高校生になって二日目。
私は体育館でぼんやりと部活動紹介を聞いていた。
従兄がいる園芸部に入ると入学前から決めていたから、他の部活は聞き流していた。
やがて園芸部が呼ばれて、スラリと背の高い部長、須藤藤也がステージに立ち、説明を始めた途端、周りの生徒が「ひゅっ」と息を吸った。――女子だけだけど。
「ちょ、花菜、すっごいイケメン出てきた……!」
隣に座っていた桃がステージを見て目を丸くしていた。
「そだね」
「反応悪い!」
「だって見慣れてるし。あれ、私の従兄だから。それに私のパパの方がかっこいいもん」
「マジ? 紹介して!! 花菜、ファザコン?」
「ちょっとね。紹介はヤダよ。藤也、彼女いるし。ベタ惚れだもん」
「同じ学校? かわいい?」
「大学生。逞しくてかわいい」
「ぐう、年上かわいい系彼女とか、納得しかない……」
ステージでは藤也が穏やかな笑顔で園芸部の活動内容を説明していた。
説明が終わった頃に目が合ったから、ひらひら手を振ったら、藤也も手を振り返してきて、私の周りの女子が黄色い声を上げて手を振っていた。
教室に戻ると、桃が唸り声を上げながら隣に座った。
「彼女がいても、あの顔面は拝みに行きたい」
「何言ってんの」
「だってさあ、背が高くて、イケメンで部長! どうしようかな……園芸部、見に行こうかなあ」
「私行くよ」
「マジか。でも園芸興味ないしなあ。でも花菜について行ったら『花菜の友達です』って仲良くなれたりするかな」
「しないんじゃないかな……?」
さっきも言ったけど、藤也は彼女を溺愛してるから。
教室を見回すと、他にも藤也の噂をしている女子が何人かいた。
とにかく藤也は顔がいいから、分からなくもない。
中学まではもうちょい冷たい感じで、高嶺の花扱いされてたけど、高校一年で彼女が出来て雰囲気が柔らかくなってから爆モテしていた。
でもどれだけモテても藤也は彼女だけを溺愛していて、目に入れても痛くないくらいにかわいがっていたのだ。
そんな従兄と一緒に育った私は、藤也が男の子の基準になっちゃって、『彼氏』への期待値がやたら高くなった。
高校に入ったら藤也みたいにかっこよくて頼りがいがあって、私だけを大事にしてくれる男の子がいるんじゃないかって思ってたのに、全然そんなことなかった。
だからこれは嫌味とかじゃなくて、かっこいい先輩にキャアキャア盛り上がれる同級生が羨ましくて仕方なかった。
……まだ二日目だし、諦めるには早すぎるんだけどね。
放課後、案内のあった学校の中庭に向かった。
「とーやー」
「お、花菜。来たな。桔花と蓮乃は?」
さっき、黄色い悲鳴を浴びていた藤也は、園芸部の先輩たちと一緒に倉庫の前に立っていた。
「教室に迎えに行ったけど、二人ともまだホームルーム中だった」
桔花と蓮乃は、藤也の双子の妹だ。残念ながら私とはクラスが違ったけど、園芸部に入ると聞いてるから、そのうち来るだろう。
「つーか、花菜は園芸部でいいわけ? 家の手伝いもあるだろ?」
「迷ったけど、パパが『せっかくだし、高校生のときにしかできないことをしてこい』ってさ」
「瑞希さんらしいな」
藤也が柔らかく目を細めた。
私の家は代々花農家をやっていて、今はおじいちゃんとパパが畑の切り盛り、おばあちゃんとママが、従業員や土地、商品の管理をしている。
藤也の家は代々造園屋兼花屋さんをやっている。
だから、パパが藤也の家に納品に行くことも多いし、藤也のお父さんの藤乃くんとは幼馴染で、仲がいい。
藤也のお母さんの花音さんはパパの妹で、三世帯同居のうちにもよく顔を出す。そういう家族ぐるみの付き合いを、昔からしていた。
だから、私と藤也はしょっちゅう互いの家を行き来していて、従兄妹というより、幼馴染みみたいに一緒に育ってきた。
……そのせいで余計に藤也の顔が標準だと思っちゃってるんだけど。
「おにーちゃーん」「花菜ー」
「来た来た」
藤也が振り向いた。校舎の方から桔花と蓮乃がのんびり歩いてきて、他の一年生の入部希望者もぼちぼち集まってきた。
「よし、集まったな。じゃあ一年生は軽く自己紹介してもらおうか」
「はいはい、その前に!」
藤也が一年生を見回すと、近くにいた男の先輩が、不満そうな顔で手を上げた。
「なんで部長ばっかり美少女はべらせてるんですか!?」
「人聞きの悪いこと言うな! 左から妹、妹、従妹! 俺には大学に行っちゃった最愛の彼女がいるんだ!! お前、知ってるだろ!」
「部長、卒業式の日、干からびそうなくらい泣いてましたもんね」
「思い出させるな、泣くぞ」
「妹の須藤桔花です。お兄ちゃんは家でも泣いてました」「妹の須藤蓮乃です。卒業式の後、うちで彼女さんに慰められてました」
「従妹の由紀花菜です。まだたまにプリクラ見てため息ついてます。彼女さん、藤也の家にバイトで通ってるのにね」
「……マジで部長の妹と従妹なんですか?」
「須藤、泣きすぎだろ……」
「うるせえ、どっちもバラすなよ」
最初に手を上げた先輩は、「マジで親戚かよ……須藤家、顔面偏差値どうなってんだ」と言葉を失っていた。
やっぱり、藤也がおかしいんだよねえ。
藤也は騒ぐ先輩を黙らせて、他の一年生に自己紹介をさせた。
「見学に来てくれたのは全部で十人か。うん、ありがとうね。じゃあ、二、三年生はいつも通り水やりに行ってらっしゃい。一年生はこっち集まって。今週一週間は仮入部期間なんだけど――」
すごい。藤也が部長してる。
感心半分、まあ藤也ならそれくらいできるか、なんて納得半分で話を聞いた。
部活内容をざっと教えてもらった後、藤也に案内されて校内に配置されてる花壇を見て回った。
中庭から始まって、校庭の周り、校舎の周り、駐輪場を過ぎて校門を出て裏門を回って、また中庭に戻ってきた。途中で、それぞれの水やりを担当している先輩も紹介してもらって、それだけで結構な時間が経っていた。
「今日、もう入部確定してる子がいたら、先に入部届を顧問に出してきてもらえる? 今の時間なら職員室にいるから。まだ悩んでる子は俺と中庭の水やりをしようか。今の時期に植えてる花の名前とか、世話の仕方の説明をするよ」
私は桔花と蓮乃と三人で入部届を出しに行った。
顧問の教頭先生に声をかけると、
「ああ、瑞希と藤乃の子どもたちか。……問題、起こさないでね……」
と、なぜかめちゃくちゃ疲れた顔をされた。
昔、パパと藤乃くんの担任の先生だったっていうのは聞いたけど……パパはともかく、藤乃くんは問題を起こすように見えないけどな。
中庭に戻って、藤也と一緒に水やりをした。
家でもやってるし、人数も多いからすぐに終わった。
その後、一年生は先に帰されたけど、私と桔花と蓮乃は入部済みだし、三人とも家の手伝いで花の世話に慣れてるから、藤也を手伝うことにした。
二、三年生の先輩たちが中庭に戻ってきて、今度は肥料を混ぜたり、弱ってる樹を保護したり。私たちも先輩たちと一緒にやらせてもらった。
「由紀さん、手際いいねえ」
「実家が花農家なんです。だから任せてください」
「頼もしいなあ」
できて当たり前のことだけど、褒められたらやっぱり嬉しい。
つい、あれもこれも手伝っちゃって、気づいたら暗くなってきていた。
中庭の倉庫に戻ったら、藤也と桔花と蓮乃の三兄妹が片付けをしていた。
「あれ、ホースが一個ねえな」
「そなの?」
藤也の横から倉庫を覗くと、確かに一個分、場所が空いていた。
「んー、たぶん世菜だな」
「世菜?」
「あのレッサーパンダみたいな人?」「アライグマでしょ」
桔花と蓮乃が言った。
「……あー、あの人? どっちかっていったらタヌキっぽくない? ……どこで見たっけ」
たしかに、そんな感じの先輩をどこかで見た気がする。
どこだっけ。あんまり明るい場所じゃなかった気がする。
「世菜なら裏門だと思うけど、お前らのそのイメージなんなんだよ。あいつそんな凶暴じゃねえから」
「裏門かあ。じゃあ、私見てくるよ」
「場所分かる? 暗くなってきたし、俺が行くよ」
藤也が心配そうに言った。
「大丈夫。場所は覚えてるし、部長はここにいたほうがいいでしょ」
私は藤也に笑ってから走り出した。
とはいえ、四月の夕方の慣れない校舎裏は、普通に暗くて怖かった。
いや、学校だし、裏門はすぐそこだし。大丈夫!
街灯がまだ灯らない、ぎりぎりの暗さの裏門横の花壇で、先輩が一人、しゃがみ込んで作業していた。隣には散らかったままのホースとスコップが放り出されている。
丸められた骨張った背中と、ふわふわの、ちょっと明るい茶色の髪。
「世菜先輩?」
声をかけると、先輩はゆっくり振り返った。
やっぱりタヌキっぽいし、桔花と蓮乃の言う、アライグマとレッサーパンダというのもわからなくはない。
胸元に二年生の色の校章がついていた。
垂れた目が不思議そうに細められてから、ふっと微笑む。
「ん? あー……えっと、さっき部長と一緒にいた」
「はい、部長の従妹の、由紀花菜です」
「ごめん、さっき後ろの方にいたから聞こえなかったんだ。由紀さん。……由紀花菜さん。うん、もう忘れない。あの、何か用事?」
「もうそろそろ最終下校時刻だから、探しに来ました」
「えっ」
世菜先輩が驚いた顔で辺りを見回した。
「わ、ほんとだ、すっごい暗い……。ごめんね、戻るよ。部長待たせてるよね……あ、痛っ」
勢いよく立ち上がったと思ったら、世菜先輩は足元のホースに引っかかって、尻餅をついた。
「まだ片付け中でしたから、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
手を差し出すと、先輩は恥ずかしそうに笑って手を重ねた。
引っ張って起こして、ホースを巻いた。
……なんて言うか、鈍くさい人だ。
世菜先輩は、スコップと巻き終えたホースを持って微笑んだ。
「ありがとう、由紀さん」
「どういたしまして。戻りましょう」
「うん。いやー、チューリップの茎がいくつか弱っててさ。確認してたら遅くなっちゃった」
「そうなんですか? じゃあ、明日は私も一緒に見させてください」
「もちろん。心強いよ」
藤也のところに戻って、また片付けを手伝ってから、帰った。
「ただいまー」
「おかえり、花菜」
玄関を開けたら、後ろにパパが立っていた。
「学校、どうだった?」
「藤也がちゃんと部長してた。あと、教頭先生に『瑞希の子かあ、問題起こさないでね』って言われた。パパ、何したのさ」
「さあ? わかんねえなあ」
パパはニヤッと笑って長靴を脱いだ。
絶対嘘だ。
玄関横の水道で、パパは長靴の泥を落として、干していた。その向こうにきちんとまとめられたホースが積んであった。
たぶん、スコップやショベル、クワやスキなんかも、いつもどおり倉庫にきちんと片付けてあるんだろう。
……やっぱり、理想の人なんて、そんな簡単には見つからないんだ。
玄関を上がって、手を洗いに洗面所に向かった。
私は体育館でぼんやりと部活動紹介を聞いていた。
従兄がいる園芸部に入ると入学前から決めていたから、他の部活は聞き流していた。
やがて園芸部が呼ばれて、スラリと背の高い部長、須藤藤也がステージに立ち、説明を始めた途端、周りの生徒が「ひゅっ」と息を吸った。――女子だけだけど。
「ちょ、花菜、すっごいイケメン出てきた……!」
隣に座っていた桃がステージを見て目を丸くしていた。
「そだね」
「反応悪い!」
「だって見慣れてるし。あれ、私の従兄だから。それに私のパパの方がかっこいいもん」
「マジ? 紹介して!! 花菜、ファザコン?」
「ちょっとね。紹介はヤダよ。藤也、彼女いるし。ベタ惚れだもん」
「同じ学校? かわいい?」
「大学生。逞しくてかわいい」
「ぐう、年上かわいい系彼女とか、納得しかない……」
ステージでは藤也が穏やかな笑顔で園芸部の活動内容を説明していた。
説明が終わった頃に目が合ったから、ひらひら手を振ったら、藤也も手を振り返してきて、私の周りの女子が黄色い声を上げて手を振っていた。
教室に戻ると、桃が唸り声を上げながら隣に座った。
「彼女がいても、あの顔面は拝みに行きたい」
「何言ってんの」
「だってさあ、背が高くて、イケメンで部長! どうしようかな……園芸部、見に行こうかなあ」
「私行くよ」
「マジか。でも園芸興味ないしなあ。でも花菜について行ったら『花菜の友達です』って仲良くなれたりするかな」
「しないんじゃないかな……?」
さっきも言ったけど、藤也は彼女を溺愛してるから。
教室を見回すと、他にも藤也の噂をしている女子が何人かいた。
とにかく藤也は顔がいいから、分からなくもない。
中学まではもうちょい冷たい感じで、高嶺の花扱いされてたけど、高校一年で彼女が出来て雰囲気が柔らかくなってから爆モテしていた。
でもどれだけモテても藤也は彼女だけを溺愛していて、目に入れても痛くないくらいにかわいがっていたのだ。
そんな従兄と一緒に育った私は、藤也が男の子の基準になっちゃって、『彼氏』への期待値がやたら高くなった。
高校に入ったら藤也みたいにかっこよくて頼りがいがあって、私だけを大事にしてくれる男の子がいるんじゃないかって思ってたのに、全然そんなことなかった。
だからこれは嫌味とかじゃなくて、かっこいい先輩にキャアキャア盛り上がれる同級生が羨ましくて仕方なかった。
……まだ二日目だし、諦めるには早すぎるんだけどね。
放課後、案内のあった学校の中庭に向かった。
「とーやー」
「お、花菜。来たな。桔花と蓮乃は?」
さっき、黄色い悲鳴を浴びていた藤也は、園芸部の先輩たちと一緒に倉庫の前に立っていた。
「教室に迎えに行ったけど、二人ともまだホームルーム中だった」
桔花と蓮乃は、藤也の双子の妹だ。残念ながら私とはクラスが違ったけど、園芸部に入ると聞いてるから、そのうち来るだろう。
「つーか、花菜は園芸部でいいわけ? 家の手伝いもあるだろ?」
「迷ったけど、パパが『せっかくだし、高校生のときにしかできないことをしてこい』ってさ」
「瑞希さんらしいな」
藤也が柔らかく目を細めた。
私の家は代々花農家をやっていて、今はおじいちゃんとパパが畑の切り盛り、おばあちゃんとママが、従業員や土地、商品の管理をしている。
藤也の家は代々造園屋兼花屋さんをやっている。
だから、パパが藤也の家に納品に行くことも多いし、藤也のお父さんの藤乃くんとは幼馴染で、仲がいい。
藤也のお母さんの花音さんはパパの妹で、三世帯同居のうちにもよく顔を出す。そういう家族ぐるみの付き合いを、昔からしていた。
だから、私と藤也はしょっちゅう互いの家を行き来していて、従兄妹というより、幼馴染みみたいに一緒に育ってきた。
……そのせいで余計に藤也の顔が標準だと思っちゃってるんだけど。
「おにーちゃーん」「花菜ー」
「来た来た」
藤也が振り向いた。校舎の方から桔花と蓮乃がのんびり歩いてきて、他の一年生の入部希望者もぼちぼち集まってきた。
「よし、集まったな。じゃあ一年生は軽く自己紹介してもらおうか」
「はいはい、その前に!」
藤也が一年生を見回すと、近くにいた男の先輩が、不満そうな顔で手を上げた。
「なんで部長ばっかり美少女はべらせてるんですか!?」
「人聞きの悪いこと言うな! 左から妹、妹、従妹! 俺には大学に行っちゃった最愛の彼女がいるんだ!! お前、知ってるだろ!」
「部長、卒業式の日、干からびそうなくらい泣いてましたもんね」
「思い出させるな、泣くぞ」
「妹の須藤桔花です。お兄ちゃんは家でも泣いてました」「妹の須藤蓮乃です。卒業式の後、うちで彼女さんに慰められてました」
「従妹の由紀花菜です。まだたまにプリクラ見てため息ついてます。彼女さん、藤也の家にバイトで通ってるのにね」
「……マジで部長の妹と従妹なんですか?」
「須藤、泣きすぎだろ……」
「うるせえ、どっちもバラすなよ」
最初に手を上げた先輩は、「マジで親戚かよ……須藤家、顔面偏差値どうなってんだ」と言葉を失っていた。
やっぱり、藤也がおかしいんだよねえ。
藤也は騒ぐ先輩を黙らせて、他の一年生に自己紹介をさせた。
「見学に来てくれたのは全部で十人か。うん、ありがとうね。じゃあ、二、三年生はいつも通り水やりに行ってらっしゃい。一年生はこっち集まって。今週一週間は仮入部期間なんだけど――」
すごい。藤也が部長してる。
感心半分、まあ藤也ならそれくらいできるか、なんて納得半分で話を聞いた。
部活内容をざっと教えてもらった後、藤也に案内されて校内に配置されてる花壇を見て回った。
中庭から始まって、校庭の周り、校舎の周り、駐輪場を過ぎて校門を出て裏門を回って、また中庭に戻ってきた。途中で、それぞれの水やりを担当している先輩も紹介してもらって、それだけで結構な時間が経っていた。
「今日、もう入部確定してる子がいたら、先に入部届を顧問に出してきてもらえる? 今の時間なら職員室にいるから。まだ悩んでる子は俺と中庭の水やりをしようか。今の時期に植えてる花の名前とか、世話の仕方の説明をするよ」
私は桔花と蓮乃と三人で入部届を出しに行った。
顧問の教頭先生に声をかけると、
「ああ、瑞希と藤乃の子どもたちか。……問題、起こさないでね……」
と、なぜかめちゃくちゃ疲れた顔をされた。
昔、パパと藤乃くんの担任の先生だったっていうのは聞いたけど……パパはともかく、藤乃くんは問題を起こすように見えないけどな。
中庭に戻って、藤也と一緒に水やりをした。
家でもやってるし、人数も多いからすぐに終わった。
その後、一年生は先に帰されたけど、私と桔花と蓮乃は入部済みだし、三人とも家の手伝いで花の世話に慣れてるから、藤也を手伝うことにした。
二、三年生の先輩たちが中庭に戻ってきて、今度は肥料を混ぜたり、弱ってる樹を保護したり。私たちも先輩たちと一緒にやらせてもらった。
「由紀さん、手際いいねえ」
「実家が花農家なんです。だから任せてください」
「頼もしいなあ」
できて当たり前のことだけど、褒められたらやっぱり嬉しい。
つい、あれもこれも手伝っちゃって、気づいたら暗くなってきていた。
中庭の倉庫に戻ったら、藤也と桔花と蓮乃の三兄妹が片付けをしていた。
「あれ、ホースが一個ねえな」
「そなの?」
藤也の横から倉庫を覗くと、確かに一個分、場所が空いていた。
「んー、たぶん世菜だな」
「世菜?」
「あのレッサーパンダみたいな人?」「アライグマでしょ」
桔花と蓮乃が言った。
「……あー、あの人? どっちかっていったらタヌキっぽくない? ……どこで見たっけ」
たしかに、そんな感じの先輩をどこかで見た気がする。
どこだっけ。あんまり明るい場所じゃなかった気がする。
「世菜なら裏門だと思うけど、お前らのそのイメージなんなんだよ。あいつそんな凶暴じゃねえから」
「裏門かあ。じゃあ、私見てくるよ」
「場所分かる? 暗くなってきたし、俺が行くよ」
藤也が心配そうに言った。
「大丈夫。場所は覚えてるし、部長はここにいたほうがいいでしょ」
私は藤也に笑ってから走り出した。
とはいえ、四月の夕方の慣れない校舎裏は、普通に暗くて怖かった。
いや、学校だし、裏門はすぐそこだし。大丈夫!
街灯がまだ灯らない、ぎりぎりの暗さの裏門横の花壇で、先輩が一人、しゃがみ込んで作業していた。隣には散らかったままのホースとスコップが放り出されている。
丸められた骨張った背中と、ふわふわの、ちょっと明るい茶色の髪。
「世菜先輩?」
声をかけると、先輩はゆっくり振り返った。
やっぱりタヌキっぽいし、桔花と蓮乃の言う、アライグマとレッサーパンダというのもわからなくはない。
胸元に二年生の色の校章がついていた。
垂れた目が不思議そうに細められてから、ふっと微笑む。
「ん? あー……えっと、さっき部長と一緒にいた」
「はい、部長の従妹の、由紀花菜です」
「ごめん、さっき後ろの方にいたから聞こえなかったんだ。由紀さん。……由紀花菜さん。うん、もう忘れない。あの、何か用事?」
「もうそろそろ最終下校時刻だから、探しに来ました」
「えっ」
世菜先輩が驚いた顔で辺りを見回した。
「わ、ほんとだ、すっごい暗い……。ごめんね、戻るよ。部長待たせてるよね……あ、痛っ」
勢いよく立ち上がったと思ったら、世菜先輩は足元のホースに引っかかって、尻餅をついた。
「まだ片付け中でしたから、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
手を差し出すと、先輩は恥ずかしそうに笑って手を重ねた。
引っ張って起こして、ホースを巻いた。
……なんて言うか、鈍くさい人だ。
世菜先輩は、スコップと巻き終えたホースを持って微笑んだ。
「ありがとう、由紀さん」
「どういたしまして。戻りましょう」
「うん。いやー、チューリップの茎がいくつか弱っててさ。確認してたら遅くなっちゃった」
「そうなんですか? じゃあ、明日は私も一緒に見させてください」
「もちろん。心強いよ」
藤也のところに戻って、また片付けを手伝ってから、帰った。
「ただいまー」
「おかえり、花菜」
玄関を開けたら、後ろにパパが立っていた。
「学校、どうだった?」
「藤也がちゃんと部長してた。あと、教頭先生に『瑞希の子かあ、問題起こさないでね』って言われた。パパ、何したのさ」
「さあ? わかんねえなあ」
パパはニヤッと笑って長靴を脱いだ。
絶対嘘だ。
玄関横の水道で、パパは長靴の泥を落として、干していた。その向こうにきちんとまとめられたホースが積んであった。
たぶん、スコップやショベル、クワやスキなんかも、いつもどおり倉庫にきちんと片付けてあるんだろう。
……やっぱり、理想の人なんて、そんな簡単には見つからないんだ。
玄関を上がって、手を洗いに洗面所に向かった。



