腹黒王子の愛は、激甘でした。

あれから勉強会は順調に進み、時刻は5時を指していた。

「そろそろ時間も遅いし、今日はここまでにしようか」

優は少し落ち込んだような素振りを見せたものの、すぐに明るい笑顔を浮かべた。

「はい!颯汰先輩、廉先輩、今日はお時間を取ってくださりありがとうございました!」

「とってもわかりやすかったです!」

そう言ってササッと荷物をまとめて、ペコリとお辞儀して優は生徒会室を出ていった。

優が帰った後の生徒会室は、さっきまでの空気が嘘みたいに静まり返っている。

さっきまで確かにそこにあった柔らかい空気は、もうどこにもない。

残っているのは、妙に張り詰めた沈黙だけだった。

カタン、と椅子が鳴る。

「……帰ったね」

先に口を開いたのは、颯汰だった。

いつもの柔らかい声色。

でもその奥に、ほんのわずかに刺のようなものが混じっている。

「だな」

廉は軽く答えながら、机の上に置かれたノートをパラパラとめくる。

けれど視線は文字を追っていない。

お互いに分かっていた。

――これはただの世間話じゃない。

「最近さ」

颯汰がぽつりと呟く。

「優とよく一緒にいるよね、廉」

一瞬、空気がピンと張り詰めた。

遠回しな言い方。

でも、意図ははっきりしている。

廉は少しだけ笑って、肩をすくめた。

「たまたまだろ」

「そう?」

颯汰はゆっくりと顔を上げる。

その目は、いつもの穏やかなものじゃない。

まっすぐに、探るように廉を見ていた。

「たまたまにしては、距離近い気がするけど」

ストレートな一言。

思わず、廉は一瞬だけ言葉に詰まった。

(やっぱ気づいてるよな)

颯汰は鈍くない。

むしろ、こういう変化には異様に敏感だ。

少しの沈黙のあと、廉はふっと息を吐いて笑った。

「……心配してんの?」

「心配、ね」

颯汰はその言葉を繰り返す。

そして、小さく笑った。

「どうだろうね」

曖昧な返し。

でも、その目は全く笑っていない。

「優はさ」

颯汰が続ける。

「誰にでも優しいから」

その言葉に、廉の胸が少しだけチクッと痛む。

「勘違いする人が出てもおかしくないと思うんだ」

――それ、俺のこと言ってんのかよ。

そう言い返したくなるのを、ぐっと飲み込む。

代わりに廉は、少しだけ視線を逸らして笑った。

「安心しろよ」

そして、あえて軽く言う。

「俺は颯汰のこと、ちゃんと応援してるから」

その言葉に、今度は颯汰が一瞬だけ黙った。

「……応援?」

「そ」

廉は椅子の背もたれに体を預けて、天井を見上げる。

「お前、分かりやすいし」

「……そうかな」

「バレバレだろ」

くすっと笑う廉。

その軽さとは裏腹に、胸の奥は少しずつ締め付けられていた。

(ほんと、笑えるよな)

応援してる、なんて。

自分で言ってて、どこか皮肉に聞こえる。

だって――

(俺も、好きになっちゃったのに)

優のまっすぐな言葉。

あの時の笑顔。

頭から離れない。

でも、それでも。

「お前がちゃんと捕まえないと、誰かに取られるかもな」

わざと茶化すように言う。

颯汰の視線が、わずかに鋭くなる。

「それ、脅し?」

「まさか」

廉は笑う。

「忠告」

その一言に、また静寂が落ちた。

少しの間のあと――

「……廉」

颯汰が静かに名前を呼ぶ。

「なに」

「もし」

颯汰はほんの一瞬だけ言葉を選んで、

「もし優のこと、少しでもそういう目で見てるなら」

その言葉に、空気が一気に張り詰める。

「遠慮はしないよ」

はっきりとした宣言だった。

いつもの優しい颯汰じゃない。

会長としてでもなく、幼なじみとしてでもない。

――1人の“男”としての言葉。

その瞬間、

廉は小さく笑った。

「知ってるよ」

そして、ゆっくりと颯汰を見る。

「だから言ってんだろ」

少しだけ、声のトーンが落ちる。

「早く付き合えって」

冗談みたいな言い方。

でも、その奥には確かな本音があった。

「……」

颯汰は何も言わない。

廉は視線を逸らして、ぽつりと続ける。

「じゃないとさ」

ほんの少しだけ、声が掠れる。

「俺、本気になっちゃうよ?」

その言葉に、颯汰の目がわずかに揺れた。

けれど廉はもう、それ以上何も言わなかった。

「俺、先帰るわ」

立ち上がって、軽く手を振る。

「じゃあな、会長」

いつも通りの軽い調子。

でも扉に手をかけた瞬間、

(……ほんと、ダサいな俺)

心の中で苦笑する。

応援したいのに。

諦めきれない。

そんな中途半端な自分が、どうしようもなく嫌になる。

ガチャ――

扉を開けて、外に出る。

静かな廊下に出た瞬間、

「……はぁ」

小さく息を吐いた。

(早くしろよ、颯汰)

そうしないと――

(俺、もう止まれなくなるかもしれないから)

誰にも聞こえないその本音は、

静かな廊下に溶けて消えていった。