腹黒王子の愛は、激甘でした。

昼休み。
いつもの噴水前。

颯汰先輩と並んで座りながら、お弁当を広げる。

他愛もない会話。
テストの話、クラスの話。

そのどれもが、心地いいはずなのに――

(なんか、ちょっとだけ落ち着かない…)

「この前のテスト、どうだった?」

「えっと…思ったよりはできました!」

「へえ、頑張ったんだね」

優しく笑う颯汰先輩。

その表情に、胸がきゅっとなる。

(やっぱり好きだな…)

そう思った瞬間、

「最近さ」

不意に、颯汰先輩が口を開いた。

「優、ちょっと変わったよね」

「……え?」

ドクン、と心臓が跳ねる。

「なんていうか…前より少し距離ある気がする」

(そ、それは先輩の事を意識しちゃってるからで…)

「そ、そんなことないですよ!」

慌てて否定するけど、

颯汰先輩はじっと私を見つめてくる。

逃げられない。

「ほんとに?」

「……っ」

言葉が詰まる。

(どうしよう…)

(本当のことなんて言えない…)

「もし何かあったなら、ちゃんと話してほしい」

「俺、優のこと分からなくなるの嫌だから」

その言葉に胸が締め付けられる。

(ちゃんと向き合わなきゃって思ってるのに…)

(まだ、心の準備が…)

「私は……」

言葉が上手く出てこなくて口をつぐんでしまう。

私はなんとなく視線を落としたまま、言葉を探していた。
 
すると、

「……優」
 
低く、少しだけ真剣な声。
 
顔を上げると、

颯汰先輩がまっすぐこちらを見ていた。
 
ドクン、とまた心臓が鳴る。

「優さ」

颯汰先輩は少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、

「最近、俺より廉と話す方が自然に見える」
 
「……え?」
 
思わず目を見開く。
 
「さっきも、俺と話してるときより楽しそうだった気がして」
 
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
 
(そんなことないのに…!)
 
「ち、違います!」

思わず強く否定してしまう。
 
「私、そんなつもりじゃ――」
 
言いかけて、止まる。
 
(じゃあ、なんでこんなにうまく話せないの…?)
 
颯汰先輩の前だと、意識しすぎて言葉が詰まる。

それだけなのに――
 
「……ごめん」
 
ぽつりと、颯汰先輩が呟いた。
 
「こんなこと聞くつもりじゃなかったんだけど」
 
少しだけ困ったように笑う。
 
「でも、気になってる自分がいて」
 
その表情は、いつもみたいに余裕があるものじゃなくて――
 
(……あれ?)
 
(颯汰先輩、もしかして…不安になってる?)
 
初めて見るその姿に、胸がぎゅっとなる。
 
(私のせいだ…)
 
「颯汰先輩」
 
私は一歩、少しだけ近づいた。
 
「廉先輩と話すのは…確かに楽しいです」
 
正直に言う。

でも、そのまま続けた。
 
「でもそれと、颯汰先輩とは全然違います」
 
「……違う?」
 
「はい」
 
ちゃんと伝えなきゃ。
 
「颯汰先輩といると…その……」
 
(やばい、言葉にできない…!)
 
顔が一気に熱くなる。
 
「ちょっと、うまく話せなくなるだけで…」
 
精一杯、絞り出した言葉。
 
沈黙が落ちる。
 
颯汰先輩は、少しだけ驚いたような顔をしていた。
 
そして――
 
「……そっか」
 
ふっと、柔らかく笑った。
 
「それ聞いて安心した」
 
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
 
「ごめんね、変なこと聞いて」
 
「い、いえ!」
 
私はぶんぶんと首を振る。
 
(ちゃんと伝えられた…かな…?)
 
少しだけ、空気が軽くなる。
 
だけど――
 
お互いに“全部”は言えていない。
 
それでも、

さっきよりは確実に距離が近づいた気がした。
 
 
そして私はまだ気づいていない。
 
このやり取りをきっかけに、
颯汰先輩の中で、何かが大きく動き始めていることに――。