腹黒王子の愛は、激甘でした。

昼休み。

いつもと同じように優と待ち合わせをしているはずなのに、今日はやけに落ち着かない。

(……なんだろうな、この感じ)

胸の奥が、ざわついている。

理由は分かってる。

――廉だ。

昨日のあの会話が、ずっと頭から離れない。

『俺も、本気になっちゃうよ?』

言葉にはしていなかったけど、あいつの表情で分かった。

長い付き合いだ。

嫌でも気づく。

(本当はもう、好きなんだろ)

ふっと息を吐いたそのとき、

「颯汰先輩!」

明るい声が耳に届く。

顔を上げると、少し小走りでこちらに来る優の姿。

その瞬間――

(……ああ、やっぱり)

胸が一気に締めつけられる。

可愛い、とかじゃない。

そんな軽いものじゃない。

もっと、どうしようもないくらいの何か。

「お待たせしました!」

「いや、今来たところ」

そう言いながら、自然に笑う。

……つもりだった。

でも。

(近い)

優が、いつもより近く感じる。

いや、違う。

“近づけてる”のは自分だ。

気づけば、無意識に距離を詰めていた。

「……颯汰先輩?」

不思議そうに見上げてくる優。

その顔が近くて、

思わず手を伸ばしそうになる。

(……何やってんだ、僕)

ギリギリで踏みとどまる。

今までなら、こんなことなかった。

もっと余裕を持って、優と接していられたのに。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ」

誤魔化すように笑う。

でも、内心はぐちゃぐちゃだった。

(……落ち着け)

ただ一緒に昼ごはんを食べるだけ。

それだけなのに。

どうしてこんなに意識してるんだ。

どうしてこんなに――

(取られたくない、なんて思ってるんだ)

その考えに、自分で少し驚く。

今まで、こんなふうに思ったことはなかった。

でも今は違う。

優が他の誰かと笑っているところを想像するだけで、胸の奥がざわつく。

「颯汰先輩?」

「……ん?」

「今日、なんかぼーっとしてません?」

「そんなことないよ」

即答する。

でもきっと、バレてる。

「本当ですか?」

くすっと笑う優。

その無防備な笑顔に、心臓が大きく跳ねた。

(……やばいな)

完全に、余裕がない。

気づけばまた、距離が近づいている。

「優」

「はい?」

名前を呼ぶだけで、こんなに意識するなんて。

「……最近さ」

言葉を選ぼうとするけど、うまくまとまらない。

本当は聞きたい。

廉のこと。

どこまで仲良くなったのか。

何を話しているのか。

でも――

(そんなの、聞けるわけないだろ)

「どうしたんですか?」

首を傾げる優。

その仕草に、思考が止まりかける。

(……ダメだ)

このままじゃ、ボロが出る。

そう思った瞬間、

「お!、今日も仲良しだね~」

軽い声が横から入った。

振り向かなくても分かる。

「廉」

そこには、いつものように余裕そうに笑う廉が立っていた。

でも、その目は。

――ちゃんと見てる。

さっきからのやり取りも。

距離感も。

全部。

(……見られてたか)

内心、舌打ちしたくなる。

「廉先輩!」

優は嬉しそうにそっちを向く。

その一瞬で、優の意識が離れる。

それだけで、胸の奥がチクリと痛んだ。

(ほんと、分かりやすいな俺)

自嘲気味に思う。

「お昼ごはん?」

「はい!」

いつもの調子。

でも――

(距離、近すぎだろ)

優の隣で楽しそうに話す廉。

当たり前みたいに。

それを見た瞬間、

胸の奥がざわっと波立つ。

(……落ち着け)

ただの幼なじみだ。

ただの後輩だ。

そう言い聞かせるのに、

視線がどうしてもそこに向いてしまう。

楽しそうに話す二人。

その空気に、自分だけ少し置いていかれているような感覚。

(……こんなの、初めてだ)

いつもなら、こんなことで揺れたりしない。

もっと余裕でいられた。

全部コントロールできていた。

でも今は――

(全然、余裕ないな)

ふっと、小さく息を吐く。

そのとき、

廉と目が合った。

その目ははっきりと何かを伝えようとしていた。

「……」

しかし何も言わずに視線を逸らす。

(……急がないと)

廉の言葉が頭をよぎる。

『早く付き合えって』

(……そうだな)

こんなふうに焦るくらいなら。

こんなに余裕なくなるくらいなら。

いっそ――

そこまで考えて、

ふと優の笑顔が視界に入る。

無邪気で、何も知らない笑顔。

(……まだ、だめか)

その笑顔を見た瞬間、

踏み込むのを躊躇ってしまう自分がいた。

でも。

胸の奥のざわつきは、消えない。

むしろ、どんどん大きくなっていく。

(ほんと、厄介だな)

自分でも苦笑したくなる。

こんなに余裕を失うなんて。

全部――

優のせいだ。

そしてきっと、

この状況を一番冷静に見ているのは。

(……廉なんだろうな)

少し離れた位置で、

何も言わずに笑っているあいつを見ながら、

颯汰は静かに拳を握った。