腹黒王子の愛は、激甘でした。

明日華と笑い合っていると、グラウンドにアナウンスが響いた。

「それでは最後のプログラム、フォークダンスの準備をお願いします!」

その一言で、さっきまで和やかだった空気が一気にざわつく。

あちこちで

「誰と組むの~!?」

「一緒に踊ろ!」

なんて声が飛び交っている。

(ついに来ちゃった…)

さっきまでの楽しかった気持ちとは別のドキドキが、胸の奥で大きくなっていく。

「優、行ってきなよ」

明日華が背中を軽く押してくる。

「えっ!?」

「颯汰先輩のとこ」

ニヤッと笑う明日華に、私は一気に顔が熱くなる。

「む、無理だよ!!」

思わず大きな声が出る。

(だって颯汰先輩、さっきも女子に囲まれてたし…!)

勇気なんて出るわけない。

そう思っていた――その時。

「優」

聞き慣れた声に、心臓が跳ねた。

振り向くとそこには、颯汰先輩が立っていた。

周りにいた女子たちは少しざわつきながらも、空気を読んだのか距離を取っていく。

(え…なんで…!?)

頭が追いつかないまま固まっていると、

「ちょっといい?」

颯汰先輩は優しく微笑んだ。

その笑顔に、またドキッとする。

「は、はい…!」

私はぎこちなく頷いた。

* * *

少し人の少ない場所まで移動すると、颯汰先輩は足を止めた。

夕方の柔らかい光が差し込んで、横顔がやけに綺麗に見える。

「優」

名前を呼ばれる。

その声は、いつもより少しだけ真剣だった。

「フォークダンスなんだけどさ」

(うっ……来た……!)

一気に心拍数が上がる。

「……僕と踊ってくれない?」

一瞬、時間が止まった気がした。

「え…」

頭が真っ白になる。

(い、今なんて…!?)

「優と踊りたい」

まっすぐな言葉。

迷いのない瞳。

その全部に、胸がぎゅっと締め付けられる。

(こんなの…断れるわけないよ…)

「は、はい…!」

気づいたら、そう答えていた。

すると颯汰先輩は、ほっとしたように少しだけ笑った。

「よかった」

その表情が、なんだかすごく嬉しそうで――

私まで嬉しくなってしまう。

――その瞬間。

「やっぱりそう来たか~」

後ろから聞こえた声に、ビクッと体が跳ねた。

振り返ると、そこには廉先輩が立っていた。

「廉…」

颯汰先輩の声が少し低くなる。

(え…え…!?この状況なに!?)

完全に状況が理解できず、私は2人を交互に見ることしかできない。

廉先輩は少しだけ困ったように笑って、

「優、先に声かけようと思ってたんだけどな」

と、さらっと言った。

「……っ」

その一言に、颯汰先輩の表情がピクリと動く。

「でもまあ」

廉先輩は一歩近づいてきて、

「優が決めたなら仕方ないか」

優しく笑った。

その笑顔はいつも通りなのに、

どこか寂しそうに見えて――

(あ…)

胸がチクッと痛む。

「ご、ごめんなさい…!」

思わずそう言ってしまう。

すると廉先輩は一瞬驚いた後、

「なんで優が謝るの?」

と優しく言った。

「これは俺が遅かっただけだから」

そう言って、ぽんっと私の頭に手を置いた。

「楽しんできなよ」

その言葉は優しいのに、

どこか距離を感じてしまって――

(廉先輩…)

何か言いたいのに、言葉が出てこない。

そんな私たちを見て、颯汰先輩は静かに口を開いた。

「行こう、優」

そっと差し出された手。

(……)

一瞬だけ迷う。

でも――

私はその手を、取った。

* * *

フォークダンスの音楽が流れ始める。

手を繋いだまま、円の中へと入っていく。

(颯汰先輩と手…繋いでる…)

さっきよりもずっと近い距離。

触れている手から、体温がじんわり伝わってくる。

「優」

名前を呼ばれて顔を上げると、

すぐ近くに颯汰先輩の顔があった。

「さっき、廉のとこ行ったでしょ」

ドキッとする。

「……はい」

正直に頷くと、

「そっか」

と一言。

でもその声は、少しだけ低かった。

「優ってさ」

颯汰先輩は視線を外さずに言う。

「ほんと、誰にでも優しいよね」

(え…?)

その言葉の意味が分からず、戸惑う。

「……でも」

少しだけ手に力がこもる。

「それ、ちょっと困るな」

(っ……!?)

心臓が大きく跳ねた。

「僕だけに向けてほしいって思っちゃうから」

――完全に、独占欲だった。

(颯汰先輩……)

頭が追いつかない。

でも、胸だけがうるさくて。

その時――

ダンスの列が進み、手を離すタイミングが来る。

(あ…)

名残惜しいと思った自分に驚く。

次の相手へと移るはずなのに、

なぜか足が止まりそうになる。

そして――

視線の先には、少し離れた場所でこちらを見ている廉先輩の姿があった。

(……っ)

優しい笑顔。

でもその奥にある感情に、私は気づいてしまう。

体育祭は終わったはずなのに、

本当の意味での“勝負”は――

まだ始まったばかりだった。