腹黒王子の愛は、激甘でした。

それは、ある昼休みの出来事だった。

「優」

後ろから名前を呼ばれて、私はびくっと肩を揺らした。

振り返ると、そこには颯汰先輩が立っていた。

(……やばい、まだちょっと慣れない)

前みたいに避けることはなくなったけど、こうして不意に話しかけられるとやっぱりドキドキしてしまう。

「お昼、これから?」

「え、あ、はい!」

慌てて頷くと、颯汰先輩は少しだけ笑って、

「よかったら一緒にどう?」

と、さらっと言った。

(い、一緒に……!?)

一瞬思考が止まる。

でも断る理由なんてなくて、

「は、はい!ぜひ!」

気づけばそう答えていた。

 

* * *

 

いつもの噴水前。

並んで座る距離が、前より少しだけ近く感じる。

(うぅ……落ち着かない……)

心臓の音がうるさくて、何を話せばいいのか分からなくなる。

そんな私を見て、颯汰先輩がくすっと笑った。

「そんなに緊張してる?」

「し、してないです!」

即答してしまって、余計に恥ずかしくなる。

「ふふ、顔に出てるよ」

(うぅ……バレてる……!)

顔の熱を誤魔化すように、お弁当を開く。

少しの沈黙。

でも、不思議と嫌な空気じゃない。

むしろどこか心地よくて——

「そういえば」

颯汰先輩がふと口を開いた。

「もうすぐテストだよね」

「……あ」

その一言で、現実に引き戻される。

(そうだった……テスト……)

一気に気が重くなって、思わず肩を落とした。

その様子を見て、颯汰先輩が少し首を傾げる。

「もしかして、苦手?」

「……はい」

小さく頷く。

「正直、全然自信なくて……」

最近はずっと色々考えすぎてて、全然勉強に集中できていなかった。

「このままだと絶対やばいです……」

ため息まじりにそう言うと、

「そっか」

颯汰先輩は少し考えるように視線を落とした。

そして——

「じゃあ、一緒に勉強する?」

「……え?」

思わず顔を上げる。

「テスト期間は生徒会の仕事もなくなるし、丁度僕も復習したいと思ってたから」

さらっと言われたその言葉に、心臓が跳ねる。

(い、一緒に勉強……!?)

それってつまり——

放課後、一緒に過ごす時間が増えるってことで。

「どう?」

優しく覗き込まれて、私は一瞬言葉を失った。

(断る理由なんて……ないよね)

むしろ——

(めちゃくちゃ嬉しい……)

「……ぜひ、お願いします!」

そう言うと、颯汰先輩はふっと柔らかく笑った。

「よかった」

その一言が、やけに胸に響く。

(……こんなの、絶対意識しちゃうじゃん)

私はまた顔が熱くなるのを感じながら、慌てて視線を逸らした。

 

* * *

 

放課後。

約束通り、生徒会室の一角で勉強をすることになった。

「ここ分かる?」

「えっと……全然分かんないです……」

「じゃあここから説明するね」

颯汰先輩は隣に座って、ノートを覗き込みながら丁寧に教えてくれる。

距離が近い。

近すぎる。

(む、無理……集中できない……!)

説明は分かりやすいのに、意識がそっちに向かない。

ふと横を見ると、真剣な表情の颯汰先輩。

(……かっこいい)

なんて思ってしまって、余計にダメだ。

「優?」

「は、はいっ!?」

「ちゃんと聞いてる?」

「き、聞いてます!」

慌てて返事をすると、颯汰先輩は少しだけ笑った。

「ほんとに?」

(バレてる……!?)

恥ずかしくて俯くと、

「まぁ、焦らなくていいよ」

優しい声が降ってくる。

「分かるまで付き合うから」

その言葉に、胸がじんわり温かくなる。

(……やっぱり優しい)

こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

そう思ってしまう自分がいる。

そのとき——

ガチャッ。

不意にドアが開く音がした。

「あれ?優?」

聞き慣れた声に、私ははっと顔を上げる。

そこに立っていたのは——

「廉先輩……!?」

思わず名前を呼ぶと、

廉先輩はニヤッと笑って、こちらを見た。

「へぇ、2人で勉強会?」

その視線はどこか意味ありげで——

一瞬で、空気が変わる。

(え……なんか、空気……)

さっきまでの穏やかな時間が、

少しだけ揺らいだ気がした。

そしてその変化に、私はまだ気づいていなかった。

——これから、何が起こるのかを。