腹黒王子の愛は、激甘でした。

あの日の放課後から数日。

私はいつも通り、教室で明日華と並んで授業を受けていた。

「……でさ、この問題さっきの応用なんだけどさ〜」

「え、ちょっと待って!?全然分かんないんだけど!」

明日華が教科書を指さしながら説明してくれる。

その様子に、私は思わずくすっと笑った。

(……なんだか、いつも通りだなぁ)

あの時、颯汰先輩とちゃんと話すって決めたのに。

結局まだ、何も伝えられていない。

けれど不思議と、前みたいに避けることはなくなっていた。

廊下ですれ違えば軽く挨拶をして、
目が合えば少しだけ笑い合う。

——それだけ。

それ以上でも、それ以下でもない距離。

(でも……それでいいのかな)

ノートに視線を落としながら、ぼんやり考える。

前よりも近くなった気がするのに、
肝心なところにはまだ触れられていない。

「優?聞いてる?」

「え!?あ、ごめん!」

明日華の声で我に返る。

「もしかしてまた考え事してたでしょ〜?」

ニヤニヤしながら覗き込んでくる明日華に、私は慌てて首を振った。

「ち、違うよ!」

「ほんとに〜?最近なんか怪しいんだけど〜?」

(うっ……鋭い……)

思わず言葉に詰まると、明日華は楽しそうに笑った。

「まぁいいけど!はい、ここ解き方ね!」

そう言ってまた問題の説明を再開する。

その明るさに救われるような気持ちになりながら、私はペンを動かした。

——キーンコーン、カーンコーン。

授業終了のチャイムが鳴る。

「はぁ〜やっと終わった〜!」

明日華は大きく伸びをした。

「ねぇ優、知ってる?もうすぐテストだよ?」

「……え?」

一瞬、思考が止まる。

「来週から中間テストでしょ?」

「え、ちょっと待ってそれ初耳なんだけど!?」

「いやいや前から言われてたって!」

明日華は呆れたように笑う。

(うそでしょ……全然頭に入ってなかった……)

最近ずっと、颯汰先輩のことばっかり考えてて、

正直それどころじゃなかった。

「やばい……全然勉強してない……」

「でしょ〜?だから今日から一緒に勉強しよ!」

明日華がぐっと拳を握る。

「え、今日から!?」

「当たり前!今回の範囲広いんだからね!」

その言葉に、私はがくっと肩を落とした。

(恋愛どころじゃなくなってきたかも……)

そんなことを思いながら教科書を片付けていると、

ふと廊下の方がざわついているのに気がついた。

何気なくそちらを見ると——

そこには、颯汰先輩の姿があった。

誰かに呼ばれたのか、足を止めて話している。

相変わらず周りには人がいて、

その中心で自然に笑っている姿が目に入る。

(……やっぱり、すごいなぁ)

遠くから見てるだけなのに、胸が少しだけ締めつけられる。

でも——

(ちゃんと話すって、決めたんだから)

私は小さく息を吸った。

焦らなくていい。

逃げないって決めたから。

ちゃんと、自分の気持ちと向き合ってから。

「優〜?帰るよ〜?」

「あ、うん!」

明日華に呼ばれて、私は慌てて立ち上がる。

教室を出るとき、もう一度だけ颯汰先輩の方を見た。

ちょうど目が合って、ほんの一瞬だけ微笑み合う。

それだけで、また心臓がうるさくなる。

(……ほんと、単純だな私)

苦笑しながらも、

その感情を大事にしたいと思った。

恋も、テストも。

どっちもちゃんと向き合わなきゃ。

そんなことを思いながら、

私は明日華と並んで、いつも通りの帰り道を歩き出した。