腹黒王子の愛は、激甘でした。

翌朝。

校門をくぐった瞬間から、私の心臓はずっと落ち着かないままだった。

(どうしよう……会ったらどうしよう……)

昨日、自分の気持ちに気づいてしまってからというもの、頭の中はずっと颯汰先輩のことでいっぱいだった。

嬉しいはずなのに、どうしていいか分からなくて。

今までみたいに話せる自信なんて、どこにもない。

靴箱で上履きに履き替えるだけでも、妙にそわそわしてしまう。

(落ち着いて、私……普通にしてればいいだけだよね)

そう自分に言い聞かせながら廊下を歩き出すけど、足取りはどこかぎこちない。

すれ違う人の中に颯汰先輩がいないか、無意識に目で探してしまう自分がいる。

(……って、何やってるの私!)

会いたくないはずなのに、探してしまうなんて矛盾してる。

そんな自分に戸惑っていると、そのとき──

「優」

聞き慣れた声が、すぐ後ろから聞こえた。

(……っ!!)

体がビクッと大きく震える。

一瞬で心臓が跳ね上がった。

振り返らなくても分かる。

この声は──颯汰先輩だ。

(無理無理無理無理!!)

頭の中で警報みたいに同じ言葉が鳴り響く。

どうしよう、どうしよう。

顔見たら絶対、普通でいられない。

昨日のこと全部思い出して、変な顔になるに決まってる。

私はとっさに俯いて、

「お、おはようございますっ!」

とだけ言って、

目も合わせずにそのまま通り過ぎてしまった。

自分でも驚くくらい、早口で。

逃げるみたいに、その場を離れる。

「……え?」

後ろから、戸惑った声が聞こえた。

その一言が、胸にチクッと刺さる。

でも、止まれない。

(今、絶対顔見れない……!)

歩くスピードがどんどん速くなる。

ほとんど小走りみたいになりながら、必死に前だけを見て進む。

(やばい……どうしよう……)

胸が苦しい。

さっき名前を呼ばれただけなのに、こんなにも心臓がうるさいなんて。

顔も熱くて、今誰かに見られたら絶対バレる。

(絶対おかしいって思われたよね……)

さっきの颯汰先輩の反応を思い出して、さらに不安になる。

昨日まで普通に話してたのに、

いきなり目も合わせずに逃げるなんて、どう考えても変だ。

(でも……無理だよ……)

ぎゅっとスカートの端を握りしめる。

好きだって気づいた瞬間から、

全部が変わってしまった。

あの優しい笑顔も、

名前を呼んでくれる声も、

少し近づくだけでドキドキしてしまう距離も、

全部が意識しすぎてしまって、

今までみたいに“普通”でいられない。

(どうしたらいいの……)

教室のドアが見えてきて、少しだけホッとする。

ここまで来れば、もう大丈夫。

颯汰先輩と顔を合わせなくて済む。

そう思った瞬間──

胸の奥が、ほんの少しだけ痛んだ。

(……あれ)

なんで、少し安心してるのに、

同時にこんなに寂しいんだろう。

教室に入ると、いつもの騒がしい空気が広がっていた。

クラスメイトの笑い声や、机を動かす音。

その日常の中に紛れ込んで、私は自分の席に座る。

「優、おはよー!」

明日華の明るい声に、

「お、おはよう…!」

となんとか笑顔を作って返す。

でも、自分でも分かるくらいぎこちない。

「……あれ?なんか元気なくない?」

鋭い一言にドキッとする。

(やっぱりバレるよね……)

「そ、そんなことないよ!ちょっと寝不足なだけ!」

慌てて誤魔化すと、明日華は少しだけ疑うような目をしたあと、

「そっか、無理しないでね?」

と優しく笑ってくれた。

(ごめんね、明日華……)

心の中でそう呟きながら、机に突っ伏す。

そのまま、誰にも見えないように小さく息を吐いた。

(これからどうしよう……)

颯汰先輩に会うたびに、

今日みたいに逃げ続けるの?

そんなの、絶対おかしい。

でも──

(近づいたら、もっと無理……)

好きだからこそ、

怖い。

バレたくない。

嫌われたくない。

そんな気持ちがぐるぐると頭の中を回る。

ふと、さっきの颯汰先輩の表情が浮かんだ。

驚いた顔。

少し傷ついたような、戸惑ったような声。

『……え?』

あの一言が、何度も頭の中で繰り返される。

(……傷つけちゃった、よね)

胸がぎゅっと締めつけられる。

本当は、あんな態度取りたくなかった。

ちゃんと目を見て、

「おはようございます」って言いたかったのに。

(でも……無理だったんだよ……)

私はぎゅっと目を閉じた。

こうして私は、

自分の気持ちに気づいてしまったせいで──

颯汰先輩を避けるようになってしまった。

そしてその行動が、

これからの関係を大きく変えてしまうなんて、

このときの私は、まだ知らなかった。