あさの微熱が醒めない




 ぎゅう、と彼のダークグレーのチェスターコートを握ってしまう。無意識でわたしのわるい癖が出ていた。



「……ねえ、朝霧さん。今日は、かえりたくない」


「何言ってるんですか。浅井さん、酔いすぎです」


「ん〜〜酔ってない。ねえ、かえりたくないの、あさぎりさん、」



 甘ったるい声は、この数年で携えたわたしの武器だ。上目遣いも、パーソナルスペースへの入りかたも、ぜんぶ。


 あいもかわらず捕まらない彼を見上げていれば、不意に分厚いレンズが外された。長い前髪からきれいな末広型二重の瞳がのぞく。思わず息を呑んだ。


 ずっと捕まえられなかった視線はあまりに柔らかくやさしく、それでいて少しだけ危うさが滲んでいた。


 口角が左右対称に緩やかに上がってお手本のような笑みを向けられた。彼の冷たい指先がわたしの頬に触れる。



「……わかりました、いいですよ。その代わり、」


「なぁに?」


「大事にするので、僕の彼女になってください」