腹黒王子の愛は、激甘でした。

「いってらっしゃい」

その言葉を背中で受け取りながら、私は走り出した。

(ちゃんと、向き合わなきゃ)

胸の奥で何度も繰り返す。

足は自然と速くなっていくのに、心臓はそれ以上に早く鳴っていた。

(今まではずっと──)

(颯汰先輩からだった)

声をかけてくれるのも、

距離を縮めてくれるのも、

手を引いてくれるのも。

私はいつも、その後ろをついていくだけで。

気持ちも、ちゃんと伝えないまま、曖昧なままにしてきた。

でも──

(もう逃げたくない)

ぎゅっと拳を握る。

(今度は私から、ちゃんと伝えたい)

走って、走って、

人混みをかき分けて──

やっと、見つけた。

校庭の端、少し静かな場所に立っているその人。

「……優?」

私に気づいた颯汰先輩が、少し驚いたように目を見開く。

その表情を見た瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

(やっぱり……好きだ)

息を整える間もなく、私はそのまま颯汰先輩の前まで駆け寄る。

「颯汰先輩……!」

名前を呼ぶ声が、少し震える。

「どうしたの?そんなに急いで」

いつも通り、優しくて穏やかな声。

でもどこか、少しだけ不安が混ざっている気がした。

(ちゃんと、言わなきゃ)

「……あの、私」

言葉が喉に詰まる。

でも、ここで止まったら意味がない。

「私……今までずっと、颯汰先輩に頼ってばっかりで」

「え……?」

「全部、颯汰先輩からで……私、自分から何もできてなかったなって」

一歩、近づく。

「でも……今日は違います」

顔を上げて、まっすぐに見つめる。

「ちゃんと、自分の気持ちで、ここに来ました」

颯汰先輩の目が、少しだけ揺れた。

「……それって」

その先を言おうとする声を、私は小さく首を振って止めた。

「聞いてください」

一瞬の静寂。

遠くで後夜祭の音楽が流れ始める。

(文化祭のジンクス……)

(この時間に一緒に居れたら、叶うって──)

そんなの、今は関係ない。

ただ、伝えたいから。

「私……」

胸に手を当てて、大きく息を吸う。

「颯汰先輩のことが、好きです」

言えた。

やっと、言えた。

ずっと心の奥にあった気持ち。

その言葉を聞いた瞬間、颯汰先輩は目を見開いたまま固まった。

「……優」

信じられない、というような声。

「ほんとに……?」

「はい」

迷いなく頷く。

「ずっと、優しくて、頼りになって……」

「一緒にいるとドキドキして……」

「でも、それがすごく嬉しくて」

一歩、さらに近づく。

「ちゃんと、颯汰先輩と向き合いたいって思いました」

「だから……」

手をぎゅっと握る。

「私と、付き合ってください」

静かに、でもはっきりと伝えた。

その瞬間。

颯汰先輩は、ふっと息を吐いた。

そして次の瞬間、ぐっと私の腕を引いた。

「……っ!?」

気づけば、強く抱きしめられていた。

「遅いよ……」

耳元で、少し震えた声が聞こえる。

「俺、ずっと待ってたのに」

「……っ」

「優が、自分から来てくれるの」

抱きしめる腕が、少しだけ強くなる。

「……でも」

少しだけ体を離して、まっすぐ見つめてくる。

「来てくれて、ありがとう」

その優しい笑顔に、涙がこぼれそうになる。

「俺も、優のことが好き」

「ずっと前から」

その言葉に、胸がいっぱいになる。

「……ほんとですか?」

思わず確認すると、颯汰先輩は少しだけ呆れたように笑った。

「こんなタイミングで嘘つかないよ」

そう言って、そっと私の頬に手を添える。

「これからはさ」

優しく、でもどこか甘く。

「ちゃんと隣にいていい?」

「……はい」

小さく頷いた瞬間、またぎゅっと抱きしめられた。

後夜祭の音楽が、少しずつ大きくなる。

周りでは花火の音と共に、楽しそうな声が響いている。

でも──

(今は、この瞬間だけでいい)

大好きな人の腕の中で、私はそっと目を閉じた。

こうして、

私の初恋は──

ちゃんと、叶った。