腹黒王子の愛は、激甘でした。

文化祭は、その後も大きなトラブルもなく順調に進んでいった。


忙しさに追われながらも、笑顔が絶えない時間。

お客さんの「美味しかったよ!」という言葉に何度も救われて、気づけばあっという間に時間が過ぎていた。

「これでラストオーダーです!」

クラスメイトの声が店内に響く。

その言葉を聞いた瞬間、どっと全身の力が抜けた。

(終わった……)

長かったようで、でも一瞬みたいな時間。

「優、お疲れ様!」

「ほんとよく頑張ったね!」

みんなで声を掛け合いながら、自然と拍手が起こる。

私も思わず笑顔になって、何度も「ありがとう」を返した。

(すごく大変だったけど……やってよかった)

胸の奥がじんわり温かくなる。


* * *


片付けもひと段落して、外に出ると空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

オレンジ色の光が校舎を包み込んで、どこか特別な空気が流れている。

(これから後夜祭かぁ……)

文化祭の最後を締めくくる、大事な時間。

そして──あのジンクスがある時間。

胸が、少しだけ騒がしくなる。

そのとき。

「優」

名前を呼ばれて振り返ると、そこには廉先輩が立っていた。

少しだけ息を整えたような様子で、でもいつもの余裕のある笑顔とは少し違う。

「廉先輩……!」

「ちょっといい?」

真剣な声に、思わず背筋が伸びる。

私はこくんと頷いて、廉先輩の方へ歩み寄った。

少しだけ人の少ない場所に移動して、静かな空気が流れる。

「……文化祭、お疲れ」

「ありがとうございます……!」

「カフェ、めっちゃ繁盛してたね。優もずっと頑張ってたし」

「えへへ……見られてたんですね」

軽く笑いながら返すと、廉先輩は一瞬だけ目を細めた。

その表情が、どこか優しくて、でも切なそうで──

「……見てたよ」

ぽつりと落とされたその言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。

少しの沈黙。

夕焼けの光が、私たちの間を静かに照らしていた。

そして廉先輩は、ゆっくりと口を開いた。

「……このあとさ」

「後夜祭、一緒に回らない?」

まっすぐな言葉。

逃げ場なんてないくらい、まっすぐで、優しくて。

(……あ)

その瞬間、全部分かってしまった。

この誘いの意味も、

廉先輩の気持ちも。

胸が、ぎゅっと痛む。

でも──

「……ごめんなさい」

自分でも驚くくらい、はっきりとした声だった。

廉先輩の表情が、一瞬だけ固まる。

「……やっぱり」

小さく、そう呟いた。

まるで、分かっていたみたいに。

「颯汰と、回りたい?」

「……はい」

嘘はつけなかった。

少しの沈黙のあと、廉先輩はふっと笑った。

でもその笑顔は、どこか少しだけ寂しそうで。

「そっか」

短いその一言が、やけに胸に刺さる。

「……優ってさ」

ふいに、少しだけ距離を詰めてくる。

「ほんとずるいよね」

「え……?」

「そんな顔で謝られたら、責めらんないじゃん」

困ったように笑うその顔が、あまりにも優しくて。

(どうしよう……)

涙が出そうになる。

「……でもさ」

廉先輩は一歩だけ近づいて、そっと私の頭に手を乗せた。

「ちゃんと選んだの、偉いと思うよ」

その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

「……ありがとうございます」

やっとの思いでそう言うと、廉先輩は少しだけ視線を逸らした。

「ほんとはさ」

ぽつり、と落ちた声。

「最後くらい、期待してたんだけどね」

その一言が、静かに心に刺さる。

でも次の瞬間には、いつもの軽い調子に戻っていた。

「ま、仕方ないか」

「……っ」

「ほら、早く行きなよ。」

廉先輩はそう言って、私の背をそっと押す。

「じゃあ、」

「いってらっしゃい」

その言葉が、やけに優しくて。

(廉先輩……)

何か言いたくて、でも言葉が出てこない。

「……ありがとうございました!」

精一杯それだけ伝えると、廉先輩は手をひらひらと振った。

「どういたしまして」

夕焼けの中、その姿は少しだけ遠く見えた。

(ちゃんと、向き合わなきゃ)

胸の奥で強くそう思いながら、私は前を向く。

このあと待っている時間へ、進むために。