「羽矢斗さん、海の近くまで行きたい!」と結莉。
「うん、歩こっか」
結莉を見つめる羽矢斗の目に熱がこもり潤んだように見える。
ドキリ!
「好きだよ……結莉ちゃん」
羽矢斗は運転席から結莉を強い力で引き寄せるようにし抱いた。
「あ……」
自然と結里の瞳が閉じられセカンドキッス。それはとても濃厚に音を立て、互いを求めてやまない磁石のS極とN極。
結里と羽矢斗は、唇が離れた時、少し顔を離し見つめった。黙っている。
こぼれる幸せ。
「うん。行こうね、結莉ちゃん」
「はい」
結莉は助手席のドアが開くのを待った。羽矢斗がスマートにドアを開け、結莉の手を取った。
コンクリの階段を下りて行き砂浜へ。
3月。今日の風はまだ春風ではない。ちょっぴり冷たい。でも髪を乱す潮風が気持ち良い。
結莉はピッタリくっついていた羽矢斗から離れ「わー!」と歓声を上げトトト……と波打ち際まで駆け寄った。
寄せては返す波が砂浜に跡を付ける。それが結莉には愛の形に見えた。
羽矢斗は、両手を広げキャッキャと回り始めた結莉をスマホで写真に撮った。スカートが風と戯れ、ロングヘアーが天使と遊んでいる。
「あ! 羽矢斗さん、写真撮ったのー?!」
「そうだよー! アハ」
「いやん、なんだか恥ずかしいっ」
嬉しそうな結莉。
羽矢斗はゆっくり結莉のそばまで歩く。結莉はもう回っていない。
うっとりとした表情で羽矢斗にしがみついた。結莉を抱きしめる羽矢斗。
「こうしてたら、あったかい」と、羽矢斗が言った。
「うん」
羽矢斗の胸に顔をうずめる結莉。
そして……二人の口づけを海と空が見守った。
暫く砂浜を二人は手を繋いで歩いた。途中に階段を見つけ上った。
再びコンクリの道を歩いている時「結莉ちゃん、おなか空かない?」と羽矢斗。
「あ、そう言えばちょっぴり。羽矢斗さん、おなか空いたの?」
「うん、オレ朝ごはん抜いて来ちゃったから」
「え! そうだったの~。じゃあ、ごはんに行きましょうよ!」
時間は10時。
「うん。結莉ちゃん、なにか食べたい物ある?」
「ンー……チャーシュー麺!」
すると羽矢斗がキョトンとし「え、ラーメン? お寿司やお肉じゃなくて良いの? どこへでも連れて行ってあげるよ? 結莉ちゃん」と言う。
「うん! あたしは今、ラーメンの気分です」
「オッケー、わかった。じゃあ中華にしよう!」
「はい!」
(あたしも……タベテほ・し・い♡)だなんて密やかに、エッチな気分の盛り上がっている結里である。



