腹黒王子の愛は、激甘でした。

夕焼けがゆっくりと夜に溶けていく。

校庭には後夜祭の音楽と笑い声が広がっているのに、

その輪の外で、俺は一人立ち止まっていた。

「……はぁ」

小さく息を吐く。

さっきまでそこにいたはずの背中は、もう見えない。

(ちゃんと送り出せたかな)

最後にかけた言葉。

「いってらっしゃい」なんて、我ながらよく言えたと思う。

もっと情けない顔してもおかしくなかったのに。

(……まあ、顔には出てたかもしれないけど)

苦笑がこぼれる。

遠くの方で、楽しそうな声が上がる。

花火が始まったんだろう。

(今頃、颯汰と一緒にいるのかな)

そう考えた瞬間、胸の奥がちくっと痛んだ。

「……遅いんだよな」

ぽつりと呟く。

(もっと早く気づいてたら)

(もっと早く、優のこと好きだって認めてたら)

あの時。

ベンチで話した日も。

勉強会の時も。

文化祭の準備で頑張ってた姿を見てた時も。

何度だってチャンスはあったはずなのに。

(逃げてたのは俺だ)

颯汰のことを理由にして、

幼なじみだからって距離を保って、

どこかで「自分は2番でいい」って諦めてた。

「……ダサいな、俺」

空を見上げる。

もうほとんど夜になっていて、星が少しだけ見え始めていた。

(もし、あの時──)

(ちゃんと向き合ってたら)

一瞬だけ、頭をよぎる。

(今、優の隣にいたのは……俺だったのかな)

その考えに、自分で小さく笑ってしまう。

「……いや」

ゆっくり首を振る。

「それは違うか」

優のあの顔。

まっすぐで、迷いのない目。

あれは、ちゃんと“選んだ顔”だった。

(だからこそ)

胸が痛むのに、どこか納得してしまう。

「……優が好きだからさ」

ぽつりと、誰もいない場所で呟く。

「好きな人には、笑っててほしいんだよ」

無理してでもなくて、

誰かのためでもなくて、

“その子自身が幸せでいる笑顔”を。

それが見たいと思った。

(だから)

「これでいいんだよな」

少しだけ、息を吐く。

胸の奥はまだじんわり痛いけど、

さっきよりも、ちゃんと呼吸ができている気がした。

「……終わったな」

小さく呟く。

「俺の初恋」

その言葉は、思っていたよりも軽くて、

でも確かに重みがあった。

優と過ごした時間。

笑った顔も、怒った顔も、

まっすぐな言葉も全部。

(ちゃんと好きだったなぁ)

自然と、そんな感情が浮かぶ。

誤魔化しでも、憧れでもなくて、

ちゃんと“好き”だった。

だからこそ──

「……よし」

軽く頬を叩く。

「いつまでも引きずってる場合じゃないか」

少しだけ無理やりでも、前を向く。

遠くで見える二人の影。

重なって、寄り添っているのが分かる。

その光景を、まっすぐ見つめて。

「幸せになれよ」

小さく、でもちゃんと届くように。

「優」

そして、少しだけ間を空けて。

「……颯汰」

風が吹いて、音楽が揺れる。

その中で、俺は静かに背を向けた。

もう振り返らない。

でもきっと、これからも。

(あいつのこと、見守ってるんだろうな)

そんな自分に、少しだけ苦笑しながら。

俺はゆっくりと歩き出した。