腹黒王子の愛は、激甘でした。

オムライスを運び終えたあと、私は一度バックヤードに戻って大きく息をついた。

(はあ……思ったより忙しい……!)

文化祭のカフェは大盛況で、次から次へと注文が入ってくる。

嬉しい悲鳴だけど、さすがに体力も気力も削られていく。

「優、そろそろ休憩入っていいよ!」

クラスメイトの声に、私はほっと肩の力を抜いた。

「ありがとう!ちょっと休んでくるね!」

エプロンを外して外に出ると、一気に文化祭のにぎやかな空気に包まれる。

(少しだけでも回れたらいいな……)

そんなことを思っていると──

「お、やっと捕まえた」

聞き慣れた声に振り向くと、そこには廉先輩が立っていた。

「廉先輩!」

「休憩?」

「はい、ちょうど今からで……」

そう言いかけた瞬間、廉先輩はふっと笑って、少しだけ距離を詰めてきた。

「じゃあさ、早速一緒に文化祭回ろ?」

「え……?」

突然の提案に、思わず目をぱちぱちさせる。

(あ、そういえばさっき……)

颯汰先輩と廉先輩、どっちとも回る約束になってたんだ。

しかも時間で交代っていう、ちょっと不思議なルール付きで。

「ほら、時間制なんだからさ。最初は俺の番」

からかうように笑いながら、廉先輩は私の手首を軽く引いた。

「え、あ、はいっ……!」

そのまま流されるように、私は廉先輩と一緒に文化祭の中へと歩き出した。

* * *

「どこ行きたい?」

「えっと……あ、あそこのクレープ美味しそうです!」

「いいね。じゃあ行こっか」

廉先輩は自然な流れで列に並びながら、私の方をちらっと見て笑った。

「優ってさ、分かりやすいよね」

「え!?」

「顔に“食べたい”って書いてあった」

「か、書いてませんよ!」

思わずムキになって否定すると、廉先輩はくすっと楽しそうに笑う。

「そういうとこ」

「……っ」

なんだか見透かされてるみたいで、ちょっと悔しい。

でも──

(なんだろう……この感じ)

颯汰先輩といるとドキドキして落ち着かなくなるのに、

廉先輩といると、自然と肩の力が抜ける。

無理しなくていいというか、そのままの自分でいられる感じ。

クレープを受け取って、近くのベンチに並んで座る。

「はい、半分」

「え!いいんですか?」

「いいよ。どうせ優、両方の味気になってたでしょ」

「……なんで分かるんですか」

「だから顔に書いてあるって」

またからかわれて、思わず頬を膨らませると、

廉先輩は少しだけ優しい目をした。

「……そういう素直なところが優の良い所なんだけどね」

「え……?」

一瞬、空気がふっと変わる。

でも次の瞬間には、廉先輩はいつもの調子に戻っていた。

「ほら、溶ける前に食べな」

「あ、はい……!」

(今のって……気のせい?)

少しだけ胸がざわつく。

でも嫌な感じじゃなくて、どこかくすぐったいような感覚。

* * *

そのあとも、射的やお化け屋敷を回ったりしながら時間はあっという間に過ぎていく。

「優、怖がりすぎ」

「だって本当に怖いんですもん……!」

お化け屋敷の出口でそう言うと、廉先輩は声を出して笑った。

「ずっと袖掴んでたし」

「そ、それは……!」

言い返そうとして、言葉に詰まる。

だって無意識だったし……。

(うぅ、恥ずかしい……!)

そんな私を見て、廉先輩は少しだけ目を細めた。

「……でも、優に頼ってもらえるの嬉しいよ」

その言葉はさっきよりも柔らかくて、どこか安心する響きだった。

「ありがとうございます……?」

戸惑いながらそう返すと、廉先輩は満足そうに笑う。

「素直でよろしい」

ポン、と軽く頭を撫でられる。

(あ……)

この感覚、どこかで──

そう思った瞬間、遠くから颯汰先輩が歩いてくるのが見えた。

「廉、そろそろ交代」

「……あーあ、もう時間か」

廉先輩が少しだけ残念そうに呟く。

「じゃあ、そろそろバイバイだね」

「はい……」

少し名残惜しさを感じながら立ち上がると、廉先輩はふっと優しく笑った。

「楽しかった?」

「はい!すごく!」

迷いなくそう答えると、廉先輩は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに嬉しそうに笑った。

「そっか」

そして、ほんの少しだけ声のトーンを落として──

「……ならよかった」

その表情は、どこか優しくて、少しだけ切なそうにも見えた。

(……?)

不思議に思いながらも、私は軽くお辞儀をして颯汰先輩の所へと向かう。

その背中を見送りながら、廉は小さく息を吐いた。

「……ほんと、楽しかったな」

さっきまでの笑顔を思い出して、苦笑する。

「余計に、好きになっちゃうじゃん」

誰にも聞こえない声でそう呟いて、廉はゆっくりと視線を逸らした。