【短】おはよう阿呆面



「ヒビノせーんぱい。かわいい後輩が遊びに来てあげましたよ」


かわいげのない男が現れた。


只今、私の通うありふれた公立高校は、とてもありふれた文化祭を開催中。 肌寒い秋風を押しのけるくらいにはそこそこの盛り上がりを見せている。

そんなにぎやかな本校舎の四階。生徒会室を通り過ぎ、閑散とした廊下を進んだ突き当たり。黒幕に覆われた空き教室の前に、受付の手書き文字の札が貼られた席に、私はひとり腰を据えていた。

意地悪に笑う部活の後輩、タカラは、私が正午過ぎに受付を交代して以来、はじめての来訪者だった。


「せっかくの文化祭なのに、普段よりひどい顔ですね」
「誰が中の下よ」
「文化祭マジックで偏差値は詐欺れませんでしたか」
「邪魔するなら帰ってー。私はお客さんを待ってるの」
「来ます?」
「まっったく」
「なら俺は邪魔になりませんね」


空いている隣の席に、タカラは許可も得ず座った。片手に携えた、ボトルのオレンジジュースを、優雅に飲み始める。

自分でかわいいと言うだけある甘い顔立ちは、そのわがままな言動を許されてきた生い立ちを物語っている。

男女逆転の劇で高飛車なお姫様役をやらせたら右に出る者はいないだろうに、実際にタカラのクラスで催すのは執事喫茶だという。下心が見え見えで、行く気が失せる。絶対行かない。


「ここ暇ですね。本当にやってます?」
「あんたこそ暇人?自分とこはいいの?」
「いやだな、わざわざ時間を作って来てあげたのに」
「私、文化祭まわって来ていい?」
「俺の先輩が、職務放棄……?」
「……くっ」


私は軽く浮かせた腰をすぐに椅子に戻した。
廊下にはタカラ以降、足音ひとつない。なぜここにいなければならないのか。


「貴重なセブンティーンを無駄遣いしてる気がする」
「安心してください、まさしく現実ですよ」


今、高校の文化祭という最大の青春が、ただの休み時間に成り下がろうとしている。


「周りは楽しそうなのになあ。なんでここだけこんなに静かなの?」
「あれ?ここ、お化け屋敷ですよね?オカルトミュージアムなんてマニア受け狙ってませんよね?」
「中にはちゃんとお化けいるわよ」


はじめからやる気のない、堕落したお化けどもが。


「そういえば、お化け屋敷って、3年生もどこかやっていませんでしたっけ。たしか、1階の、保健室横で」
「うわ、絶対それのせいだ」
「立地格差えぐいですね」


負け確じゃん。
ドンマイ先輩、とかわいい顔を利用して励まされてもうれしくない。むしろ腹立つ。


「お化け屋敷といえばカップルの定番コースですが、それも敵陣に流れこみましたかね」


ほれみたことか、にっこりスマイルで追い打ちをかけてくる。私はため息をついた。


「はーあ、私のカップルをいじり倒す計画が……」
「なんてこと企てているんですか。自分が独り身だからって」
「文化祭を楽しもうと思って」
「楽しみ方間違えてますよ」


私調べ、タカラに恋人はいないから、計画の対象にはならない。


「聞いた?部長、女子大生と付き合ってんだって」
「ガチですか?」
「ガチ」
「どこ情報?」
「聞いて驚け、部長本人」
「ガチじゃないですか!」
「だからガチだって。今日も来てるらしいよ」


うらやましい。私たちの声がそろった瞬間だった。


「え、てことは、部長はカノジョと……?」
「ザッツライト。ゴートゥーお化け屋敷ランデブー」
「やっぶぁ」


日本生まれ日本育ち、黒目黒髪、ついでに美白なタカラの驚きの発音(リアクション)がとてもネイティブに仕上がっている。私が育てた後輩です。髪の長さと艶、全身から醸し出されるいい人オーラは、私には負けるけれど。

私たちの所属する書道部は、私たち以外に3年の部長と副部長しか部員がおらず、廃部寸前。部活での出し物も、人のいない午前の微妙な時間に書道パフォーマンスして早々に幕を閉じた。そして現在、片やいる意味のない受付係、片やデートの真っ最中。やさぐれたくもなる。


「部長よくやったよね。どこで女子大生捕まえたんだか」
「あの、俺、思ったんですけど」
「なんだい?」
「同性同士が恋するのと、俺ら世代と親世代が付き合うのって、恋愛難易度でいうと同レベルですよね」
「ん?何の話?」
「両思いむずくねって話です」
「え、そういう話なの?」
「そうですよ。部長すごくねって話です」
「そういう話なんだ」


タカラはなぜか神妙な顔つきでうなずく。


「年上ってだけでハードル上がる気しないですか?30以上になるともう未知です。ブラックホール」
「ブラックホールはよくわかんないけど、当然のことじゃない?親と同じ年齢って、そもそも恋愛感情わかないよ」
「無理ですかあ」
「無理無理。だって親じゃん」
「親ではないですが」
「ほぼ親よ」


親の恋愛してる姿を見たくないし、親と同年代の人とそういうふうになるのも鳥肌ものだ。それこそ私の貴重な時間がもったいない。


「部長も女子大生までが限界のようですもんね」
「いや、部長は別に年の差チャレンジしてないからね」


一応、後輩として、部長の面子を立てておく。


「いけても付き合わないでしょふつう」
「いけるならいきますよふつう」
「……タカラ、熟女専なの」
「……い、一回は年上に憧れるものでしょう」


恥じらって顔を逸らすタカラに、私はここぞとばかりにニヤニヤする。


「そうだよねえ、タカラは子どもだもんねえ。にゃんにゃん甘えたいよねえ」
「精神年齢が高いに越したことはありませんよ!」
「にしても高すぎるでしょ!恋人はママとちゃうねんぞ!?」
「知っとるわ!甘えたい気持ちは誰しも持っているでしょう!?」


猫っ毛の髪から覗くタカラの耳は、うっすら赤らんでいる。今なら「かわいい後輩」発言に、なんてことなく同意できる。

見つめすぎていたか、タカラにキッと睨まれた。


「先輩もいつか年の差に悩むときが来たらどうするんですか!」
「逆ギレ!?……でも……うわあ……年の差という点だけで言うと、可能性があって否定できない」
「そうそう、自分の可能性は否定してはいけません。未来は無限大です。何にだってなれます」
「未来、怖い……」


もうしばらくはこのままでいいかもしれないと思ってしまう自分がいる。

うしろの空き教室の中で、すっかり現世になじんだお化けたちの笑い声がひしめいた。

ふと、タカラがひらめいたように目を丸くする。


「あ、さては先輩、年下派?」
「まあ……上より下かな」


身近な「上」を想像して答える。部長も副部長も、好きといえば好きだけど、尊敬の念をひとかじりした程度の好きだ。

部長はいつの間にか年上彼女を捕まえていて憎たらしいし、副部長は副部長で、恋愛で困ったことがないようで、やっぱり憎たらしい。つまり、年上はあてにならない。


「ショタコンですか。犯罪はしちゃだめですよ」
「しないよ!想定が下すぎるよ!きもいよ!」
「その点、年上は法的にOKです」
「OUTだよ。あんたがよくても、相手は社会的に抹殺だよ。私たち、未成年。アンダースタンド?」
「ハイスクールスチューデント、ノー?」
「10代の時点でいろいろと危険でしょうが。お相手を犯罪者に仕立てあげるつもり?」
「あーそっか」
「軽っ」


タカラが本気で考えていないことがわかり、内心ほっとする。ひとまずニュースで後輩が報じられることはなさそうだ。


「じゃあ結局、同い年が最適ということですか」
「そうかもねー。ジェネギャもないし、気ぃ遣うこともないし」
「いや、いやいやいや。気遣いは必要でしょう!親しき仲にも礼儀ありって聞いたことないですか?あ、ないですか」


あるよ、知ってるよ。私のことバカにしすぎ。後輩のくせに。私への礼儀はどこにいったのよ。


「なに、タカラは沈黙とかやなタイプ?」
「そういうんじゃなくて。なんていうんですかね……車道側を歩いたり、椅子を引いてあげたり、連絡をこまめに返したり……そういうことですよ!」
「それはやさしさ」
「はい?」
「気遣いとやさしさはちがうのよ」
「どこがですか」
「気遣いは親切、やさしさは好意から生まれるの。好きな人には気を遣うのではなく、自然とやさしくしたくなるものなのよ」


タカラの手元を一瞥する。オレンジ色のボトルが、窓から射す陽にきらめいている。


「そういえば、それ、私が奢ってあげたよね」
「急な点数稼ぎ。何のためですか、ださいですよ」


書道パフォーマンスのあとに珍しく買ってあげたのだ、自販機で。文化祭の出し物でたくさん飲食がそろっているなかで、自販機。タカラのクラスの執事喫茶が近くにあったけど、自販機。周りのお祭り価格とはちがう、安心安定、いろんな意味でコスパよし。断じてケチったわけではない。


「それを言うなら俺も、先輩がホラー苦手なのを知っているから、遠路はるばる来てあげたんですよ」
「厚かましい男はきらわれるよ?」
「やさしい男は好かれるんですよ」
「女子がみんな言うやつじゃん」
「男も言いますよ、やさしい子がタイプって」


やさしさが好意を生むのか、好意がやさしさを生むのか。にわとりが先かたまごが先かみたいな話になってきた。思考が混乱する。もっと単純な話じゃなかったっけ。


「ヒビノ先輩はどうですか?ちがうんですか?」
「え?そりゃあ、そうね、やさしくない人よりやさしい人のほうがいいよね」
「やさしかったら男女問わずときめきますか?」
「まあ」
「……へえ」
「あ、引いてる!?」


先輩ちょろ、って思ってるんでしょ!そうなんでしょ!

しかし返事はない。よけいに胸にくる。


「黙んないでよ!」
「いえ、未来は無限大っつったの俺だしなあって思って……」
「言ったこと返ってきてるじゃん」
「変なこと言えませんね」
「大丈夫、タカラは常々変なことしか言わないから」


文化祭で浮かれているとかではない。通常運転だ。それに付き合っている私との図も、いつもどおり。今日が土曜日で、イベント中であることを忘れてしまいそうなほどの日常風景。

平和だ。客がいなすぎるあまりに。


「たしかにお化け屋敷ってやさしさアピールにちょうどいいですね」


ほらまた変なことを言い出した。何がたしかになのかわからないし、せめてアピールってワードやめなさい。

でも、元を正せば、やさしさについて説いたり、点数稼ぎを仕掛けたり、そのやさしさアピールとやらをツッコみいじり倒そうとしたりしたのは、私のほう。SNSの投稿にハートをつける気持ちで理解の姿勢を示した。


「キャアッー!って怖がる相手をかっこよく守る。今ごろ部長がやってることよ」
「お化け屋敷は物理的に距離縮まるからいいですよね。好きな人の怖がる顔ってなんであんなかわいく見えるんだろう」
「タカラ……自分が変態発言してる自覚あります?」
「変態言うなし。どうせ先輩だって泣き顔にきゅんとするんでしょ」
「しません。泣き顔より断然笑顔!」
「はい出たテンプレート」
「まごうことなき本心よ」
「ほんと?では、はい」


突然、タカラの顔が近づいた。持ち前のスウィーティーな小顔でにっこりと描いた、プライスレスなスマイルをひとつ、私に差し出した。


「へ?」
「笑顔。俺のは高いですよ?」
「へ、返品。義務笑いはいりません」
「好ききらいはいけませんよ」
「好ききらいとかじゃないの。私がときめくのは心からの笑顔なの。そんな表面的な営業はお断りです」
「えー……心からの笑顔だったのに……」


ガックシ、と効果音がつきそうなほど、タカラの頭が思い切り深く沈んだ。


「あ、あ……いや、その、ごめ……」
「なーんつって。だまされてやんの先輩!」


チクリと痛んだ良心は、タカラが顔を上げ舌を出した瞬間、プチリと切れた。


「うっざ。もうきらいっ」
「えっ」


椅子ごと反対に背けた。背中越しに焦っている空気感が伝わってくる。

窓の外で、色とりどりの風船がのんきに漂う。


「そういう嘘は、よくないですよ」
「……」
「お、俺のこと、本当にきらいじゃないですよね?」
「……」
「ねえ、機嫌直してくださいよ。ヒビノ先輩?」


肩をためらいがちに叩かれ、危うく振り返りそうになる。


「お化け屋敷、一緒に行きますか?」
「苦手だって言ってるのによく提案できるね」
「だから楽しいんじゃないですか」
「ほかに行く人いないの?」
「先輩がいいんですよ」
「……ちなみにどっちの」
「もちろん1階の」


思わず噴き出した。椅子を元の向きに戻せば、安心したようにほほえむタカラがいた。今の笑い方のほうが、さっきより百億倍いいよ。


「やっぱりうち人気ないね」
「黒幕貼っただけの手抜きお化け屋敷、誰も好んで入りませんよ」
「ひどー」


仕方ない。今回は、最後の文化祭でやる気がみなぎる3年の先輩方に、花を持たせてあげよう。


「言っとくけど、私、別にお化け怖くないからね。泣いたりしないよ」
「はいはい。じゃあ俺が笑いますよ」
「それはそれで怖いわ」
「やっぱ怖いんじゃないですか」
「そういう怖さじゃないよ」


ふたつの影が見つめ合う、廊下の片隅に、音程のちがう笑い声が反響する。

どこからか揺れる爆音に、笑い声はかき消された。グラウンドで野外ライブが始まったらしい。屋内高層より屋外地上が今アツい。もはや我がクラスのお化け屋敷は隔離されていると言っても過言ではないだろう。

ちなみに、野外ライブで使っているであろう簡易的なステージは、その後、後夜祭で役立てられる。先生たちの余興、出し物ランキング結果発表、暴露大会。特に暴露大会は、ほぼ恋愛イベントと化していて注目度が高い。


「このあとの後夜祭も、どうせタカラぼっちでしょ」
「誘われましたけど」


たかをくくって聞けば一刀両断された。手のひらがじわり汗ばむ。


「ええ!?ど、どこの誰?友だち?クラスメイト?」
「知らない同級生でした」


それって……つまりそういうこと?


「そ、その同級生、見る目ないね……?」
「ありますよ。世界一ですよ」
「世界一ならなおさら眼中にないはずよ。何を血迷ったのか……」
「俺しか見えなかったんでしょうね!」
「目が悪かったのかな」
「先輩……次から次へとよくそんな妬み嫉みを思いつきますね」
「ぜひ才能と呼んでちょうだい」


誇るべきことではないのに、焦りで口がいつもより多く回っております。そこの君、棒読みの相槌は控えてください。


「……まあ、安心してくださいよ。断りましたから」


相槌の中に意外なセリフが耳を打った。信じられず、髪を耳にかけた。

まだ先輩とお仲間ですよ、と頬杖をついたタカラは上目遣いでささやく。


「え、あー……そうなんだ。ふーん。なんで?」
「先輩が寂しいかと思って」
「えー?タカラ、私のこと好きすぎ」
「ちがうちがう。先輩が俺を好きすぎるんです」


ということは後夜祭もタカラとふたりか。さすがに後夜祭では日常ではなくなるだろうか。期待はしないでおく。

代わりに後夜祭に期待全ベット。今年は何組カップルできるかな。


「ねえ、知ってる?後夜祭のジンクス」
「あーあれですか、好きな人と後夜祭を過ごせたら、高校3年間ずっと一緒にいられるってやつ」
「高校3年間ってのが生々しいよね」
「うん、グロい」
「じゃあ私たちが一緒にいたら、あと1年はこんな感じかあ」
「どうでしょう」
「え、私とは縁を切りたいって?」
「そうとは言ってませんよ」


それはよかった。ジンクスを呪いに変えてしまうところだった。


「じゃあどういう意味なの?」
「なんでもないです」
「そう言うときはたいていなんでもある」
「逆に何だと思いますか」


試すような言い方。
私は素直に考える。たっぷり時間を使い、その分動いた時計の短針のように首を傾げた。


「…………わからん」
「わからないですか?」
「タカラの考えてることはわからないよ」
「そうですか。まあ……あとで言いますよ」
「あとで?」
「気になります?」
「え?」
「気になってますね?」
「私は……いや、私もあとで言うわ」
「……そうですか」


遠くからにぎやかしの人声が聞こえる。

野外ライブは始まったばかり。私の受付当番もまだあと30分は続く。


「……人、来ないね」
「俺たちだけですね」
「ね」



end