腹黒王子の愛は、激甘でした。

あの日からも、私は颯汰先輩を避け続けていた。

理由は分かってる。

分かってるのに、どうしたらいいか分からない。

(このままじゃダメなのに……)

そう思って鞄を持ち、足早に教室を出ようとした、その時だった。

「優」

名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。

(……っ、)

ゆっくり振り返ると、そこには颯汰先輩が立っていた。

逃げたい。

でも、逃げちゃダメだ。

そんな気持ちが頭の中でぐるぐるする。

「……ちょっといい?」

優しく問いかけられて、私は一瞬迷ってしまう。

でも——

(もう、ちゃんと向き合わなきゃ)

小さく息を吸って、

「……はい」

と頷いた。

人の少ない廊下の端まで移動する。

颯汰先輩と向かい合った瞬間、胸がぎゅっと苦しくなった。

(やっぱり……近いとダメだ)

顔が熱くなっていくのが分かる。

でも、今は逃げないって決めた。

「……最近、避けてるよね」

その一言に、胸がドクンと大きく鳴る。

やっぱり、気づかれてた。

「そんなこと……」

否定しようとしたけど、言葉が続かなかった。

だって、本当は——

(避けてるのは、事実だから)

ぎゅっと手を握りしめる。

どうしよう。

なんて言えばいいのか分からない。

「俺、何かした?」

その言葉に、ハッと顔を上げた。

違う。

颯汰先輩は何も悪くない。

悪いのは全部——

「……違うんです」

気づけば、そう口にしていた。

「先輩が何かしたとかじゃなくて……」

声が少し震える。

でも、ちゃんと伝えなきゃ。

私はゆっくり顔を上げた。

颯汰先輩と目が合った瞬間、また胸が苦しくなる。

(ああ……やっぱり)

こんなにドキドキして、

こんなに苦しくなる理由なんて、

もう、とっくに分かってる。

「その……私が……」

そこまで言って、言葉が止まる。

——“好きだからです”

その一言が、喉の奥で引っかかる。

言いたいのに、言えない。

怖い。

もしこの関係が変わってしまったらどうしよう。

今みたいに、優しくしてもらえなくなったらどうしよう。

そんな考えが、一気に押し寄せてくる。

(……言えない)

唇をきゅっと結ぶ。

でも、このまま何も言わないのも違う。

颯汰先輩は、ちゃんと向き合おうとしてくれてるのに。

(私も……逃げちゃダメだ)

ぎゅっと目を閉じて、深呼吸を一つ。

そして、覚悟を決めて顔を上げた。

「……ちゃんと、話します」

自分でも驚くくらい、まっすぐな声が出た。

颯汰先輩の目が少し見開かれる。

「だから……少しだけ、時間ください」

今すぐは、まだ言えない。

でも、ちゃんと伝えるって決めたから。

逃げないって決めたから。

私はそう言って、ぎゅっと手を握りしめた。

少しの沈黙のあと、

「……分かった」

颯汰先輩は、短くそう言った。

その声は優しくて、責めるような色は一切なかった。

(よかった……)

胸の奥に張りつめていたものが、少しだけほどける。

思わず小さく息を吐くと、

颯汰先輩が優しくこちらを見ていた。

「待つよ」

その一言に、胸がぎゅっと締めつけられる。

(……ずるい)

そんな風に言われたら、

ちゃんと向き合うしかなくなる。

でも、不思議と嫌じゃなかった。

むしろ——

(ちゃんと、伝えたい)

そう思えた。

私は小さく頷いて、

「……ありがとうございます」

と答えた。

颯汰先輩は、少しだけ安心したように笑った。

その笑顔を見た瞬間、

また胸がドクンと鳴る。

(やっぱり、好きだな……)

心の中でだけ、そっと呟く。

まだ言葉にはできないけど。

でもきっと、もうすぐ——

ちゃんと伝えられる。

そんな予感が、胸の奥で静かに広がっていた。