腹黒王子の愛は、激甘でした。

あれから数日。

私は相変わらず颯汰先輩を避け続けていた。

廊下で見かけても目を逸らして、

生徒会室にもなるべく近づかないようにして、

関わる機会を必死に減らしている。

(こんなのダメだって分かってるのに…)

分かってるのに、

どうしても顔を見れない。

話しかけられるのが怖い。

もし、今まで通りに接してくれたら──

嬉しくて、でも苦しくて、

きっと自分がどうにかなってしまいそうで。

「はぁ…」

小さくため息をこぼしながら、人気の少ない校舎裏へ足を運ぶ。

ここなら、少しは落ち着ける気がした。

ベンチに腰を下ろして、空を見上げる。

(どうしよう……このままでいいのかな)

逃げてばかりの自分が情けない。

でも、どうすればいいのか分からない。

そんな風にぐるぐる考えていると──

「やっぱりここにいた」

不意に、聞き慣れた声がした。

「……え?」

驚いて振り向くと、そこには廉先輩が立っていた。

「廉先輩…!?」

「優、最近ここ来ること多いでしょ」

そう言いながら、当たり前みたいに隣に座る。

(なんで分かったんだろう…)

驚いている私を見て、廉先輩はクスッと笑った。

「顔に書いてあるよ。“一人になりたいです”って」

「えっ!?そんなに分かりやすいですか!?」

思わず慌てると、

「うん、めちゃくちゃ分かりやすい」

と、即答されてしまった。

(うぅ…恥ずかしい…)

顔が熱くなるのを感じながら俯くと、

ふと、頭にぽん、と優しく手が置かれた。

「無理して笑うの、やめな?」

「……っ」

その一言で、

張りつめていたものが一気に緩みそうになる。

「最近の優、ちょっと頑張りすぎ」

優しい声。

責めるでもなく、ただ寄り添うような言い方。

それが、今の私にはすごく刺さった。

「……そんなこと、ないです」

そう言いながらも、声は少し震えていた。

自分でも、無理してるって分かってるから。

「あるでしょ」

即座に返ってくる言葉。

逃げ場をなくされるみたいで、

でも不思議と嫌じゃなかった。

しばらく沈黙が流れる。

その空気が、妙に心地よくて。

「……颯汰のこと?」

ぽつりと落とされた言葉に、

心臓が大きく跳ねた。

「っ、なんで…」

驚いて顔を上げると、

廉先輩は少しだけ困ったように笑っていた。

「そりゃ分かるよ。あいつのこと、露骨に避けてるし」

「……っ」

図星すぎて何も言えない。

視線を逸らすと、廉先輩は小さくため息をついた。

「ケンカしたわけじゃなさそうだし、理由もなんとなく分かるよ」

「え……?」

思わず聞き返す。

(理由、分かるの…?)

私が戸惑っていると、

廉先輩はふっと優しく目を細めた。

「好きなんでしょ、颯汰のこと」

「……っ!!」

一瞬で顔が熱くなる。

言葉が出ない。

否定しようとするのに、

声が出てこない。

そんな私を見て、

廉先輩は「あーやっぱり」と小さく笑った。

「分かりやすすぎ」

「や、やめてください…!」

恥ずかしさでいっぱいになって、思わず顔を覆う。

(なんでバレるの!?)

「まあでも、気持ちは分かるかな」

ふいに、少しだけトーンの落ちた声。

顔を上げると、廉先輩はどこか遠くを見るような目をしていた。

「好きって気づいた瞬間、今まで通りにいられなくなるよね」

「……」

その言葉に、静かに頷く。

まさに今の私がそうだから。

「目、合わせるのも無理になるし」

「はい…」

「ちょっと優しくされるだけで、変に期待しちゃうし」

「……はい…」

全部、当たってる。

まるで自分の気持ちを代弁されているみたいだった。

「でもさ」

廉先輩はそこで一度言葉を区切って、

私の方をまっすぐ見た。

「それでも避け続けるのは、しんどくない?」

「……っ」

胸がぎゅっと締めつけられる。

しんどい。

すごくしんどい。

でも──

「……怖いんです」

気づけば、ぽつりと本音がこぼれていた。

「バレたらどうしようって…嫌われたらどうしようって…」

声が少し震える。

そんな私を見て、

廉先輩はふっと優しく笑った。

「優はさ」

そして、ゆっくりと頭を撫でながら言う。

「ほんとに、優しいよね」

「……え?」

「自分のことより、相手のことばっか考えてる」

その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。

「でもさ」

次の言葉は、少しだけ低くて、

どこか真剣な響きを帯びていた。

「それ、全部颯汰のため?」

「……っ」

ドクン、と心臓が鳴る。

一瞬、言葉に詰まる。

「たまには、自分の気持ち優先してもいいんじゃない?」

まっすぐな視線。

逃げ場を与えないような、それでいて優しい言葉。

「……廉先輩…」

名前を呼ぶと、

廉先輩は少しだけ困ったように笑った。

「ま、俺は」

そして、ほんの少しだけ距離を詰めて、

小さな声で続ける。

「優が無理してる顔見るくらいなら、こっち向いてくれた方が嬉しいけど」

「……え?」

意味を理解する前に、

廉先輩はいつもの軽い調子に戻っていた。

「ほら、せっかくの昼休みだし。もう少しゆっくりしよ?」

「……はい」

さっきまでの重たい気持ちが、

少しだけ軽くなっていることに気づく。

(廉先輩って…すごいな)

自然に心に入り込んできて、

気づいたら楽にしてくれている。

でも同時に、

さっきの言葉が、頭から離れなかった。

『こっち向いてくれた方が嬉しいけど』

その意味を考えようとすると、

また心臓が少しだけ騒がしくなるのだった。