今日は見回りか。最近はあまり大きな事件とかはないから安心……と言いたいところだけど事件がまったくなくなったわけじゃない。
私・霜月(しもつき)雪花(せつか)は女子高校生。だけど普通の女子高校生とは違うところがある。
―――私は暗殺者。
まだ未熟者だから人を殺したりはできない。だからこうして見回りや情報収集、潜入捜査などさせてもらっている。
私は静かな夜の街を歩きながらあたりを見回した。
周りの建物の明かりが、ほぼついている。
こんなに寒い真冬の外に、人がたくさん居るわけないか…。
私は羽織っている上着を強く握った。
…ちょっと寒くないっ⁉
雪はさっきより強さを増している気がする。今日は大雪になりそうだな。
早く終わらせて早く帰ろうっ…。
私は吹雪の中、震える手を握り締めて、歩く速度を上げた。
「なによ、私が悪いって言うの?信じられないっ‼」
突然の大声にびっくりして、思わず後ろを振り返る。
な、何…⁉
よく見てみると、遠くの方でケンカをしている人たちがいた。
女性は顔が赤くなっている。興奮しているのだろう。一方男性は冷静に、冷え切ったような顔だった。
「もう、どうでもいいだろ。…もう俺たちは終わりだな。さよなら。」
「な、なんてことっ……。」
私は思わず、足を止めてしまった。
か、カップルの修羅場っ。それに別かれるって…。
そして男性はどこかに歩いて行ってしまった。女性は途端に崩れ落ちる。
周りの人は混乱しているようだった。手を差し上げようかと、あわてている様子だった。
「あの…、よかったらこれ使ってください。」
私はすかさずハンカチを渡した。
私も、この人の気持ちは痛いほどわかる。大切な人がだんだんと離れて行く。私も親に捨てられた身だから。だけど〝愛〟がわからない。私が思う愛は、痛くて悲しくてつらいもの。世の中の人はなぜ、〝愛〟が欲しいのか未だにわからない。
その女性は顔を上げて、私を見た。
わあ、たくさん泣いてる…。そんな顔をされたらこっちまで心が苦しくなってしまう。
「そのハンカチ、捨ててもらって構いませんので…。失礼しますっ。」
私はきびすを返して再び歩き出した。
……ごめんなさい。
見回りがあるので、あとは周りの皆さんに任せますっ。
そう心の中でつぶやいて私は見回りを再開した。
しばらく歩いているとき、急に雪が強くなった。
―――ぶおーーー
風と地面に積もっている雪がさらに舞い上がって、吹雪となって暴れているようだった。
さ、寒いっ。
いつも動きやすいようにと薄着で活動しているから余計に寒いな…。
「ははは、どうしちゃおうかなー?」
すぐ近くで誰かの声が聞こえた。
……何かわからないけど、すごく嫌な予感がする。
私は駆け足で声が聞こえたほうへと向かった。
声のすぐ近くに来たら、近くの物陰に隠れて気配を消して、様子をうかがった。
「うわぁー、汚いねぇ。」
スーツを着て、顔が真っ赤で、ふらふらしている人がいる。しゃがんで何かにしゃべりかけているみたいだった。
酔っ払いだな。こんな雪の中、薄着で出てくるなんてどれだけ飲んだのかな…。
しばらく相手の行動を見張っていると、ポケットからキラッと光るものを出した。
も、もしかしてっ…。
私は即座に飛び出した。同時に酔っ払いの腕をつかみ、肩を軽く押した。
酔っ払いはそのまま倒れて気絶し、酔っ払いの手に視線を向けた。
予想通り―――酔っ払いの手にあるものはハサミ。暗殺者だったら、私の気配に少しは気づくはず。この人はおそらく一般人。
ここらへんでは包丁もハサミも簡単に手に入れられる。便利な反面、凶器などに使われてしまう。
私は酔っ払いを近くの屋根のあるところに連れて行き、猫を優しく抱き上げた。
猫は私の胸の中で、気持ちよさそうに頬をこすりつけてきた。
「か、可愛いっ…!」
でもゴミだらけの姿に、静かに怒りがわいた。
やっぱりまだこの世の中は、醜いものがたくさんある。こういう捨て猫やいじめ、虐待などがある。それは私たち・人間が行なったこと。
―――つまり人間のせいでこんな醜い世の中になってしまったのだ。
もし、一人でも醜いことをしない人がいるのなら、世界は光り輝く、平和な世の中になっていたのだろうか。
その時、後ろに気配を感じた。
「……誰?」
振り向くと、そこには人らしき影が映っていた。フードをかぶっているし、暗くてよく見えない。
私は小型ナイフを持って、おそるおそる近くに行った。
「……。」
その陰は私がナイフを持って近づいても何も動じなかった。
「…何を見ている?」
私は首元にナイフを近づけて、静かに冷静に問いかけた。
その人は何も動じずに、ただ私を見つめている。
このナイフが偽物だと思っているのだろうか。それとも、私がこの人に危害を加えないとでも思っている?
冷たい雪が私の頬にかかって、私は少しずつ濡れていく。
なんなの。この人…。
だけど、こういう時こそ冷静さは忘れてはならない。命に関わる。
私は一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
この人、本当に何者……?
「……ただの通りすがりだ。」
その時、今まで感じたことのない不思議な雰囲気だった。
ナイフを目の前にしているというのに、凛と声が響くような感じ。
二人でしんと黙る。
お互いに心を探っているようだった。
この人、やっぱり何か異様だ。心の奥まで見透かされているような感覚だった。
「…じゃあ。」
そう言って何もなかったかのようにどこかへ行く姿に、動揺した。
私はナイフを持って脅したのに、何も動じずに無傷で帰るって……。
私が追いかけようとすると「にゃー。」と胸から聞こえてきて視線を向けると、そこにはさっきの猫がいた。
完全に猫のことを忘れていた。でも、追いかけないとっ。
…いや、今は猫の治療のほうが大切か。
私はさっきの人に少しの違和感を抱きながらも、動物病院へと向かった。
「あははー、やばいじゃん‼」
私は教室のドアを開けた。
数人がこっちをちらっと見て、また話に戻る。
……これが現実。みんな誰かが来たと思って目を向けると、それは望んでもいない陰キャが来る。
私が三軍になってしまうのは、当然のことなのかもしれない。
だって、すごく地味だから。
もう慣れているはずなのに、ずっとこの胸の痛みは消えてくれない。
私は気づかないふりをした。
「「「きゃーーー!刹那くぅーん‼」」」
はあ、毎朝毎朝毎朝、よくこの歓声を出し続けられるな…。
みんな一斉に立ち上がり、一か所へと走っていく。
刹那という人は相当人気な人。人気の理由は運動面や勉強面など、頭が一つとびぬけて完璧な逸材。極めつけは隙のないキレイな容姿だ。アイドルのように整った顔立ちと、スタイルが完璧なのだ。今はファンクラブもあるほど人気。
しかし、女子の告白を振りに振っているという噂がある。それに女子の歓声や、遊びの誘いにも一切反応せずに、無視一択らしい。
まあ、そんなのウワサでしかないことで本当かはわからないんだけどね…。
「ねえねえ、今日の私可愛い?」
着崩した制服にメイク。それに香水も異様なほどにつけている一軍女子が刹那さんに話しかける。
「………。」
その人が可愛く、あざとい仕草も加えて話しかけても、一切無視。
これも毎日のこと。一軍女子は毎日懲りずにしゃべりかけている。
さすが、一軍女子は肝が据わっている。
その刹那という人は、席を立って教室を出て行ってしまった。
ここまでが毎日のくだり。
帰りの号令とともに、途端に騒がしくなる教室。
掃除当番ではないことを確認し、カバンを持って教室を出る。
「おい。」
ん?誰かに話しかけられたような…。
でも、私みたいな陰キャに話しかける人なんていないか。
「そこのお前だよ。」
え?私?
そう思い振り返ると、不機嫌そうに腕を組んでこっちを見ている……刹那さんがいた。
「気付くのが遅い。」
「す、すみません…。」
私が慌てて頭を下げると、刹那さんは続けてこう言った。
「…ついて来い。」
その人はそのまま背中を向けて先に行ってしまう。
ついて来い…?
ええっと、これはどういうことなんだろう……?
おとなしくついて行った方がいいかな?それとも、逃げたほうがいいかな…?
そう考えているうちに、どんどん遠くに行ってしまう。
ちょ、ちょっと待ってよ…!
ああっ、もう、どうにでもなっちゃえっ!
私は周りを見渡して、慌ててついていく。
他の人に見られて変な噂でも流されたら、もう学校に来られないかもしれない…。いじめの標的にされるということの可能性もある。
刹那さんと少し距離を開けて歩く。
放課後だから、人は少ないけど顔を隠していく。
いったいどこに行っているんだろう…。私、何もしてないよねっ。もしかして、陰キャへのいやがらせとかっ…?
私は嫌な妄想をかき消すように頭を振って、刹那さんについて行った。
しばらく歩いて刹那さんが足を止めたところは、一つの空き教室だった。
中に入り、刹那さんは私に再度向き合って、問いかけた。
「俺は昨日、お前が酔っ払いを対処しているところを見た。あの手慣れた手つき、どういうことだ?」
み、見た…?
刹那さんらしき人の気配は何も感じられなかった……
もしかして、あのフードをかぶった人、確かに声が似ているし、あの時顔は見えなかったけど、なんとなく雰囲気が似ている気がする。
ど、どうしようっ、暗殺者ってことがバレたら………。
さっと、血の気が引いていく。
私は内心、すごく焦っていた。
あ、あのフードをかぶった人が刹那さんだなんて…。
落ち着いて、私。こういう時こそ焦らず、冷静さを忘れてはならない。
一つ深呼吸をして再び向き合った。
「私もただの通りすがりなんです。それに、護身術として少しの知識があったので、それを使って対処しました。」
私は怪しまれないよう、にこっと微笑んだ。
とっさの言い訳で、何とか乗り切る。
少しぎこちないけど、初対面の刹那さんにはバレないはず。
刹那さんは私の目をじっと見ている。
わあ、綺麗な顔だなあ。ファンクラブや、絶大な人気があることも、納得できる。
こんな顔の人が現実で存在するなんて…。
思わず見とれてしまっていた。
「…そうか。ところでお前の名前は何だ。」
沈黙を破るように、刹那さんが声を上げた。
も、もしかして…認めてくれた…?
「…霜月雪花です。」
心の中の感情を読み取られないように、怪しまれないように慎重にしゃべる。
「ええっと、あの…名前は……」
私は遠慮がちに聞いた。
みんなが〝刹那さん〟って言ってるけど、さすがに最初から名前呼びは、ハードルが高い…。
刹那さんは目を大きく見開いて固まっている。
な、何かおかしなこと言ったかなっ?
考えても、それらしき原因は見つからない。
「え?俺のこと知らないの?」
し、知らないってことはみんなは知ってるってこと?
「う、ウワサ程度では知っていますけど……」
私がそう言うと、刹那さんは「はあ?」ともっと驚いていた。
なんで驚くのだろう…。
「まじかよ、こういうやつもいるのな。」
こういうやつもいるって、みんなは知っているのかな?私、時代遅れなのかなっ…。
「俺は、一条刹那。それとさ…。」
そう言ってこっちに近づいてくる。私は刹那さんが近づいてきた分、少しずつ下がる。
な、何をしようとしているの?
―――ドンっ
背中が壁についてしまった。つまり、逃げ道がないっ…!
そのまま刹那さんは容赦なく近づいてくる。
こ、怖い…っ。
このまま刹那さんを倒すこともできるけど、少し場所が悪い。ど、どうしようっ。
刹那さんは私の顔の横に手をついて、反対の手で私のあごに優しく添えた。そして少し顔を上げられる。
「…へ?」
も、もしかしてこれって…。か、かか壁ドンとあ、あごくいっ…。
突然のことに、顔が真っ赤になってしまう。
「昨日の対処、ただの偶然か?何か隠してないか?」
刹那さんの目が鋭く光り、まるで真実を見透かしているようだった。
刹那さんは私の目をまっすぐに見る。思わず目をそらしたくなるけど、そらしたら怪しまれるからだめだ。
「…何も隠してないです。」
「本当か?こっちはもうわかってるんだよ。じゃあなんで、ナイフなんか持っていたんだ?ただの通りすがりなんだろう?」
…完全にやらかした。あの場でナイフを突き立てなければ、この事態は避けられたのかもしれなかったのに…。
「刹那さんに関係な…」
「で?どうなんだよ。」
刹那さんは私の言葉をさえぎって聞いてきた。
も、もうだめかもしれない…。気づいてるって言ってたし、もう隠すのは無理か…。
「何も隠してないことはないけど……。」
私は降参して言うと、刹那さんはやっと手を離してくれた。
はあ、つ、つかれたぁ。
私は伸びた背筋を緩めて、肩の力を抜く。
「ふーん、じゃあ霜月って何者?」
「ええっと、ただの…。」
「もう俺に嘘は、通じないからな。」
またごまかそうとする私に鋭い目つきで、逃げ道をなくしていくかのように、言い訳をさせてくれない。
「ここでは話しづらいです…。」
ここは一応学校。この会話を誰かに聞かれても、おかしくはない。万が一のことを考えると場所を変えたほうがよさそうだ。
そのことを刹那さんは悟ってくれたのか、「じゃあ場所を変えるか。」と二人で学校を出た。
「は?なんであの地味な女が放課後に刹那様と?」
「どういうこと?刹那様の隣を歩く人はあんな地味な女なわけがない。」
こっちに注目している声が嫌でも耳に入ってくる。
……全部事実。私は地味でさえない人。それに私は暗殺者で、これからは人を殺してしまう。人殺しの犯罪者になってしまうのだから。人気者の刹那さんの隣を歩くのにふさわしくない。
そんなこと、わかってる。わかってるよ…。刹那さんや人気者の人と歩いたら、周りから「似合わない」「地味な女」なんて、わかっているのに、いつもみんなから認めてもらえることを夢見てしまう。
私は地味な暗殺者。
もし、暗殺者じゃなくて、普通の女の子になっていたら。
〝可愛い〟とか〝愛らしい〟などは望まないから。ただ、普通の人でいたかった。……なんて、今更だよね。
そんなことを考えているうちに、下を向いて歩いてしまう。
「あんなの、気にしなくていいから。」
「えっ?」
反射的に足を止めて顔を上げると、刹那さんは何もなかったかのように歩いている。
さっきの声、刹那さんだよね。…ふふっ、優しいところもあるんだな。
私はいつの間にか、心が軽くなっていた。
私と刹那さんが向かったのは公園。最近は、暗くなるのも早いんだな、とのんきなことを思いながら、公園のベンチに二人で腰掛けた。
ペンキが剥がれてきたベンチ、伸びた雑草などで長い時間放置されている公園だとわかった。
「ここでなら誰にも聞かれないだろう。そういえば、もう遅いけど家に帰らなくて大丈夫なのか?」
刹那さんが心配そうに私の顔を覗いて聞く。
「大丈夫です。親は亡くなってしまったので。」
親のことを思い出すのは吐き気がするほど、つらくて痛いことばかり浮かんでくる。それは、思い出したくもない私の過去。
「すみません、話がそれてしまいました。私は何者か、という質問でしたっけ?」
私は苦い過去を思い出さないように、無理やり話を変えた。
「ああ、いったい何者なんだ?」
沈黙が数秒続き、私は深呼吸をして勇気を振り絞った。
これを言うことは、良くない。どこの馬の骨かもわからない人に、軽々しく話すのは暗殺者のルール違反。
でも、なぜか話した方がいいって、心のどこかで誰かが言ってる気がする。
「私は……暗殺者です。」
静かな公園で聞こえたのは、私の心臓の音だった。
ああ…。ついに言ってしまった。もう、後戻りはできない。
「…はあ?」
私が思い切って正体を話すと、口を開けて目を見開いてびっくりしていた。そういう答えが来ると予想していなかったのか、硬直して動かない。
「暗殺者……、霜月が…?嘘だろ…。」
あはは、まさかクラスメイトが暗殺者だなんてね。そういう反応をするのも無理はない。
「まだ人を殺す許可は下りてないので、見回りや情報収集が私の主な仕事です。」
もっと活躍できるように頑張らなきゃ。見回りも情報収集もだんだんと慣れてきたから、そろそろ許可が下りる頃だと思う。
「じゃあ、俺が見た酔っ払いの対処は…」
「はい、仕事の見回りでたまたま見つけたので。」
あの時の猫、ひどく汚れていたし、おなかも相当すいていたようだから病院に連れて行って、今はうちで飼っている。もう元気を取り戻していて、すごくキレイになった。
「そう…なのか。付き合わせて悪かった。…家まで送る。」
そう言って立ち上がった刹那さんを慌てて止める。
「いやいや、大丈夫です。一人で帰れます!」
それに、刹那さんのファンに見つかったら、すごく怖い目に合うだろうな…。
「危ないだろ。」
まだ私が暗殺者という事実を受け入れられていないのに、家に送ってくれるという私の心配までしてくれているなんて、すごいな…。
「一応暗殺者なんで、襲われても何とかなるくらいの実力は持っているから、大丈夫です!」
何をそんなに心配するのだろう。暗殺者が自分の身を守れないで、なにができる?
それに今日は少し仕事があるから、コンビニで少し食べ物を買っていこうと思ったんだけど…。
「…女だろ。ここは甘えとけ。」
これ以上断っても失礼と思い、お言葉に甘えて一緒に帰ることにした。
二人で隣に並んで歩く。さりげなく車道側を歩いてくれるし、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
さりげないこういう行動が、中身もイケメンというのだろう。
少し感心していると、コンビニが見えてきた。
「あの…、私、あそこに用があるんですけど…。」
遠慮がちにコンビニを指さすと、刹那さんはそれを見てこう言った。
「買い食いしたいのか?」
な、なんか恥ずかしい…。
顔を真っ赤にしてうなずくと、刹那さんはくしゃっとした顔で笑った。
「ふはっ、買い食いって。お前にも、可愛いところがあるんだな。」
〝買い食い〟って言い方は、ちょっと違う気がするけど…!
というか、そんな顔で笑うんだ。いつも学校では無表情で無口なのに、ちゃんと笑えるじゃん。学校でもこうして笑っていればいいと思うのにな。
「なんで学校では笑わないの?」
私はつい声に出していた。
それに、心の声が出ていたから、タメ口になってしまった…。
刹那さんは難しい顔をして少しの間、黙っていた。
「…女が苦手だから。それこそ、霜月と一緒で、俺は母親がいないんだ。」
刹那さんは一瞬、寂しそうなつらいような表情になった気がした。
「ご、ごめんなさいっ。無神経に聞いちゃって。」
「別に。何も気にしてないから。」
そう刹那さんは笑ったけど、何も気にしていないようには見えなかった。
でも、もう深く聞くことはできず、一瞬の悲しい表情のことは気のせいと思うことにした。
「お会計、五百八十七円になります。」
私はマカロンを買って、刹那さんはブラックコーヒーを買っていた。
一緒にお会計をしたので、私はお金を出そうとすると、前にスマホが出された。
「…これでお願いします。」
刹那さんがスマホでお支払いをしようとしていた。
そしてあっという間に会計が終わり、刹那さんはさっさと店を出て行ってしまった。
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております。」
ダメダメ。おごられたらダメ……!
店員さんからの丁寧な見送りを受けた後、刹那さんが私の分を払ってくれたからお金を返そうと、財布を握ったままお店を出た。
「あの、マカロンのお金、返しますっ。」
「いいよ、俺が払いたかっただけだから。それに、俺も飲み物買ったし。ついでだから。」
「そんな、悪いです。」
マカロンは四百円くらいしたのに、払ってもらうなんて申し訳ない。
「今日、俺に話してくれたお礼。」
家まで送ってくれたし、こんな地味でさえない私と話してくれて、私のほうがお礼をしないといけないのにっ…。
本当にいいのかなっ。
「…すみません、ありがとうございます。」
さっきから刹那さんにお世話になってばっかりだ。
「あ、私の家、すぐそこなんで。送ってくれてありがとうございました。」
刹那さんは私の頭の上に手を置いて、ぽんぽんと二回した。
「そうか、じゃあな。」
そして何もなかったかのように、歩いて行ってしまう刹那さん。
い、今っ、頭をっ……!
心臓が大きく脈打っている。顔も熱い。
い、いきなりでびっくりしたよ…。
初めての感覚で戸惑いながらも、私は逃げるように家に帰った。
私・霜月(しもつき)雪花(せつか)は女子高校生。だけど普通の女子高校生とは違うところがある。
―――私は暗殺者。
まだ未熟者だから人を殺したりはできない。だからこうして見回りや情報収集、潜入捜査などさせてもらっている。
私は静かな夜の街を歩きながらあたりを見回した。
周りの建物の明かりが、ほぼついている。
こんなに寒い真冬の外に、人がたくさん居るわけないか…。
私は羽織っている上着を強く握った。
…ちょっと寒くないっ⁉
雪はさっきより強さを増している気がする。今日は大雪になりそうだな。
早く終わらせて早く帰ろうっ…。
私は吹雪の中、震える手を握り締めて、歩く速度を上げた。
「なによ、私が悪いって言うの?信じられないっ‼」
突然の大声にびっくりして、思わず後ろを振り返る。
な、何…⁉
よく見てみると、遠くの方でケンカをしている人たちがいた。
女性は顔が赤くなっている。興奮しているのだろう。一方男性は冷静に、冷え切ったような顔だった。
「もう、どうでもいいだろ。…もう俺たちは終わりだな。さよなら。」
「な、なんてことっ……。」
私は思わず、足を止めてしまった。
か、カップルの修羅場っ。それに別かれるって…。
そして男性はどこかに歩いて行ってしまった。女性は途端に崩れ落ちる。
周りの人は混乱しているようだった。手を差し上げようかと、あわてている様子だった。
「あの…、よかったらこれ使ってください。」
私はすかさずハンカチを渡した。
私も、この人の気持ちは痛いほどわかる。大切な人がだんだんと離れて行く。私も親に捨てられた身だから。だけど〝愛〟がわからない。私が思う愛は、痛くて悲しくてつらいもの。世の中の人はなぜ、〝愛〟が欲しいのか未だにわからない。
その女性は顔を上げて、私を見た。
わあ、たくさん泣いてる…。そんな顔をされたらこっちまで心が苦しくなってしまう。
「そのハンカチ、捨ててもらって構いませんので…。失礼しますっ。」
私はきびすを返して再び歩き出した。
……ごめんなさい。
見回りがあるので、あとは周りの皆さんに任せますっ。
そう心の中でつぶやいて私は見回りを再開した。
しばらく歩いているとき、急に雪が強くなった。
―――ぶおーーー
風と地面に積もっている雪がさらに舞い上がって、吹雪となって暴れているようだった。
さ、寒いっ。
いつも動きやすいようにと薄着で活動しているから余計に寒いな…。
「ははは、どうしちゃおうかなー?」
すぐ近くで誰かの声が聞こえた。
……何かわからないけど、すごく嫌な予感がする。
私は駆け足で声が聞こえたほうへと向かった。
声のすぐ近くに来たら、近くの物陰に隠れて気配を消して、様子をうかがった。
「うわぁー、汚いねぇ。」
スーツを着て、顔が真っ赤で、ふらふらしている人がいる。しゃがんで何かにしゃべりかけているみたいだった。
酔っ払いだな。こんな雪の中、薄着で出てくるなんてどれだけ飲んだのかな…。
しばらく相手の行動を見張っていると、ポケットからキラッと光るものを出した。
も、もしかしてっ…。
私は即座に飛び出した。同時に酔っ払いの腕をつかみ、肩を軽く押した。
酔っ払いはそのまま倒れて気絶し、酔っ払いの手に視線を向けた。
予想通り―――酔っ払いの手にあるものはハサミ。暗殺者だったら、私の気配に少しは気づくはず。この人はおそらく一般人。
ここらへんでは包丁もハサミも簡単に手に入れられる。便利な反面、凶器などに使われてしまう。
私は酔っ払いを近くの屋根のあるところに連れて行き、猫を優しく抱き上げた。
猫は私の胸の中で、気持ちよさそうに頬をこすりつけてきた。
「か、可愛いっ…!」
でもゴミだらけの姿に、静かに怒りがわいた。
やっぱりまだこの世の中は、醜いものがたくさんある。こういう捨て猫やいじめ、虐待などがある。それは私たち・人間が行なったこと。
―――つまり人間のせいでこんな醜い世の中になってしまったのだ。
もし、一人でも醜いことをしない人がいるのなら、世界は光り輝く、平和な世の中になっていたのだろうか。
その時、後ろに気配を感じた。
「……誰?」
振り向くと、そこには人らしき影が映っていた。フードをかぶっているし、暗くてよく見えない。
私は小型ナイフを持って、おそるおそる近くに行った。
「……。」
その陰は私がナイフを持って近づいても何も動じなかった。
「…何を見ている?」
私は首元にナイフを近づけて、静かに冷静に問いかけた。
その人は何も動じずに、ただ私を見つめている。
このナイフが偽物だと思っているのだろうか。それとも、私がこの人に危害を加えないとでも思っている?
冷たい雪が私の頬にかかって、私は少しずつ濡れていく。
なんなの。この人…。
だけど、こういう時こそ冷静さは忘れてはならない。命に関わる。
私は一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
この人、本当に何者……?
「……ただの通りすがりだ。」
その時、今まで感じたことのない不思議な雰囲気だった。
ナイフを目の前にしているというのに、凛と声が響くような感じ。
二人でしんと黙る。
お互いに心を探っているようだった。
この人、やっぱり何か異様だ。心の奥まで見透かされているような感覚だった。
「…じゃあ。」
そう言って何もなかったかのようにどこかへ行く姿に、動揺した。
私はナイフを持って脅したのに、何も動じずに無傷で帰るって……。
私が追いかけようとすると「にゃー。」と胸から聞こえてきて視線を向けると、そこにはさっきの猫がいた。
完全に猫のことを忘れていた。でも、追いかけないとっ。
…いや、今は猫の治療のほうが大切か。
私はさっきの人に少しの違和感を抱きながらも、動物病院へと向かった。
「あははー、やばいじゃん‼」
私は教室のドアを開けた。
数人がこっちをちらっと見て、また話に戻る。
……これが現実。みんな誰かが来たと思って目を向けると、それは望んでもいない陰キャが来る。
私が三軍になってしまうのは、当然のことなのかもしれない。
だって、すごく地味だから。
もう慣れているはずなのに、ずっとこの胸の痛みは消えてくれない。
私は気づかないふりをした。
「「「きゃーーー!刹那くぅーん‼」」」
はあ、毎朝毎朝毎朝、よくこの歓声を出し続けられるな…。
みんな一斉に立ち上がり、一か所へと走っていく。
刹那という人は相当人気な人。人気の理由は運動面や勉強面など、頭が一つとびぬけて完璧な逸材。極めつけは隙のないキレイな容姿だ。アイドルのように整った顔立ちと、スタイルが完璧なのだ。今はファンクラブもあるほど人気。
しかし、女子の告白を振りに振っているという噂がある。それに女子の歓声や、遊びの誘いにも一切反応せずに、無視一択らしい。
まあ、そんなのウワサでしかないことで本当かはわからないんだけどね…。
「ねえねえ、今日の私可愛い?」
着崩した制服にメイク。それに香水も異様なほどにつけている一軍女子が刹那さんに話しかける。
「………。」
その人が可愛く、あざとい仕草も加えて話しかけても、一切無視。
これも毎日のこと。一軍女子は毎日懲りずにしゃべりかけている。
さすが、一軍女子は肝が据わっている。
その刹那という人は、席を立って教室を出て行ってしまった。
ここまでが毎日のくだり。
帰りの号令とともに、途端に騒がしくなる教室。
掃除当番ではないことを確認し、カバンを持って教室を出る。
「おい。」
ん?誰かに話しかけられたような…。
でも、私みたいな陰キャに話しかける人なんていないか。
「そこのお前だよ。」
え?私?
そう思い振り返ると、不機嫌そうに腕を組んでこっちを見ている……刹那さんがいた。
「気付くのが遅い。」
「す、すみません…。」
私が慌てて頭を下げると、刹那さんは続けてこう言った。
「…ついて来い。」
その人はそのまま背中を向けて先に行ってしまう。
ついて来い…?
ええっと、これはどういうことなんだろう……?
おとなしくついて行った方がいいかな?それとも、逃げたほうがいいかな…?
そう考えているうちに、どんどん遠くに行ってしまう。
ちょ、ちょっと待ってよ…!
ああっ、もう、どうにでもなっちゃえっ!
私は周りを見渡して、慌ててついていく。
他の人に見られて変な噂でも流されたら、もう学校に来られないかもしれない…。いじめの標的にされるということの可能性もある。
刹那さんと少し距離を開けて歩く。
放課後だから、人は少ないけど顔を隠していく。
いったいどこに行っているんだろう…。私、何もしてないよねっ。もしかして、陰キャへのいやがらせとかっ…?
私は嫌な妄想をかき消すように頭を振って、刹那さんについて行った。
しばらく歩いて刹那さんが足を止めたところは、一つの空き教室だった。
中に入り、刹那さんは私に再度向き合って、問いかけた。
「俺は昨日、お前が酔っ払いを対処しているところを見た。あの手慣れた手つき、どういうことだ?」
み、見た…?
刹那さんらしき人の気配は何も感じられなかった……
もしかして、あのフードをかぶった人、確かに声が似ているし、あの時顔は見えなかったけど、なんとなく雰囲気が似ている気がする。
ど、どうしようっ、暗殺者ってことがバレたら………。
さっと、血の気が引いていく。
私は内心、すごく焦っていた。
あ、あのフードをかぶった人が刹那さんだなんて…。
落ち着いて、私。こういう時こそ焦らず、冷静さを忘れてはならない。
一つ深呼吸をして再び向き合った。
「私もただの通りすがりなんです。それに、護身術として少しの知識があったので、それを使って対処しました。」
私は怪しまれないよう、にこっと微笑んだ。
とっさの言い訳で、何とか乗り切る。
少しぎこちないけど、初対面の刹那さんにはバレないはず。
刹那さんは私の目をじっと見ている。
わあ、綺麗な顔だなあ。ファンクラブや、絶大な人気があることも、納得できる。
こんな顔の人が現実で存在するなんて…。
思わず見とれてしまっていた。
「…そうか。ところでお前の名前は何だ。」
沈黙を破るように、刹那さんが声を上げた。
も、もしかして…認めてくれた…?
「…霜月雪花です。」
心の中の感情を読み取られないように、怪しまれないように慎重にしゃべる。
「ええっと、あの…名前は……」
私は遠慮がちに聞いた。
みんなが〝刹那さん〟って言ってるけど、さすがに最初から名前呼びは、ハードルが高い…。
刹那さんは目を大きく見開いて固まっている。
な、何かおかしなこと言ったかなっ?
考えても、それらしき原因は見つからない。
「え?俺のこと知らないの?」
し、知らないってことはみんなは知ってるってこと?
「う、ウワサ程度では知っていますけど……」
私がそう言うと、刹那さんは「はあ?」ともっと驚いていた。
なんで驚くのだろう…。
「まじかよ、こういうやつもいるのな。」
こういうやつもいるって、みんなは知っているのかな?私、時代遅れなのかなっ…。
「俺は、一条刹那。それとさ…。」
そう言ってこっちに近づいてくる。私は刹那さんが近づいてきた分、少しずつ下がる。
な、何をしようとしているの?
―――ドンっ
背中が壁についてしまった。つまり、逃げ道がないっ…!
そのまま刹那さんは容赦なく近づいてくる。
こ、怖い…っ。
このまま刹那さんを倒すこともできるけど、少し場所が悪い。ど、どうしようっ。
刹那さんは私の顔の横に手をついて、反対の手で私のあごに優しく添えた。そして少し顔を上げられる。
「…へ?」
も、もしかしてこれって…。か、かか壁ドンとあ、あごくいっ…。
突然のことに、顔が真っ赤になってしまう。
「昨日の対処、ただの偶然か?何か隠してないか?」
刹那さんの目が鋭く光り、まるで真実を見透かしているようだった。
刹那さんは私の目をまっすぐに見る。思わず目をそらしたくなるけど、そらしたら怪しまれるからだめだ。
「…何も隠してないです。」
「本当か?こっちはもうわかってるんだよ。じゃあなんで、ナイフなんか持っていたんだ?ただの通りすがりなんだろう?」
…完全にやらかした。あの場でナイフを突き立てなければ、この事態は避けられたのかもしれなかったのに…。
「刹那さんに関係な…」
「で?どうなんだよ。」
刹那さんは私の言葉をさえぎって聞いてきた。
も、もうだめかもしれない…。気づいてるって言ってたし、もう隠すのは無理か…。
「何も隠してないことはないけど……。」
私は降参して言うと、刹那さんはやっと手を離してくれた。
はあ、つ、つかれたぁ。
私は伸びた背筋を緩めて、肩の力を抜く。
「ふーん、じゃあ霜月って何者?」
「ええっと、ただの…。」
「もう俺に嘘は、通じないからな。」
またごまかそうとする私に鋭い目つきで、逃げ道をなくしていくかのように、言い訳をさせてくれない。
「ここでは話しづらいです…。」
ここは一応学校。この会話を誰かに聞かれても、おかしくはない。万が一のことを考えると場所を変えたほうがよさそうだ。
そのことを刹那さんは悟ってくれたのか、「じゃあ場所を変えるか。」と二人で学校を出た。
「は?なんであの地味な女が放課後に刹那様と?」
「どういうこと?刹那様の隣を歩く人はあんな地味な女なわけがない。」
こっちに注目している声が嫌でも耳に入ってくる。
……全部事実。私は地味でさえない人。それに私は暗殺者で、これからは人を殺してしまう。人殺しの犯罪者になってしまうのだから。人気者の刹那さんの隣を歩くのにふさわしくない。
そんなこと、わかってる。わかってるよ…。刹那さんや人気者の人と歩いたら、周りから「似合わない」「地味な女」なんて、わかっているのに、いつもみんなから認めてもらえることを夢見てしまう。
私は地味な暗殺者。
もし、暗殺者じゃなくて、普通の女の子になっていたら。
〝可愛い〟とか〝愛らしい〟などは望まないから。ただ、普通の人でいたかった。……なんて、今更だよね。
そんなことを考えているうちに、下を向いて歩いてしまう。
「あんなの、気にしなくていいから。」
「えっ?」
反射的に足を止めて顔を上げると、刹那さんは何もなかったかのように歩いている。
さっきの声、刹那さんだよね。…ふふっ、優しいところもあるんだな。
私はいつの間にか、心が軽くなっていた。
私と刹那さんが向かったのは公園。最近は、暗くなるのも早いんだな、とのんきなことを思いながら、公園のベンチに二人で腰掛けた。
ペンキが剥がれてきたベンチ、伸びた雑草などで長い時間放置されている公園だとわかった。
「ここでなら誰にも聞かれないだろう。そういえば、もう遅いけど家に帰らなくて大丈夫なのか?」
刹那さんが心配そうに私の顔を覗いて聞く。
「大丈夫です。親は亡くなってしまったので。」
親のことを思い出すのは吐き気がするほど、つらくて痛いことばかり浮かんでくる。それは、思い出したくもない私の過去。
「すみません、話がそれてしまいました。私は何者か、という質問でしたっけ?」
私は苦い過去を思い出さないように、無理やり話を変えた。
「ああ、いったい何者なんだ?」
沈黙が数秒続き、私は深呼吸をして勇気を振り絞った。
これを言うことは、良くない。どこの馬の骨かもわからない人に、軽々しく話すのは暗殺者のルール違反。
でも、なぜか話した方がいいって、心のどこかで誰かが言ってる気がする。
「私は……暗殺者です。」
静かな公園で聞こえたのは、私の心臓の音だった。
ああ…。ついに言ってしまった。もう、後戻りはできない。
「…はあ?」
私が思い切って正体を話すと、口を開けて目を見開いてびっくりしていた。そういう答えが来ると予想していなかったのか、硬直して動かない。
「暗殺者……、霜月が…?嘘だろ…。」
あはは、まさかクラスメイトが暗殺者だなんてね。そういう反応をするのも無理はない。
「まだ人を殺す許可は下りてないので、見回りや情報収集が私の主な仕事です。」
もっと活躍できるように頑張らなきゃ。見回りも情報収集もだんだんと慣れてきたから、そろそろ許可が下りる頃だと思う。
「じゃあ、俺が見た酔っ払いの対処は…」
「はい、仕事の見回りでたまたま見つけたので。」
あの時の猫、ひどく汚れていたし、おなかも相当すいていたようだから病院に連れて行って、今はうちで飼っている。もう元気を取り戻していて、すごくキレイになった。
「そう…なのか。付き合わせて悪かった。…家まで送る。」
そう言って立ち上がった刹那さんを慌てて止める。
「いやいや、大丈夫です。一人で帰れます!」
それに、刹那さんのファンに見つかったら、すごく怖い目に合うだろうな…。
「危ないだろ。」
まだ私が暗殺者という事実を受け入れられていないのに、家に送ってくれるという私の心配までしてくれているなんて、すごいな…。
「一応暗殺者なんで、襲われても何とかなるくらいの実力は持っているから、大丈夫です!」
何をそんなに心配するのだろう。暗殺者が自分の身を守れないで、なにができる?
それに今日は少し仕事があるから、コンビニで少し食べ物を買っていこうと思ったんだけど…。
「…女だろ。ここは甘えとけ。」
これ以上断っても失礼と思い、お言葉に甘えて一緒に帰ることにした。
二人で隣に並んで歩く。さりげなく車道側を歩いてくれるし、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
さりげないこういう行動が、中身もイケメンというのだろう。
少し感心していると、コンビニが見えてきた。
「あの…、私、あそこに用があるんですけど…。」
遠慮がちにコンビニを指さすと、刹那さんはそれを見てこう言った。
「買い食いしたいのか?」
な、なんか恥ずかしい…。
顔を真っ赤にしてうなずくと、刹那さんはくしゃっとした顔で笑った。
「ふはっ、買い食いって。お前にも、可愛いところがあるんだな。」
〝買い食い〟って言い方は、ちょっと違う気がするけど…!
というか、そんな顔で笑うんだ。いつも学校では無表情で無口なのに、ちゃんと笑えるじゃん。学校でもこうして笑っていればいいと思うのにな。
「なんで学校では笑わないの?」
私はつい声に出していた。
それに、心の声が出ていたから、タメ口になってしまった…。
刹那さんは難しい顔をして少しの間、黙っていた。
「…女が苦手だから。それこそ、霜月と一緒で、俺は母親がいないんだ。」
刹那さんは一瞬、寂しそうなつらいような表情になった気がした。
「ご、ごめんなさいっ。無神経に聞いちゃって。」
「別に。何も気にしてないから。」
そう刹那さんは笑ったけど、何も気にしていないようには見えなかった。
でも、もう深く聞くことはできず、一瞬の悲しい表情のことは気のせいと思うことにした。
「お会計、五百八十七円になります。」
私はマカロンを買って、刹那さんはブラックコーヒーを買っていた。
一緒にお会計をしたので、私はお金を出そうとすると、前にスマホが出された。
「…これでお願いします。」
刹那さんがスマホでお支払いをしようとしていた。
そしてあっという間に会計が終わり、刹那さんはさっさと店を出て行ってしまった。
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております。」
ダメダメ。おごられたらダメ……!
店員さんからの丁寧な見送りを受けた後、刹那さんが私の分を払ってくれたからお金を返そうと、財布を握ったままお店を出た。
「あの、マカロンのお金、返しますっ。」
「いいよ、俺が払いたかっただけだから。それに、俺も飲み物買ったし。ついでだから。」
「そんな、悪いです。」
マカロンは四百円くらいしたのに、払ってもらうなんて申し訳ない。
「今日、俺に話してくれたお礼。」
家まで送ってくれたし、こんな地味でさえない私と話してくれて、私のほうがお礼をしないといけないのにっ…。
本当にいいのかなっ。
「…すみません、ありがとうございます。」
さっきから刹那さんにお世話になってばっかりだ。
「あ、私の家、すぐそこなんで。送ってくれてありがとうございました。」
刹那さんは私の頭の上に手を置いて、ぽんぽんと二回した。
「そうか、じゃあな。」
そして何もなかったかのように、歩いて行ってしまう刹那さん。
い、今っ、頭をっ……!
心臓が大きく脈打っている。顔も熱い。
い、いきなりでびっくりしたよ…。
初めての感覚で戸惑いながらも、私は逃げるように家に帰った。

